第30話 今後のこと

 残暑はまだ残るけど、秋になった。あの最終決戦から約1カ月。私はいつも通りの生活にすっかり戻っていた。私は、ね。ミリアたちは結構バタバタしているみたいだけど。まぁ、そのうち落ち着くでしょう。体調ももうすっかり回復した。


 あの後、ミリアは下っ端メイドを辞めた。辞めて、今はお城の離れで過ごしているらしい。まぁ、第2王子の婚約者が下っ端メイドとして働いているなんて体裁的に良くないもんね。こればっかりは仕方ない。だから、結局ミリアとずっと一緒にいるということは叶っていないけど、一生会えないより遥かにましだ。

 ちなみにミリアの抜けた穴を埋めるために、すごく仕事が忙しくなった。だけど、最近新人メイドが入ってきて仕事を覚え始めたので、だんだん元の仕事量に戻っていっている。やったね。これで休憩取り放題。違うか。


 サンローン家とファリアス家の処分は最近決まった。サンローン家当主は案の定処刑だった。ファリアス家当主も領地の被害を考えて処刑が妥当だとなった。アダリンナ様は処刑は免れたみたいだけど、国外追放からの修道院行きで、ファリアス様の長男も国外追放らしい。

 まぁ、想定していた通り、といったところかなー。


「セイレンさん、これどうしましょう」

「これは、ここをこうして…」


 今日は新人メイドと仕事場が一緒になったので先輩をしているのです。ミリアに見せたいよ、この先輩の私の姿。数カ月の違いだけどね!

 そういえば、まだ1年も経ってないんだ。濃い日々を過ごしてきたねぇ…。


 感慨にふけりながらも掃除をしていると、向こうからカテリナ様がやってきた。


「あ、いたいた。久しぶりセイレン。今日掃除が終わったらいらっしゃい」

「お久しぶりですカテリナ様。今日は久々に行っていいんですね」

「えぇ。色々方針が決まったらしいわ」

「わかりました。行きますね」


 私が返事をすると、カテリナ様は静かにその場を去って行った。


 実を言うと、最終決戦が終わってから一度も第3隊の屯所に行っていない。それほど向こうは忙しいらしい。まぁ、恋心を抱いた私としては、色々考えて整理する時間ができたのでよかったんですけどね。もう今ならいつも通りに領民としていける。


「セイレンさん、今のは…?」


 カテリナ様との会話を見ていた新人が、恐る恐る尋ねてきた。そうだよね、貴族と話すのは珍しいよね。


「お呼ばれ的な」

「どちらに?」

「第3隊」

「第3隊…!?え、セイレンさん大丈夫ですか?」


 新人ちゃんは第3隊という言葉に反応して、私の心配をしてくる。


「うん、大丈夫大丈夫。みなさんいい人たちばかりだよー」


 この新人ちゃんの反応からわかる通り、実はまだ領主様が悪逆非道だという噂は消えていない。人の噂も七十五日とはよく言ったもんだね。1カ月じゃ消えなかったよ。まぁ、長らく信じられてきた噂だもんなぁ…。領主様も忙しいらしく第3隊屯所か王太子殿下の執務室かに篭もりっきりだし。

