第23話 ヒロインの救世主
「なぜ止めるんですか」
「お前が行ってどうにかなる問題か?」
私の肩を掴んだ王太子殿下にそう尋ねると、呆れた様子で答えてきた。
う、それを言われると何も言い返せない。そうだよね、ストーリーを知っているとはいえ今の私はただの平民だもんね。でもさ、友人が悪く言われているこの状況、見過ごせなくない?王太子殿下がお探しのようでしたよって言うとかして何とかしたいんだけど…。
「あの子の友人なお前の気持ちもわからんでもないが、今行くのは得策じゃない」
「…私のことをご存知なのですね」
びっくりなんだけど。だって私はただの下っ端メイドだぞ。王族に認知されるような身分じゃないぞ。
「ソルージオンから聞いた」
「領主様ですか」
「同い年だからな。仲が良いんだ」
「そうなんですね」
うん、名前呼びの時点で察してはいたけど、仲良いんだ。そういえば、領主様の本当の姿は知っていてほしい人が知っていればいいって言っていたなぁ。そこに王太子殿下も含まれていたっけ。ゲーム上では水面下でバチバチやってたイメージだったけど、領主様がゲームと違うしここも変わったのかな。
…て、そうじゃない。ミリアだよミリア。こうしている間もいろいろ言われているんですけど。
「何か策でもあるのですか?」
止めたってことは何か今の状況を打破する手立てがあるということだよね。
「向かい側」
「向かい側?…あ」
反対の建物の陰から様子を窺う人物が見えた。カーティス殿下だ。え、なんでこの空間に2人の殿下がいるの。事前に情報を入手していたの?
「はぁ…その真剣な顔も可愛いねぇ…!」
不意に隣にいた王太子殿下から思いもよらない言葉が出た。声色もどこかヤンデレだ。
…思い出した。この人重度のブラコンを拗らせたゲーム1残念なイケメンだった。
「1人の女性のために真剣になれる我が弟よ、成長したなぁ…!お兄様は嬉しい」
そうだ。重度のブラコンを拗らせて過保護っぷりを発揮して、弟のカーティス殿下に勘違いされているんだった。王太子殿下は弟大好きでついつい過保護になってしまうんだけど、カーティス殿下はそれを自分が無能だと思われている、と勘違いしてギスギスしてるんだったね!
正直に言おう。実際声聞いたら思いのほかヤンデレ臭がして背筋が凍りました。
「あの、私もいるんですけど」
恐る恐る自分の存在を主張すると、王太子殿下は我に返ったらしく、1つ咳払いをした。
「何も見なかった、いいね?」
「はい、見てません。聞きました」
「何も聞かなかった、いいね?」
「ハイ」
王太子殿下、顔が怖いです。そしてこれに関しては不可抗力です。なんならブラコン殿下と呼んでやろうか。陰で。
「…カーティス殿下がこの状況を何とかするのでしょうか」
「…そうだと思う。今は自分が出ていく機会を窺っている」
話を元に戻したら、ブラコ…王太子殿下はこれ幸いにといつも通りの威厳のある喋り方に戻った。
うん、さっきのヤンデレ臭のする喋り方聞いた後だと全然怖くないね。いろんな意味で。むしろ安心するまである。
この間にも、ミリアは令嬢方に色々言われている。あぁ、もう。早く助けてやってくださいよ。これ以上時間かけるなら私がここで、王太子殿下どうなされました?とでも大声で言うぞ。王太子殿下を巻き込むのかって?いやいや王太子殿下のブラコンに巻き込まれたんだからこれくらいいいでしょう。
「やはり消すしかないようね」
ふと聞こえてきたアダリンナ様の声に思わず反応してしまった。消す…アダリンナ様ならやりかねない。だって私も消される可能性があるから領主様の噂を否定しないように言われているんだし。つまり同じ上の人たちが、あいつは実際やるって思っているということなんだよ。冗談でもなんでもないんだよ。
「ふむ…やはり相応しくない」
隣にいた王太子殿下がボソッと呟いた。その声はとても冷たくて、仮にも自分の婚約者に向けるような声ではなかった。これもこれで怖い。
そしてこれが結婚しない理由か。ゲーム上ならゲームだから仕方ない、で終わるけど、現実だとそうはいかないからね。何かしら理由が必要。だってもう王太子殿下は26歳だし。アダリンナ様はいくつだったかな。20とかそこらへんだった気がする。
「そこまでです」
「カーティス殿下!?」
ついにカーティス殿下が出て行ったのか、アダリンナ様と令嬢方の焦り声が聞こえてきた。
私はこそっと再び身を出す。そこにはミリアを庇うためにミリアの前に立っているカーティス殿下がいた。あ、これスチル絵だ!?ということはこれもストーリーなんだね!?
