第25話 潜入捜査
「あれがナツミ街ですか。高いですね、壁」
「城壁で囲む事自体はそう珍しくはないけれど、ここまで高いのは異常ね」
城壁かー。ミサト街は海と山に囲まれているから必要ないもんなぁ。
最後の証拠集めとしてナツミ街に潜入することになった私とカテリナ様は、民間の馬車を乗り継いで、ようやくナツミ街の近くまでやってきた。
ナツミ街は辺鄙な場所にあるけど資源が豊かだからそこそこ発展できた、らしい。途中でカテリナ様が教えてくれた。
馬車を降りて、徒歩でナツミ街に近付く。
今回どうやって実状を記録するかというと、小型魔道具を使うのである。魔力を込めると、その場面をそのまま写真として記録できるらしい。前世でいうデジカメをもっと小型にした感じかな。
ちなみに撮影はカテリナ様が行います。私は魔力が少ないからね。万が一に備えて温存と。カテリナ様はさすが貴族で副隊長というべきか、魔力は豊富だ。羨ましい。
「どうやって入るんですか?」
「普通に門から」
「え、門からですか?」
「私たちは旅人よ。入ってくる分には歓迎されるの。労働力が増えるからね」
わお。それは想定外。そうか、労働力か…。入るのは簡単だけど、出るのは難しいということか。じゃあ、最初は安全かな?
門に行って手続きをすると、結構すぐに通してくれた。門番の卑しい笑みが気持ち悪かったとだけ言っておこう。身体検査もしないのはどうかと思うけど…。まぁ、だらけきっているのか、それとも私たちの変装のクオリティーが高くて旅人にしか見えなかったのか。
「…静かですね」
「そうね」
街の大通りに出たのだけど、人通りがほとんどない。壊れかけたり色がくすんだりしている建物がずらっと並ぶその風景は異様だった。
「とりあえず撮っておきましょう」
カテリナ様がバレないようにコソっと魔道具で撮影する。
「あの子の話では路地裏が酷いという事だったわね」
「そうですね。生きられなかった人たち、もうすぐ命の灯が消える人たちがいる、と」
ミリアの話は想像を絶していた。ゲームでは酷い領主が圧政を強いて、主人公を無理やり身売りしたとしかなかったから、具体的な話は初めてだった。
「…っ」
路地裏に入ると目に飛び込んできたのは、何人もの倒れた人たち。虫も湧いてるし、臭いもひどい。まさに地獄としか言い表せないような、この世のものとは思えない光景。
「セイレン、大丈夫?」
「…はい」
正直に言うと、大丈夫ではない。前世を合わせても、今まで生きてきてこんな光景なんて目にしたことないのだから。
でも、目を逸らすわけにはいかない。
この光景と似た光景が、かつてのミサト街にもあったはずだ。
実を言うと、ミサト街で友人がいないのには理由があった。それは、私が皆の輪に入るのを躊躇ったから。私は街外れでひっそりと暮らしていたから、皆のような大変な思いをしていない。当時何が起こっていたのかわかっていない。それが心に引っかかってしまって、どうしても一歩引いてしまっていた。
おそらくそのことを領主様は感じ取っていたんだと思う。心配こそしてくれたけど、ちゃんと送り出してくれたし。
だからこそ、この場から逃げてはいけない。しっかりと目に焼き付けておかないといけない。皆が経験したことを知っておかないといけない。ここで逃げたら、これからも一歩引いたままだ。
「さ、次は市場に行きましょう」
撮影を終えたカテリナ様が静かに言ってきた。私たちはそっと手を合わせて、その場を後にした。
最後にもう一度振り返り、その光景を見に焼き付ける。そっと、心の中で冥福を祈った。そして、まだ生きている人たちは助かりますように、と。
市場には、多少の人がいた。死人のような顔をした人たち。ただ、お店には食べ物がない。
「…ひどいわね」
「そうですね…」
今はちょうど昼時。本来であれば街で一番賑やかな場所のはずだ。
ふと、いくつかの店に食べ物が並んだ。その瞬間、わらわらと人が集まりだす。建物の中から、建物の陰から。あっという間にそこは喧噪に飲まれた。聞こえてくるのは怒号や叫び声、泣き声。
食べ物を求めて奪い合う。買えなかった人たちが泣き叫ぶ。
この光景も目に焼き付けて。逸らさずに見て。逃げないで。
「撮影するわね」
「…はい」
カテリナ様がその様子を魔道具に収める。そして私たちはその場を後にした。
その後もいくつか周って、実状を魔道具に収めた。声が聞こえない孤児院だったり、積み重なった死体だったり、兵士に無理やり連れて行かれる若者だったり。同じ国なのに、こんなにも違う。そしてかつてのミサト街でも同じような光景だったはず。そう思うと、心が辛くなった。
ナツミ街からの脱出は夜中にすることになった。
「どうやって出るのですか?」
「身体強化フルパワーで塀を超えるわ」
結構強引だった。やはり武人、ちょっと脳筋入ってる。
「セイレンはできそう?」
「なんとか…ただ、超えた後はもう無理だと思います」
身体強化は魔力を扱う技術がものを言う魔法で、扱うのが上手な人ほど身体を強化できる。例えば養父。あれはもう人間じゃなかった。
この高い塀を超えるには、私のもてる技術を全部使って、なおかつ魔力も最大限使ってようやく超えれるレベルだろうなぁ。超えるってつまりジャンプするってことだからね。おそらく塀を超えた後は魔力が結構少なくなるから、もう魔法は使わない方がいい。
「超えたら私が背負うわ」
「よろしくお願いします」
「ふふ、任せて。じゃあ、夜中まで隠れていましょうか」
「はい」
私たちは建物の影に身を隠した。
夜中になり、みんなが寝静まったころ、私たちは無事に塀を超えた。超えてすぐにカテリナ様に背負われて、少し遠くにあった茂みで夜が明けるのを待ち、夜が明けた後は民間の馬車を使って王都へと戻った。
今日見た光景は絶対忘れない。そう強く心に決めた。
撮ってきた証拠を見た王太子殿下は顔を顰めた後、よくやった、とだけおっしゃった。
王都に戻ってから、私は体調を崩して寝込んでしまった。たぶん、あの光景が思っている以上に心にきたんだと思う。王太子殿下はそれを予想していたのか、なんと医務室のベッドを手配してくれていたので、遠慮なく利用させてもらった。
たまに領主様がこっそり様子を見に来てくれて、頭を撫でてくれた。その手があまりにも優しくて、泣きそうになったのはここだけの秘密。
もうすぐ最終決戦である王太子殿下の生誕パーティーがやってくる。ここですべてが決まる。あの人たちが救われるのか、領主様の噂を否定できるようになるのか…バッドエンドを回避できるのか。
まぁ、今は体調を治さないとね。
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