第21話 デート尾行

 楽しい楽しいミサト街帰省が終わり、いつも通りの日常が戻ってきた。まぁ、つまり暑い中の掃除仕事である。

 下っ端メイドって仕事のほとんどが掃除だよね。お城広すぎ。


「ミリアは明日何か予定ある?」


 明日はお城に戻って1週間ぶりの休み。いつも通り私とミリアはセット扱いなので、ミリアも明日はお休みである。


「…あるよ」

「あるの!?」

「聞いといてその反応はどうなの…」


 いや、いつも予定なかったからびっくりしただけです。私悪くない。

 休みの日は私もミリアも予定がないことが多いので、よく2人で王都に出かけていた。今回も私が王都に用事があるから、ついて来てもらおうかなって思っていたんだけど…。


「何の用事か聞いても?」

「うーん…そうね…。まぁ、セイレンならいっか」


 好奇心で用事を聞いてみたところ、ミリアは何やら迷っていたようで、ぶつぶつ呟いてから、結論が出たらしく顔を上げた。


「え、何かやばいやつなの?犯罪?もしそうなら止めるよ?」

「犯罪じゃないよ。…殿下と王都に行くの」

「はい!?」


 ミリアの口から出た言葉は私の予想のはるか上をいった。

 ちょっとまって、デート!?確かにゲームで描かれているシナリオ以外でも接点があるんだろうけど、こんなに展開早いんですね…。王都デートってことは、カーティス殿下なりの配慮かな。王都だと令嬢方の目がないからね。…まぁ、完全にないとは言い切れないけど。


「静かに。そういうわけで、ごめんね」

「わかった。楽しんできてね」

「うん」


 そう言ってはにかむミリアはまさに恋する乙女で、とても可愛らしかった。眼福。


 うーん…カーティス殿下とのお忍び王都デートって結構なビックイベントだよね…。絶対シナリオにあるはず。シナリオ…シナリオ…あ、思い出した。て、確かこれもバッドエンドルートへの選択肢あったよね!?これはやばい。阻止しないと。


 ごめんミリア、明日尾行させてもらうね!






「で、なんで私も?」


 次の日、ミリアとカーティス殿下のデートを尾行するために王都の街に来た。領主様と。


「たまたまそこにいたからです」

「扱い雑じゃない?」

「気のせいでしょう」


 本当にたまたまいたのだ。むしろいきなり肩を叩かれてこっちはびっくりしたんだよ。領主様、ここでも街に行くんだね。


「で、何しているの?」

「すぐわかりますよ」


 建物の陰に隠れること数分、ミリアに一人の男性が話しかけた。カーティス殿下だ。オーラも仕舞って変装しているけど、ゲームと同じ格好しているから間違いない。


「あれは…カーティス殿下…?」

「よくわかりましたね」

「お忍びの格好だからね。なるほど、尾行か…」


 そう言って領主様は若干呆れた表情をする。うん、気にしない気にしない。バッドエンドルートを排除したら尾行をやめるから許して。

 そしてカーティス殿下、何回かお忍びしてたんですね。さすが元気いっぱい王子。そういえば、そんな設定があったような気がする。


「順調そうならすぐやめますから。私も用事がありますし」

「用事あるんだ」

「ありますよ。もうすぐ日焼け止めが切れるんです」


 日焼け止め。私にとっては死活問題だ。せっかく頑張ってケアしているのに…。去年より遥かに白い。


「あぁ、だから去年より焼けてないんだね」

「でしょう!頑張ってるんですよ!」

「そ、そう」


 ちょっと領主様、引かないでください。頑張っていることが褒められると嬉しいじゃないですか。

 …そして領主様も肌白いよねー。ミリアほどじゃないけど日焼けって知ってる…?あれ、騎士だよね…?きっと私のよりお高い日焼け止めでも使っているんだろうなぁ。それか、隊長だからずっと外には出ていないとか。


