第31話 2回目のヒロインの故郷
あれから更に1カ月が経ち、ついにミリアがディランルード様の養女になった。つまり、貴族の令嬢。
なんだか遠い所に言った気がするなぁ。まぁでも、これもミリアの幸せのためだ。それに二度と会えなくなったわけではないし。
「でも寂しいものは寂しいですよー…」
「そうだね。寂しいね」
ただいまミリアと気軽に会えなくなった寂しさを紛らわすために、領主様の元に押しかけています。落ち着いたからいつでも来ていいわよってカテリナ様に言われたからね。容赦なくやってきました。ちなみに昨日も来ました。
「おのれ淑女教育め…」
「それもカーティス殿下と結婚するためだよ」
「わかってますよー…」
少しずつ淑女教育がなされていたとはいえ、今まではまだ会おうと思えば会えたのだ。それが、養女になったことで本格的に淑女教育を受けることになったらしく、最近は全然会えていない。前まで毎日ずっと一緒にいたからこそ、会おうと思っても会えない今の状況が寂しくて仕方がない。
「私ではだめなのかい?」
「領主様と会えてうれしいですー」
「棒読みなんだよなぁ」
「何いちゃついてるの…」
ふと、扉の方から声がした。最近ずっと聞きたかった声。
「ミリア!…あ、ミリア様?」
ミリアだった。貴族の令嬢が着るようなドレスを着て、ヘアメイクをしているミリアはそれはそれは可愛かった。ヒロインパワー全開みたいな。眼福だね!
「ミリアでいいよ。久しぶりね」
「久しぶり!…え、でもなんで?忙しんじゃ」
「ルーエスト様に呼ばれてね。セイレンが寂しがっているから、来てほしいって」
え、領主様が?それはとても嬉しい。
「セイレン、愛されているね」
「そうだね?…領主様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
領主様はそう言って優しく笑う。…う、その笑顔だめです。なんか胸が締め付けられます。好きです、はい。
「それにしても、呼ばれたとはいえよく来れたね」
「そうそう、そのことなんだけど。今度ナツミ街に帰省するから、セイレンも来ない?」
「え、いいの!?」
「うん。この前ミサト街に連れて行ってもらったからね」
そういえば、夏にミリアとミサト街に行って案内したね。
そうか、再びナツミ街に…。どれだけ状況が改善されたか気になっていたんだよね。あの時は本当にひどかったから…。今でもしっかり思い出せる。楽しい、幸せ、そんな言葉がすっぽり抜けてしまった街の様子を。
「行きたい」
行けるなら行って、安心したい。みんなが救われたかこの目で見たい。
「決まりね。じゃあ3日後、裏門に。メイド長には私が言っておくよ」
「あ、ありがとう」
3日後!?早くない!?確かに準備するものなんて服くらいしかないけど!でもまぁ、ミリアが言ってくれるなら休みがちゃんと取れるはずだしいっか。ごめん皆さん。頑張って。
その後、ミリアはすぐに戻って行った。本当に忙しい中来てくれたんだなぁ。なんだか嬉しい。
…ということは、ナツミ街に行っている時は結構話せるってことか!何話そうかなぁ。
「そういえば、領主様は来るんですか?」
「残念ながら仕事です。帰ってきたらナツミ街の様子を教えてね」
「わかりました。事細かに話しますね!」
そしてまた領主様の力をディランルード様に貸してください。私はもう、あんな光景は見たくない。ナツミ街がいつか、ミサト街のように活気あふれる街になってほしい。
3日後、私はミリアとお城を立った。ディランルード様は、ミリアが養女になる手続きを終わらせたあとすぐにナツミ街に戻っている。今は、事情を考慮して副隊長職はお休みにしてもらっているそうだ。
ちなみにカーティス殿下も別で行くらしい。どうしてもミリアと都合が合わなかったそう。
「それでね、後輩ちゃんがもう初々しくって」
今は馬車の中でずっと喋っている。もうね、話が尽きない。お互い次から次に話が出てくる。
ミリアからは、カーティス殿下の惚気話とか惚気話とか惚気話とか。あとは、淑女教育が大変だとか。もうほぼ惚気だね!