 まぁ、こうして堂々と否定できることが今は嬉しい。と言っても、根強い噂なので、全然消える気配が見えないけど…。ここは根気よく頑張るしかないね。


「さ、掃除しちゃうよー」

「はい!」


 …この初々しさ、可愛い。そして自分の口から掃除しようなんて言葉が出るなんて。成長したなぁ。






 仕事が終わり、私は第3隊の屯所に来て、いつもの部屋に入る。部屋の中にはすでに領主様がいた。


「お久しぶりです領主様」


 約1カ月ぶりの領主様は、ちっとも変っていなかった。顔に疲れが出ているような気もするけど…まぁ、今の状況が落ち着けば元に戻るでしょう。


「久しぶり。どう?体調は」

「元気ですよ。今ならお城を駆け回れます」

「駆け回らないようにね…。でもまぁ、本当に元気みたいでよかった」


 そう言って目を細めて微笑む領主様はさすが元攻略対象だった。つまりは眼福。美しい。


 私はいつものソファーに腰を下ろして思いっきり寛ぐ。

 はぁ、久しぶりの感触だー。お高い感触がする…。このソファー要らなくなったら私にくれないかな。


「あ、カテリナ様から今後の方針が決まったと聞いたんですけど」

「そうなんだよ。ミリアたちが来てから話をするつもり」

「そうなんですね。じゃあお菓子を所望します」

「さすがセイレン。遠慮がない」


 領主様はそう言って、笑いながらお菓子を出してくれた。ちなみに私はその間にさっとお茶を用意しました。全部してもらうなんて申し訳ないからね!


 お茶とお菓子を用意して、再びソファーに座る。領主様も斜め横のいつものソファーに座った。


「こうするのも久しぶりですね」

「そうだね。時間が取れなくてごめんね」

「お忙しいことくらいわかってますよ。それに私も最近まで忙しかったので」

「そっか。じゃあお互いお疲れってことで」

「ですね」


 まぁ、そんな忙しい日々もそろそろ終わりかな。これからは今まで通りの生活がやってくる…はず。今後の方向決まったらしいし。


 そんなこんなでのんびり喋っていると、ミリアたちがやってきた。ミリアとカーティス殿下とディランルード様とカテリナ様と王太子殿下。つまりこの部屋に糾弾メンバーが集まった。


「さて、早急だが今後の方針について述べる」


 全員が席に付くと、王太子殿下がすぐに話を始める。どうやらかなり忙しいらしい。


「まずはサンローン家が持っていた領地についてだ。この領地については…」


 王太子殿下の話を纏めると、王太子殿下が即位するまでは王家の直轄領として、王太子殿下が治めるらしい。というか、すでにもう王太子殿下が治めている。王太子殿下が即位した後は、カーティス殿下に譲られるそうだ。

 そして、領地が譲られるにあたって、カーティス殿下は苗字をもらう予定らしい。苗字をもらうということは、臣下に下るということ。臣籍降下というのかな。珍しいことではないらしい。まぁ、ずっと将来の王の代わりがいるなんて争いを産むだけだからね…。実際、王太子殿下は命を狙われたし。

 それでも自分が即位するまでは王子にしておくなんて、さすがブラコン…いえ、何でもありません。少しでも長く自分の近くに居てほしいんですね。ただその愛情がカーティス殿下に伝わっていない可能性が高そう。


「カーティス、領地を治める覚悟はできているか?」

「はい、できております」

「ならいい。次はナツミ街についてだ。無事にディランルードが領主になる運びとなった」


 王太子殿下のその言葉に、みんな胸を撫でおろす。

 この1カ月間、ディランルードが領主代わりとして治めていたけど、無事にちゃんとした領主になれるんだね。よかった。

 ちなみに、今は領主様に助けられながら街の復興を頑張っているらしい。つい最近までナツミ街に帰っていた。領主様はその手に関しては経験者だからね。たくさん教えてくれるよ。


「最後にミリアの身分合わせについてだ」


 身分合わせ。カーティス殿下とミリアが結婚するにあたって、ミリアの身分を上げる必要があった。そのまま結婚してもいいんだろうけど、そうなると貴族からの反発が絶対上がる。だからこそ、少なくとも伯爵の身分が必要ということだった。それで周りが黙るかは微妙な所だけど、それでごり押しできるらしい。


「そのためにまず、身売り平民からただの平民に戻す」

「身売り平民…」

「身売りされた平民は、一般平民とは違って、身売り平民という括りになるんだよ」


 聞いた事がない言葉に思わず声をこぼすと、領主様が静かに教えてくれた。

 一般平民は全員一般平民だと思っていたけど、書類上では違うんだ…。覚えておこう。いつ使うかわからない知識だけど。


 その後、王太子殿下が言うには、ディランルード様がファリアス家としてサンローン家から、言い方は悪いけどミリアを買い戻すそうだ。そして身売り契約を解約する。そうしたら、晴れて一般平民らしい。