「というか、尾行しないの?もう先に行ってるけど」

「もっと早く言ってください!行きますよ!」

「はいはい」


 領主様を引っ張って、早足で歩みを進める。

 遠くの方に見えていたミリアとカーティス殿下になんとか追いつき、尾行を開始した。


「どこの本屋だろうなぁ…」


 今回のイベントのバッドエンドルートは本屋で起こる。カーティス殿下と寄った本屋で、何の本を買うかの選択肢が出るのだ。料理の本か、手芸の本か、花の本ならセーフ。料理の本が一番好感度が高かったかな。バッドエンドルートの選択肢は拷問の本。いや、なんでカーティス殿下とのデートで拷問の本なんて選択肢があるんだろうか。明らかに罠だよね。それでも選んだ人ここにいるんですよ。好奇心が勝っちゃった。

 まぁだから、本屋に行かないといけないんだけど…本屋って大小含めいくつかあるからなぁ。内装的に小さい本屋な気もするけど。もしそうなら早めに行って拷問の本を買わないと。


「あ、そういえば領主様は何か用事あったんですか?」

「ただ街の様子を見に来ただけだからないよ。何か取り入れれるものないかなって」

「そうなんですね」


 いつまでも領民思いな領主様だなぁ。だからこそ皆に愛されているんだろうね。


「あ、お店に寄りましたね」

「雑貨屋か」


 ミリアとカーティス殿下が寄ったのは小さい雑貨屋さん。結構センスいいですね、カーティス殿下。あー、そういえばここで何かを買ってもらうんだっけ。何だったかな。文具系だった気がする。

 そうそう、このあと本屋に寄るんだった。となると、この近くの本屋かな。近くの本屋、近くの本屋…。


「あった…」

「どうしたの?」

「あそこの本屋に行きましょう」


 見つけた。合っているかはわからないけど、行ってみて拷問の本があったら買っとこう。そうそうないでしょ、拷問の本。…たぶん。


 本屋の中はこじんまりしていて、いかにもストーリーで見たような感じだった。


「これこれ」


 本屋に入ってすぐのところに、お目当ての本は置いてあった。なんで入り口近くに置いてあるんだろうね。こういう類の本って奥の方にひっそりあるものじゃない…?明らかに取ってください、て言ってるようなものじゃないですかー。それにラスト1冊。つまり当たりじゃないですかー。


「え、それ買うの…?」


 私が手に取った本を見て、領主様の顔が引きつる。うん、引かれたね。それもそうか、だって拷問の本だもん。でもね、しょうがないの。これもミリアのバッドエンド回避のためだから。


「買いますよー。今度怖い話会があるって聞いて、そのネタ作りのためです」

「その怖い話は拷問の類じゃないと思うんだけど」

「うーん…まぁ、人間が一番怖いですよって話にしようかと」

「そっか…」


 よし、なんとか抜け切れた。

 実際怖い話会があるっていうのは本当。まぁ、私は怖い話は苦手なので参加しないんですけど。ミリアは逆に達観しすぎて怖くないから参加しないって言っていたなぁ。ヒロインって怖い話聞いて怖がってる姿が可愛いみたいなイメージなんだけどなー。まぁ、領主様に無理やり身売りされたら人間が一番怖いってなるか。


「じゃあ買ってきますね」


 領主様に一声かけ、レジに持って行く。店主から、趣味がいいねぇ!て言われたけど、これはどちらかというと逆だと思う。良くはない。


 会計を終わらせ、店の外に出て再び建物の陰に隠れる。しばらくすると、ミリアとカーティス様が雑貨屋から出てきて、私たちがさっきまで居た本屋に入っていった。


 よし、これでバッドエンドの可能性が減った。


「では私は日焼け止めを買いに行きますね」

「あ、もう尾行はいいの?」

「はい。順調みたいですし」


 会話の内容こそ聞こえないけれど、とても楽しそうな雰囲気が漂っているし順調と見た。それに拷問の本も買えたし。…この本どうしようかなぁ。あ、そういえばメイド長こういう系の話をしていたっけ。あげるか。


