第24話 ヒロインの過去

「集まったか」


 アダリンナ様たちが去って行ったあと、急に現れた王太子殿下に連れられてひとつの応接室に通された。

 今この部屋には私とカーティス殿下と王太子殿下とディランルード様とカテリナ様とルーエスト様と…セイレンがいる。セイレンを巻き込んでしまった。大切な、友人を。


 これからの流れをカーティス殿下より聞いていた私は、申し訳なさでいっぱいだった。


「ここでの話は他言無用。今から話すのは言わずもがなサンローン家のことだ。そのためにまずは彼女の過去を知ってもらう必要がある。彼女はナツミ街で生まれ育ち、領主…つまりファリアス殿に身売りされた、その過去を」

「父上に…」


 ディランルード様が、ナツミ街…つまり私の故郷の領主の名前に反応する。そうだった。ディランルード様はあの領主の子どもだった。


「ミリア大丈夫?」


 隣に座ってくださったカーティス殿下が心配そうに私を見る。


「大丈夫です。では私の過去について…お話いたします」


 向かい側に座っているセイレンの表情は不安に揺れていた。とても良い領主様の元で育ったあの子には酷な話になる。…ごめんね。






 私はナツミ街の一般平民の家庭の長女として育った。上流平民とまではいかないけれど、一般平民からしたら裕福な方だったと思う。5歳下の弟と、母さんと、父さんと、毎日楽しく過ごしていた。


 …7年前までは。


 7年前、領主が代わった。そこから私たちの暮らしは大きくマイナスの方に変わっていった。


 重い税収。兵士の横暴。領主の気分で奪われる命。若い娘で領主が気に入りそうな子は領主の元に連れて行かれた。街から逃げようとしたものは酷い暴行を受けたらしい。無邪気な子どもが領主の乗った馬車の前に一歩でも出ようものなら容赦なく首が飛んだ。年頃の青年はきつい労働に従事させられた。天候不順で不作なことも相まって、私たちはその日を生きるだけでも精一杯だった。

 幸い、私の家には保存食がたくさんあったのと、こっそり畑で野菜を育てていたので何とか食べることができた。


 反抗しなかったのかって?反抗したよ。力に自身がある有志たちが集まって領主に改善を訴えた。結果は次の日に中央広場に積まれた死体でわかった。


 私たちは反抗することをやめた。いや、反抗なんてそもそもできやしなかったんだ。


 そんなその日暮らしの生活を繰り返すこと数年。活気にあふれて笑い声が絶えないようなところだったナツミ街は、少しでも路次裏に入れば生きれなかった人やもうすぐその灯が消えそうな人が転がっていて、笑い声はなくなった。賑わっていた市場に人なんてほとんどいなくて、たまに入ってくる食料をめぐって喧嘩が起こっていた。


 地獄とはこういう光景なんだろうな、て。


 私がもうすぐ18になるころだった。私と弟はそれまで兵士が家に来ると父母によってクローゼットに隠されていたんだけど、その日はたまたま母が体調を崩して私と父で看病だったり家事をしていた。だから兵士が来たことに気づかなかった。


 もう分ったでしょう。私という存在が兵士にバレて、私は問答無用で領主の屋敷に連れて行かれた。母譲りのこの顔は決して醜くはないからね。それに食料をなんとか確保していたから、痩せすぎていたわけでもないし。

 ちなみに、弟はちょうど別の部屋で昼寝をしていて、ベッドと壁の間に挟まっていたからバレなかった。


 あの時の父母の顔は今でも忘れられないし、これからも忘れることはない。悲しい顔をしていた。自分を責めたような顔をしていた。


 領主の屋敷に連れて来られた私はびっくりしたよ。その豪華さに。私たちはあんなに苦しい思いをしているのに。そう思うとはらわたが煮えくり返るようだった。今からの人生でも、あれ以上の怒りはないだろうと思う。


 私の外にも何人か年ごろになった娘がいた。みんな顔が死んでいた。これから起こることに諦めて絶望しているような顔。


 領主と対面して、そのでっぷりとした体型と気持ちの悪い笑顔を見て、私はこのまま領主の思い通りになるのがとても嫌だと強く思った。そうなるくらいなら、死んだ方がましだって。


 だから、領主からの誘いという名の命令を断った。


 だけど私は殺されなかった。暴力も受けなかった。待ち受けていたのは、家族との永遠の別れ。そう、身売りだった。


 身売りされた後、家族と会うには莫大なお金がかかる。貧しい暮らしを余儀なくされている私たち家族には一生払えないようなお金が。家族への情が湧かないように、らしい。


 屋敷の地下牢に閉じ込められること数日、私は外が見えない馬車に乗せられて、この王都へとやって来た。だれが私を買ったのかはわからないけれど、私はお城の下っ端メイドとして働くことになった。






「…ということです」


 重い空気が落ちる。ちらっとセイレンの方を見てみると、辛そうな表情をしていた。同じ平民だから、私の言ったことがどれほど辛いのか容易く想像つくんだろうね。きつく握りしめたその手が、それを物語っていた。ルーエスト様がそっとそのセイレンの手を包んだ。


 …うん、やっぱり良い領主様を持ったね。


「ひとつミリアに言っておこう。お前を買ったのはアダリンナだ」

「アダリンナ様が…!?」

「ちょうどメイドの募集をしていた時だったから、お城に恩を売るためだと思われる」


 王太子殿下の言葉に納得した。

 そういえば、メイドの数が足りていないんだったね。だからこそ、私たちはそこそこ忙しい日々を送っている。


「でも、どうしてアダリンナ様が?」


 アダリンナ様はサンローン公爵。ナツミ街の領主は中級伯爵。どこにも接点がなさそうだけれど…。


「もうすぐ証拠が出揃うから言うが、アダリンナはファリアス殿と繋がっていて、裏でナツミ街を支配しているんだ」


 王太子殿下から告げられた真実は、思いもよらないことだった。私たちがあんなに苦しんだ原因はアダリンナ様なの…?


