第22話 ヒロインのピンチ

 楽しかったミリアとカーティス殿下の尾行休日が終わり、再び仕事が始まった。


 領主様に買ってもらった桜似のバレッタは、大事に引き出しに仕舞ってある。というか、これでぞんざいな扱いしたら罰があたるし、ミサト街の人に知られたら怒られる。

 拷問の本?あぁ、ブックカバーをつけて本棚に直しましたよ。今度読んでみようかなって思い始めてきたところです。


「セイレンは昨日ルーエスト様と居たね」

「げふっ…」


 中庭の掃除を一旦中断して休憩していると、不意にミリアがそう言ってきた。思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。


「え、見てたの?」

「たまたま寄った雑貨店で見たんだよー。バレッタ付けてもらってたね」

「一番見られたくないところ!」


 なんでよりによってそこなんですかね!ちょっとカーティス殿下!人が多そうな店いかないと思っていたよ!

 …まぁ、私も尾行していたから人の事言えないんですけどね。


「仲良くていいじゃない」

「そうだね。仲良いよ。だからその目をやめてください」


 ミリアさんよ、あなた今あらあら~みたいな近所の子を見守るおばさんのような目をしているからね。それは本来私がミリアに向けるはずだった目だからね。


「まさかセイレンもデートしているとは思わなかったんだよ」

「デート?…あぁ、あれ世間一般的にデートになるね」

「まさか今気づくとは思わなかった」


 そう言って遠い目をするミリアに心の中で弁明をしておく。しょうがないよ、だって最初の名目は尾行だったからね。デートだなんてこれっぽっちも思っていなかった。私からすれば、尾行からの私の用事からの領主様の王都観察の付き添いだと思ってた。実際そうだったし。たまたま、リニューアルされた雑貨店が目についたから寄っただけで…。


「いや、デートじゃないわ。むしろあれがデートだったら世間一般的なデートに申し訳ない」

「そ、そう」


 完全に私も領主様も自分の目的に忠実なだけだったよね。自分の目的に強制的に付き合わせたみたいな。

 あ、だめだ。よくわかんなくなってきた。これ以上この話題は危険だ。


「さ、話はここまで。仕事戻るよ!」

「まさかセイレンからその言葉が出る日が来るとは思わなかった」

「私も自分から言うことになるとは思わなかった」


 これ以上話を膨らませないためだ。仕方がない。






「え、掃除場所違うの?」

「そうみたい。さっき変更があって、私は西の庭園だって」


 昼休みを挟み、これから午後の仕事になるときにメイド長に呼び出されたミリアが、掃除場所が別々になったと伝えてきた。


「何かあったの?」

「どうやらこの暑さで体調を崩した子がいるみたい」

「ありゃ…それは大変」


 まだまだ暑いもんね。それはしょうがない。熱中症は本当に危険だから、しっかり休んでね。


「ミリアと掃除場所違うの久しぶりだね」

「そうだね。ちゃんと仕事しなよ」

「ハイ」


 ちゃんと掃除しますよう。

 それにしても本当に久しぶりに別々になったね。下っ端メイドになりたての頃以来じゃないかな。…あ、ということは。


 別々になるのはミリアが令嬢方からの嫌がらせを受け始めてから初めてなのか。


 何か裏がある?たまたまかもしれないけれど、このタイミングで突然別々…。ちょうど昨日ミリアとカーティス殿下が王都デートをしたことと、西の庭園は死角が多い場所であるということを考えると、令嬢方が絡んでいそうな気がする。まぁ、仮にただメイドが体調を崩して緊急でミリアを入れただけの可能性もあるから一概には言えないけど。


 とりあえず、ちょくちょく様子を見に行こう。休憩と称すればいけるはず。






「よし、休憩入ろう」


 最近一番の集中力を発揮してキリがいいところまで掃除を終わらせた私は、いかにも水分補給で休憩に入る風を装って掃除場所を離れた。まぁ、10分くらい離れても大丈夫でしょう。案外ちゃんと掃除できていれば、他は多少緩くてもいいからね。


 急ぎ足で西の庭園に向かう。西の庭園は範囲こそ広いけれど、万が一何かあるなら特に死角が多くて人通りも少ない所になるからいくつか絞り込める。そして掃除を始める場所から今までかかった時間を考えて…うん、あの建物の影かな。木も多いし。




「またカーティス殿下に近付いたそうね。この小汚い平民が」


 見当をつけた場所に行くと、ふと感じの悪い令嬢の声が聞こえてきた。この声はアダリンナ様だ。本人お出ましってか。

 そしてやっぱり突然の変更は仕組まれたことだったんだね。向こう側からしたら好条件な場所にミリアを連れてきたかったのかな。


「あんなに忠告したのにまだ付きまとってるなんて」

「えっと…」

「昨日王都に殿下と行っていたんですって?」

「その…」

「あぁ嫌だわ。どうやら痛い目を見ないとわからないようね」


 声のする方に近付いて行く。この建物の角から覗いてみると、少し奥の方にミリアがいて、アダリンナ様とその取り巻きに囲まれていた。アダリンナ様の取り巻きが、ミリアの胸元を掴む。ミリアはその声からして怯えているようだった。


 アダリンナ様は、ゲームで見た通りの見た目をしていた。豊満な体に、きつい印象を与える目。美人なんだけど、性格の悪さがにじみ出ているタイプの美人。


 そしてこれはだいぶやばいよね。急いで止めにいかないと。どうやって止めるかは行き当たりばったりで。考えている時間はない。


 近くに行こうとした時、ふと肩を掴まれた。


「待て」

「王太子殿下…?」


 アダリンナ様の婚約者である王太子殿下がいつの間にか隣にいた。

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