「そうなんだね。セイレンの先輩姿見てみたいなぁ」
「絶対ミリアからしたら違和感でしかないと思う」
「うん、そんな気がする」
「せめてそこは否定しよう?」
そんな何気ないやりとりも、懐かしくて仕方がない。前は毎日のようにこんな緩い会話をしていたのになぁ。すっかり変わってしまった。でも、ミリア自身はいつ会ってもミリアのままで安心した。このままどんどん淑女になっていっても、私の前では素でいてほしいなぁ。
「あ、そうそう。セイレンっていつルーエスト様と結婚するの?」
「ごほっ…ちょっとまって、話が急すぎて頭が拒否したんだけど」
いきなりミリアがぶっこんできたせいで思わず咽てしまった。いきなり核心ついてくるじゃないですかー。頭が何言っているのか理解した瞬間、答えを考えることを拒否したよ。前世で言う難しい数学の問題を見た瞬間諦める感覚だよ。あ、そもそも数学の問題は理解すらしてなかった。
そしてミリアさんよ、いきなり結婚とはぶっ飛びすぎてませんか。あ、ミリア自体がいきなり婚約したパターンだった…。こういう時だけ恨みますよ、カーティス殿下。
「ごめんごめん」
「というか、いつの間に気づいていたの」
「え、熱出して倒れたあたり?」
初期段階じゃないですかー。私が惚れてからすぐじゃないですかー。気づくの早すぎませんかね、まじで。どうなってるのこの子の観察眼。きっと社交界での水面下のやり取りも何とかなりますね。
「早い…まぁでも結婚する気はないよ。そもそも言うつもりもないし」
「えぇ…。でもまぁ、気持ちはすごくわかる。相手の身分がね…私もそれですごく悩んだし」
やっぱりミリアも悩んでいた。
この世界は、本当に身分意識がはっきりしている。だからこそ、平民が貴族と結婚したいなんて思わない。万が一思ったとしても、それは心の奥にしまっておかないといけない。貴族の結婚は利益の1つだ。貴族の相手は貴族。それは平民の間でも暗黙の了解だった。
だからこそ、本当にミリアみたいなパターンはすごく珍しい。今は貴族の令嬢だけど、元は平民。それが恋愛の末、王子と婚約。そんな人探してもここ100年はいないんじゃないかな。
「まぁ、何にせよ、ルーエスト様が他の方と結婚する時に、笑顔で後悔なく送り出せるような気持ち作りをしておいてね」
「もちろんそのつもり。ミサト街でどんちゃん騒ぎするよ」
「あー、ミサト街の人たちの騒ぎっぷりが容易に想像つく…」
その様子を想像したのか、ミリアが若干遠い目をしていた。
うんうん、絶対やばいと思うよ。間違いなく夜通し騒ぎ続ける。そして次の日の顔が死んでるやつね。飲みすぎて騒ぎすぎて。
その後も、とりとめのない話をずっと続けていると、ミリアが窓から外を見た。つられて見ていると、そこには高い塀が見えた。
「ナツミ街…」
小さく呟いたミリアの表情には不安の色が見えた。当時の状況を思い出しているのかな。ミリア自身も、すべてが解決してから来るのは初めてだった。
「ディランルード様を信じよう。領主様もついているから、きっと良くなるよ」
「うん、そうだね。養父様のことを信じないと養女が廃るってもんよ」
「うんうん、その心意気だね!」
ミリアも相当な葛藤があって養女になったはず。それでも養女になると決めたミリアのことだから、きっと大丈夫。
しっかりと門を見据えるミリアは、もう完全にディランルード様の養女だった。
門から中に入る。すぐに屋敷だったから、外の様子はあまり見えなかったけど、どこか空気が少しだけ明るくなったように感じた。
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