「おそらくファリアス殿は公爵の人間と繋がって援助を受ける自分は偉いと思い込んだのだろう。馬鹿が。要らなくなったら捨てられるだけなのにな」


 王太子殿下がそう吐き捨てる。


「本来ファリアス殿は地位と能力を考慮してもあんなに良い役職につけるわけがないんだ。だけど、ついている。それは、アダリンナ様に財を流し、アダリンナ様が公爵へおねだりした、ということだろう」


 カーティス殿下が補足をする。完璧な賄賂。それだけははっきりとわかった。


「そこで、ここからが重要な話をするのだが…その前に確かめたいことがある。ディランルード、覚悟はできたか?」


 王太子殿下がディランルード様に問いかける。ディランルード様はすでに何かを決心したようだった。


「ミリアの話を聞いて、決心いたしました」

「そうか…では話そう。そろそろサンローン家の今までの悪事を白日の元にさらす。もちろんファリアス殿も。そして次期領主をディランルードに任じる予定だ」


 悪事を訴える。それはつまり、この貴族界を去ることを意味していた。

 ついに、ナツミ街のみんなが救われる…?なんとなくだけど、ディランルード様は私たちを助けてくれる、セイレンの領主様みたいに、優しく包んでくれる、そんな気がするのだ。


「そこで、最後の証拠を集めないといけない」

「最後の証拠…?」

「ナツミ街の実状の記録だ」


 その言葉にみなさんの顔が険しくなる。


「現在ナツミ街に入ろうとすれば、領主が何かと理由をつけて正式に断ってくる。確たる証拠もないまま強行突破はできない。つまり、我々では入れないのだ」


 セイレンならこう言っただろうなぁ。王侯貴族の面倒くさい決まりか、て。つまり、正式な調査団を派遣できなかったから、実状の記録がない。この方たちは言い逃れできないほどの完璧な証拠で訴えようとしてくださっているんだ。


「では、どうするのですか?」


 今まで静かに話を聞いていたセイレンが、王太子殿下に尋ねた。


「正式に、がだめならコソっと入るだけだ」

「…あ、それで私がここに呼ばれたんですね」

「察しが早くて助かる」


 セイレンが1人で何やら納得したらしい。今のやり取りから考えられること、それは1つ。セイレンがナツミ街に潜入するということ。


「そんなのだめです!セイレンを危険な目には…」

「我々は顔バレしている。潜入には向かないんだ。それにこのことを知っているのはここに居る人たちだけだから、他の人を向かわせるわけにはいかない」


 それはそうだけど…。こんな危険なことにセイレンを巻き込むなんて。ナツミ街にいたからわかる。ナツミ街はとても危険だ。街に入れたとしても、無事に出れるかわからない。何回逃げようとした人たちの変わり果てた姿を見たと…。


「大丈夫だってミリア。魔法の扱いの上手さはミリアも知っているでしょ」

「とかいって森の中で魔力切れになっていたのは誰だったかな」

「う…」


 セイレンの隣に座っているルーエスト様につっこまれてセイレンが言葉に詰まる。そうだ、この子1回死にかけていたよ…!


「今回はうまくやりますよ。これ以上魔力切れになったら養父様にしごかれますし…。それに」


 一端そこで言葉を区切ったセイレンに、みんなの注目が集まる。


「友人を助けたいのです。…ひどい領主をもった平民の気持ちは痛いほどわかりますから」


 セイレンがそう言うと、ルーエスト様が険しい顔をした。


「先代か」

「はい。…私はよく覚えていないのですが、街の人たちがよく聞かせてくれたんです」


 王太子殿下の言葉で、ひとつの可能性が出てきた。もしかして、ミサト街の先代領主は私たちの領主と同じくらいひどかったの…?それを今の領主ルーエスト様が立て直した…?


「そうか。ではセイレンとカテリナにナツミ街に行ってもらう」

「カテリナ様もですか?」

「私は社交場に出ていませんから顔は知られていないのですよ」

「なるほど。それは心強いです。よろしくお願いします」


 私を抜きにして、話が進んでいく。このままでは本当にセイレンが危険な目に…。


「…ミリア、大丈夫だから。今回は私を信じて。今までミリアを助けられなかった分、今回は目いっぱい助けるよ」

「セイレン…。絶対、絶対戻ってきてね」

「もちろん」


 こうして、セイレンとカテリナ様のナツミ街潜入調査が決まった。


 巻き込んでごめんね、セイレン。セイレンだけは、巻き込みたくなかったのに。

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