「領主様はどうなされますか?」

「差し支えなければ一緒に行っていいかい?」

「いいですよ。では買いに行きましょう」





「わぁ、これ綺麗ですね!」


 あのあと、無事に日焼け止めも買えて、私と領主様は街をぶらぶらと歩いていた。領主様の王都観察である。ちなみに、平民から見た意見もほしいだとかで、ちょくちょく質問が飛んでくる。

 そんなこんなで今はリニューアルされた雑貨店に来ている。大衆向け雑貨店で、中は多くの客で賑わっていた。


「そうだね」


 アクセサリーが置いてあるコーナーにあったバレッタに思わず感想が漏れる。

 5つの花弁と淡くて優しいピンクが、前世の記憶にある桜を思い起こさせた。ハーフアップにして留めたら綺麗かな。あ、でもミルクティー色のこの髪には似合わない…?まぁ、似合う似合わないを考えていても仕方ないよね。好きなものを付けて何が悪い。いや、そもそも買うかすらまだ決めていないけど。だって仕事中付けれないし。


「あ、領主様にはつまらないですよね。すみません」

「いや、気にしないで。こういうところは来ないから目新しいなぁと思っただけだよ」

「そうなんですね。こういうの送った経験とかないんですか?」


 ほら、噂が出る前とか。いつから噂が出始めたのか知らないけど、さすがに生まれた時から流れているわけではないし。


「ないね。仮にあったとしても、それなりに値段がするものになるよ…」

「そういえばそうですね」


 なかった。経験なかったよ。令嬢方の目は節穴ですか。顔良し性格良しスタイル良し声良し。さすが攻略対象って感じの完璧イケメンなのに。

 そして、貴族の領主様が送る相手はもちろん貴族だから、平民が使うようなものはあげられないよね。


「でもそうだね。誰かに送るのはいいかもしれない」

「おや、送られるんですか?どちらに?」

「セイレンかな」


 領主様はそう言って、私が思わず感想をこぼした桜に似た形のバレッタを手に取った。


「私ですか!?いいですよ!自分で買いますし」

「こういう時だけ遠慮しないで。いつもあんなに遠慮しないのに…」

「いや、なんか、こういうものを貰うのって初めてで…」


 悲しいかな、ミサト街の同じ年ごろの子の中に友人はいなかったし、もちろん彼氏なんていたことないし、養父もお金をくれるだけだったし。…養父に限ってはそれで助かったと思うけど。そうじゃなければ、きっと想像を超えるような斬新な物を貰って発狂していた。


 それに私が遠慮していない時は、私の欲望に忠実な時だけだ。うん、自覚はあるさ。


「じゃあなおさら買おう」

「私の反応見て楽しんでいません?」

「いつもの仕返し」

「ハイ、ゴメンナサイ」


 もうこうなったら大人しく買ってもらおう。次の休日にでも付けようかな。


 領主様はバレッタを持ってレジに行き、会計をして戻ってきた。…が、バレッタは袋に入っていない。そして値札もついていない。


「はい、後ろ向いて」

「え、今つけるんですか?」

「そう。私が見たいからね」


 問答無用で後ろを向かされ、1つ結びをしていた結び目にバレッタが付けられる。

 よくバレッタの付け方知っていたね…。え、いつ知ったの。送ったことないんでしょ。もしかして店員さんに聞いてきた…?そして、こういうことをさらっとするあたり、騎士だよねー!これが世のお嬢さんたちだったら一発で落ちるんじゃなかろうか。


「似合ってますか?」

「うん、似合ってるよ」

「それはよかったです」


 せっかくならハーフアップにして来れば良かった。まぁ、ハーフアップは今度にするか。


「ありがとうございます、領主様」

「どういたしまして」

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