第32話 ヒロインの家族
屋敷についてディランルード様に挨拶をして、その日は休むことになった。ミリアが過去の辛い記憶を思い出してしまうことを考慮して、私と同室にしてくれた。
次の日になって、カーティス殿下が到着した。そして、私とミリアとカーティス殿下は再び馬車に乗り、ミリアの家族になるために出発した。
王族と一緒の馬車とか何気にすごい体験をした気がする。仲の良い2人を見ているのはとても楽しい。
隙間から見た街の様子は、私が潜入捜査で来た時よりも遥かに良くなっていた。
外を歩く街の人は多く、その表情もどことなく明るい。生きることに希望を見出したような、救われたような、そんな表情。
ちらっと見えた狭い路地に倒れている人の姿はなかった。
市場では、食べ物をめぐって争う様子は見られず、少しずつ賑わいを取り戻していることが見て取れた。
ふと、楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿が見えた。
その姿を見て、私はようやく、この街は救われたんだなぁと実感することができた。長い悪夢が終わったのだった。あの時は見ることができなかった子どもたちの笑顔は、とても輝いていた。
「よかった…」
私と同じように隙間から外を見ていたミリアが、目に涙をためて、静かに呟いた。
そんなミリアの手をカーティス殿下がそっと握った。
よかったね、ミリア。
しばらく馬車を走らせて、街の端に来た。ここらへんは一軒家が多い。
ふと、馬車がひとつの家の前で止まった。言わなくてもわかる。ここがミリアの家だった。
ミリアは緊張した面持ちで馬車を降り、ゆっくりと玄関まで歩いていく。私とカーティス殿下は、少し下がったところで止まった。ここからは、ミリアと家族の再会だ。邪魔してはいけない。
意を決したミリアが、扉を叩く。
「ミリア…?」
ゆっくり開いた扉から、1人の男性が顔を覗かせた。そしてミリアを見て、信じられないというような表情を浮かべた。
「ただいま、父さん」
ミリアの優しい声が響く。
「ミリア…!母さん、ミリアだよ!ミリアが帰ってきた!」
ミリアの父が家の中に向かってそう言うと、バタバタと音がして、1人の女性が顔を出した。ミリアの姿を見て、涙を流す。
「ただいま母さん」
「ミリア…おかえりなさい…!」
ミリアの両親はミリアをぎゅっと抱きしめる。2人とも泣いていた。おそらく、ミリアも。綺麗な涙だった。
「姉ちゃん…?」
ふと家の裏から、1人の少年が顔を出した。あの子がミリアの弟かな。
「大きくなったね」
少年を見るために横を向いたミリアは、案の定涙が流れていた。
「姉ちゃん!」
少年がミリアに抱き着く。
ついにミリアが家族と再会をした。もう二度と会えないはずだった家族と。みんな、泣きながらも笑顔だった。
よかったね、ミリア。本当に、よかったね。
「良い家族だな」
ふと、隣にいたカーティス殿下が呟いた。カーティス殿下の目にも、涙が浮かんでいた。
「そうですね。…殿下、絶対ミリアの笑顔を奪うようなことをしないでください。お願いします」
「わかっている。ミリアの笑顔も、ミリアの家族の笑顔も、奪いやしないよ。それが、王族として、夫としての務めだ」
静かに、だけど力強く言い切ったカーティス殿下は、しっかりとミリア達の家族を見ていた。
カーティス殿下になら、ミリアを任せられる。素直にそう思えた。
「…あ!母さんたちに紹介したい人がいるんだよ!」
ふと大きな声を発したミリアが私たちを見る。
まさかのここで紹介ですか。もう少し余韻に浸ってもいいんだよ?私たちはいくらでも待つからさ。
とはいえ、ミリアに手招きされたので、そちらの方に近付く。
「こっちがお城で仲良くなったセイレン!」
「初めまして。セイレンと申します」
まずは私が紹介されたので、挨拶をする。
「まぁ、ミリアのお友達なのね。娘と仲良くなってくれてありがとう」
ミリアの母は私の手を握って、ミリアそっくりの笑顔を見せてくれた。さすがミリアの母だ。そっくり…!