 ちなみにサンローン家はもうないので、書類上で買い戻すだけで、お金は発生しないとも言っていた。本来は莫大なお金がかかるらしい。もしお金がかかったなら、今のディランルード様には無理だったみたいだね。ナツミ街のこともあるし。


 そして、一般市民に戻るということは、お金を払わずに家族と会えるということだった。

 それを聞いたミリアは目に涙をためて嬉しそうにしていた。よかったね、ミリア。


「そしてそのままミリアをディランルードの養女にする」

「養女…!?」

「私が、ディランルード様の…」


 王太子殿下の言葉に私とミリアが驚く。他の人たちは、薄々そうなると気づいていたのかな。反応が薄い。


 そうだね、ファリアス家は中級伯爵。これが王太子となると、もっと高い貴族がいいんだろうけど、カーティス殿下は第2王子だから大丈夫らしい。ディランルード様とは馴染みがあるし、ナツミ街の子が次の領主の娘になるという事に意味があると思われるから、良い判断ではあるんだろうけど…。

 でもミリアにとっては、自分たちを苦しめた家の子になるという事だから、あんまり良い気はしないんじゃないかなぁ。


「嫌か?」


 ミリアの反応を見て、王太子殿下が短く尋ねる。絶対に嫌と言うなよという雰囲気を漂わせながら。


「いえ。ただ、少し時間をください」

「もちろんそのつもりだ。買い戻しが2週間くらいかかるから、それまでに整理をつけるように」

「はい」


 ミリアの返事をもって、ミリアがディランルード様の養女になることが決定した。

 ミリアは18歳、ディランルード様は24歳。ここに6歳差の親子が誕生したのだった。


 6歳差の親子とは一体…。もはやそれ兄弟じゃん。親子の方が色々都合がいいんだろうね。そこらへんは私にはわかりません。


「今後の予定はこんなところだ。では私は仕事に戻る」


 王太子殿下はそう言うと、部屋を出て行った。


「さて、ディラン。ミリアを養女にするのなら自分の生い立ちを話しておいた方がいいんじゃない?わだかまりは少ない方がいいでしょう」


 ふと、カテリナ様がそう発言した。

 そういえば、私もミリアもディランルード様の生い立ちを知らないなぁ。いや、私は前世の知識が多少はあるけど…あんまり覚えていない。


「それもそうですね」


 そう言って、ディランルード様が自分の過去について話し出した。


 ディランルード様は、妾との間に産まれた二男で、幼少期は王都で過ごしたらしい。その母が亡くなった後、行くところがなかったディランルード様はファリアス前当主、つまり父親に引き取られた。屋敷では妾の子ということで、結構疎まれたそうだ。そんな中、前当主と兄の統治がおかしいと反発した。それにむかついた前当主は、ディランルード様を領地の外に捨てた。勘当されなかっただけまし、らしい。途方に暮れたディランルード様を引き取ったのは、なんとカテリナ様だった。たまたま近くを通った際に、倒れていたディランルード様を発見して保護したらしい。その後は、カテリナ様の実家で、騎士になるために鍛錬を積んだそうだ。カテリナ様の父から、娘の手助けをしてやってほしいと頼まれた、と言った時、カテリナ様が驚いていた。愛されてるね、カテリナ様。


「…その後、カテリナと2人で騎士団に入って、今に至るというわけです」

「そうだったんですか…」

「だから、僕もファリアス家には良い思い出がないですね」


 そう言ったディランルード様は、悲しそうな表情をしていた。

 それはそうだろう。自分を邪険に扱ったあげく、捨てたのだから。


 ファリアス家に良い感情を抱いていない同士の親子か…。


「では、私たちは似た者同士ですね」

「そうなりますね」

「私、養女になります。ディランルード様の養女なら、私は辛くありません」

「ありがとうございます」


 歪だけど、似た者同士のある意味お似合いな親子になるのか…。まぁ、ミリアが決心できたのなら良かった。


「領主様は知っていたんですか?」

「まぁね。これでも隊長だし」

「そういえばそうでしたね」




 その後、それぞれ仕事があるとかで、解散となった。

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