「何をしているのですか」
「これはカーティス殿下のためなのよ。この国の王子を下賤な平民が誑かすなんてあってはいけないことよ。カーティス殿下もお困りのようなので助けて差し上げてるの」
おっとここで反論したー!?まさかの反論!…て、敬語使わないの?カーティス殿下は王子でしょう。
「アダリンナは王太子の婚約者である自分の方が第2王子より上だと思っているんだ。結婚したら王太子妃だし、ゆくゆくは王妃になるからな」
へぇ。王太子妃、そして王妃になったら身分はそっちの方が上になるんだ。前世の感覚でいうと、兄嫁に敬語使っちゃう感じ?いや、違うか。
「でも今はまだ婚約者ですよね」
「区別がつかないんだろう。昔からだ」
「そうだったんですね」
カーティス殿下も敬語使っているし、なおさらそう思ってしまったんだろうね。そういえばなんでカーティス殿下は敬語を使うんだろうか。昔何か言われたのかな。それとも何か言われるのが面倒くさいから敬語にしているのかな。
「平民に下賤なものなどいません」
「下賤よ。身の程もわきまえず殿下を誑かしているこの小汚い娘が良い例よ」
「誑かされてなどいません」
「へぇ、庇うの…この私に歯向かうのね」
「…っ」
アダリンナ様の地を這うような声に、カーティス殿下が一瞬怯んだ。
はい、前者確定。昔何かされたんだね。それで歯向かえなくなった。
「小さいときにな、反抗した罰だとかで真っ暗な部屋に閉じ込められたそうだ。それがトラウマになっているんだろう」
「そうだったのですね…て、このままだと状況が良い方向に向かいませんよ」
幼少期のそれは確実に恐怖を植え付けただろうなぁ。そういえば、ゲームの中で過去に怖い経験をしたって言っていたっけ。幼子になんてひどいことを。歳は1歳しか違わないんだから、怖いということくらいわかるだろうに。というか、よくその時に婚約解消しなかったね。まだ小さかったから?更生の余地があったから?…まぁ、ここらへんは上のゴタゴタがあるんでしょう。ここらへんはゲームじゃわからない。
「そうだな。…私の名を大きめな声で呼んでくれ。いかにもたまたま通りかかりました風で」
「かしこまりました」
呼んでいいんかい。それならさっさと呼んでいたわ。可愛い弟の勇姿を見たかったんだろうね!というか、その過去を知っていながらしばらくは様子見って過保護なの厳しいのどっちなの。
「…王太子殿下、いかがなされましたか?」
私は声を自然に張って、王太子殿下がいることを示した。私の声はちゃんと聞こえたらしく、バタバタと足音がして、やがて遠ざかって行った。
「よくやった。…お前はソルージオンとディランルードとカテリナを呼んで来い。第13の応接室、と言えば伝わる」
「その後私はどうしましょう」
「お前も一緒に来るがいい。重い話になる」
「かしこまりました」
…第13の応接室って、応接室多くない?私はまだ応接室の掃除に入ったことないから初知りなんだけど。…あ。
「あの…私、掃除の途中だったのですけれど」
「私から言っておく」
「よろしくお願いいたします。…では呼びに行ってまいります」
「第13の応接室か。セイレンも呼ばれているんだね」
「はい。…重い話だと」
急いで第3隊の屯所に来て、領主様に伝えると、領主様は険しい顔をした。
「セイレンにはきつい話かもしれないね。…無理なようなら私に言って」
「わかりました」
領主様は優しいなぁ。でもたぶん大丈夫。私はこれから話される内容の大筋を知っているんだよね。
ミリアの、ヒロインの過去の話。
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