「そして、こちらが私の婚約者のカーティス殿下。この国の第2王子だよ」
「お初にお目にかかります。婚約者のカーティスです」
ミリアがカーティス殿下を紹介すると、一瞬の沈黙が落ちた。そして。
「えぇえええええ!?」
3人の叫び声が重なる。
うんうん、良い反応だね。そうなるのも無理ないよね。まさかの王族だもんね。
「え、ミリア、え?」
「いつの間に婚約者が、え、婚約者、え、殿下?」
両親はミリアを見て、カーティス殿下を見て、ミリアを見て、カーティス殿下を見て、を繰り返す。弟さんは、どうにかこうにか受け入れたらしい。ただ、まだ驚いているらしく目を丸くしている。
「もう、父さんも母さんも取り乱しすぎだよ。セイレンじゃあるまいし」
「何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど」
「気のせい気のせい」
絶対気のせいじゃないよね!?はっきりセイレンって聞こえたよ!?私、そんなに取り乱したことなかったよね!?ミリアの中の私は一体。
「…ミリア」
さすがに見兼ねたカーティス殿下がひとつミリアの名前を呼ぶ。
「コホン…とりあえず、詳しい話は中でしよう。さ、入った入った」
ミリアがいまだに固まっている家族を家に押し入れる。
私たちもミリアに促されて家に入った。
「何もお出しするものがなくて申し訳ございません」
「気にしないでください。事情はわかっています。それに今日は王子としてではなくミリアの婚約者として来ていますので」
あぁ、だから敬語なのか。納得。
とはいえ、王子が家にいるこの状況、私なら緊張どころか緊張通り過ぎて吐くね。
「えっとね…今までのことを話すから、落ち着いて聞いてほしい」
ミリアがそう切り出す。
いや、落ち着いて聞くとか無理でしょう。内心大荒れじゃないですかね。だってこれから話すことって…。
それからミリアは時折カーティス殿下に助けられながらも、今まであったことを話した。お城の下っ端メイドになったこと、カーティス殿下と仲良くなったこと、サンローン家の悪事を糾弾したこと、そのサンローン家の令嬢がこの街を裏で支配していたこと。
「…というわけなの」
「そう…よく頑張ったわね」
「母さん…」
ミリアの母が斜め横に座っていたミリアの頭をそっと撫でる。
…母さん、か。私にはわからない存在だなぁ。
「ミリアはこの街の救世主なんだね」
「救世主…かなぁ」
「救世主さ。現にみんな助かったんだ」
しみじみとミリアの父が呟く。
救世主か。確かにそうなるね。ミリアたちが訴えたからこそ、ここの領主は代わった。たぶん、ミリアが身売りされたと打ち明けたからこそ、アダリンナ様と前領主の関係が浮き彫りになったし、ナツミ街の実状を知ることができた。
やっぱりそう考えるとミリアはナツミ街の救世主だ。
「それで、これからのことなんだけど…実は私は今もうすでに新しい領主の養女なんだよね」
一瞬の沈黙。そして。
「えぇええええええ!?」
響き渡る絶叫。あれ、デジャヴかな。さっきも似たようなやり取りをみたような…。ま、いっか。それにこの反応も無理ない。説明頑張れー。
「カーティス殿下と結婚するにあたって、身分を上げなきゃいけなかったの。だから、この街を良い方向に変えていってくださる新しい領主様の養女になったんだよ」
この街を良い方向に変えていく。ミリアには、その確信がすでにあるのだろう。はっきりとそう言ったミリアに、家族も納得してくれたようだ。まだどこか受け止め切れていない部分もあるみたいだけど。
それからは、カーティス殿下も交えて今後の話をした。
ひとまず婚約発表のパーティーを開いて、正式に発表すること。王太子殿下が即位するまではお城の離れで過ごすこと。即位してからは、別の領地で過ごすこと。
だから、あまり会えないということ。
「父さん、母さん、勝手に決めてごめんなさい」
ミリアが申し訳なさそうに謝る。
「いいのよ。ミリアが幸せならそれでいいの」
「そうだな。また離れるのは寂しいが、二度と会えなくなるわけじゃない。手紙のやり取りもできるしな」
「父さん…母さん…ありがとう」
優しく笑い合うこの家族は、まさしく理想の家族の1つなんじゃないかな。こんな両親の元で育ったミリアだからこそ、きつい状況でも優しい心を持てたんだろう。
「カーティス殿下、娘をよろしくお願いいたします」
そう言って、ミリアの母が頭を下げる。それに倣うように、ミリアの父と弟くんも頭を下げた。
「はい。ミリアは私が必ず幸せにします」
カーティス殿下の決意の言葉が室内に響いた。
実は、この時期にミリアが家族に会ったのには理由があった。それはもうすぐ行われる2人の婚約発表パーティー。そのパーティーで婚約を正式に発表する前に、自分の本当の家族に自分から伝えたかったそうだ。そして、カーティス殿下も、この決意を伝えたかったらしい。
その後は、家族みんなで色々な話をした。積もる話があったのだろう。日が落ちかけるまで、ずっと話していた。
こうして、ミリアと家族の再会が果たされたのだった。
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