第20話 街案内

「よーし、案内するよ!」


 旅の疲れを取るためにぐっすり休んだ私たちは、今街に来ていた。昼前なのもあってとても賑わっている。懐かしいなぁ。この感じ。


「すごく賑わっているね」

「でしょでしょ。さ、屋台に昼ご飯買いに行こう」


 市場の一角に屋台が並んでいるところがある。一人暮らしだったり、仕事をしている人だったりは、よく利用しているかな。

 昼ご飯昼ご飯!いつものあの人はいるかなー。


 市場の中を歩いていると、ふとすごく人が多い一画が見えた。うん、ここだったか。よりによってあの店主のところか。絶対面白い反応してるんだろうなー。見に行くか。


「ミリア、あの人だかりのところに行ってみよう。面白いものが見れるよ」

「面白いもの?」

「そう、面白いもの」


 ミリアを連れて人だかりの中に入っていく。どうにかこうにか前が見える所まで来た。


「え!?」


 前の状況を見て、ミリアが驚く。うんうん、そうだよね。そういう反応を待ってた。


 そこにいたのは、エプロンをつけて働く領主様だった。見事な手腕で食料を売り捌いている。いやもうこれは手腕もだけどネームバリュー…。ほら、奥様たちが列を成してるよ。目がキラキラしているよ。あれ、気のせいかな。皆さんお肌の調子がよろしくて…?

 ちなみにその店の店主は端の方でおろおろしていた。うん、どんまい。この店の店主、気が小さいからなぁ。


「領主様がいるの久しぶりだもんね。そりゃ皆会いに来るよね」

「すごいね…貴族が物を売っているところ初めて見たよ…」

「だろうね…私も初めて見た時は思わずツッコミを入れたよ。内心で」

「内心で」


 なんでいんの!?みたいなね。あの頃はまだ領主様と壁があったからなぁ。今だったら容赦なく本人にツッコミ入れるんだけど。


「あ!セイレンちゃん!」


 端の方でおろおろしていた店主が、私に気づいて声をかけてきた。その途端に集まる視線。あちゃー…何やってくれちゃってるの。恥ずかしいでしょ。あとその助けてみたいな目をやめてください。


「お久しぶりです」


 呼ばれたら行くしかないよね!私は店主の側まで出ていき挨拶する。


「久しぶり!領主様を何とかしてくれないかい?このままじゃ俺の心臓が持たない」

「もうそこは慣れしかないですよ」


 うん、慣れ。たぶんこれからもちょくちょく来るんじゃないかな。というか、よく今まで無事だったな?10年だよ10年。確かに店は多いけどさ。


「捨てないで!?」

「えぇ…というか、なんで私に頼るんですか」

「目についたから」

「理由が浅すぎてびっくりしました」


 それなら他の人に頼りなよ。なんで私なんですか。確かによくお店を利用して雑談していたから仲は良い方だと思うけどさ。あ、そういえば店主、私と同じで友達少なかったね。


「とにかく諦めましょう。むしろ領主様売り子経験あり店に仲間入りじゃないですか。友達増えますよ」

「領主様ありがとう!」

「うわ現金」


 なんだか後ろにいるミリアの視線が痛い。

 領主様売り子経験あり店とは、その名の通り領主様が売り子として働いたことがあるお店のことだ。なんか、独自のグループがあるらしい。そこではうちの時の領主様はこうだったんだよって自慢をしてマウントを取り合うそうだ。女子かよ。そしてみんな領主様のこと好きすぎだね。


「じゃあ、私はご飯を食べてくるので」

「あいよ。しばらくはいるのかい?」

「いますよー。また来ますね」


 店主と別れてミリアを連れて人だかりから出て、屋台がある所へ向かう。何食べよっかなー。


「あ!セイレンちゃんじゃないの!」

「げ」

「げ…てセイレン…」


 屋台へ向かう途中で、ちょっと近道をしようと市場から抜けたところで、井戸の近くにたむろしていたおばさん方に声をかけられた。思わず出た声にミリアがつっこむ。

 あー、しかも一番話が長いおばさん達じゃないですかー。井戸端会議ナンバーワンおばさんじゃないですかー。


「お久しぶりです」

「久しぶりねぇ。元気にしてたかしら?」

「それなりに」

「びっくりしたのよ。いきなりメイドになるって言って王都に行ったんだから」


 バシバシ背中を叩かれたり、頭を撫でられたり、とにかくされるがまま。予想通り質問攻め。うん、ミリアに内心謝っとく。ごめんミリア、ご飯はしばらく食べられなさそうです。


「で、その後ろの可愛い子は誰なの?もしかしてお友達!?」

「そうですそうです。友人で同期のミリアです」

「ミリアちゃんって言うのね!セイレンの相手大変でしょう?」


 ちょっとおばさん。聞き捨てならないことを言ってません?


「そうですね」


 ミリアも肯定しないでね!?


「でもセイレンのおかげで毎日が楽しいです」

「惚れそう」

「やっぱ何でもないです」

「ハイ、スミマセン」


 相変わらず手厳しいですね。そんなところも可愛いんですけど。

 そんな私たちのやり取りを見て、おばさんたちがあらあら~といった感じの目で見てくる。


「良い友達を持ったわねぇ」

「あのセイレンちゃんについにお友達がねぇ」

「あらあら、今夜はお赤飯かしら」


 ちょっとおばさん方。なにその我が子の門出!みたいなノリは。確かに昔はよく話していたけども。話していたというか、捕まっていた。捕まったら1時間は離してくれないんだよ。あ、でも今日は昼前だからわりとすぐ解放されそうかも…?


 お城のことだったりメイドのことだったり、いろいろ質問されるので、それに答える。途中ミリアが遠い目をしたりツッコミを入れたり呆れたりしていた。そしてついに、恐れていた質問が出てきた。


「お城での領主様はどんな感じなのかしら?」

「そうそう。あんなにいい男なんだからモテモテでしょう?」


 サンローン家の流した噂によって良い印象を持たれていません、なんて言えるわけないよねー!どうしようかなぁ。なんて答えたら自然で嘘つかなくていいんだろう。


「あー、うーん…」

「仕事場が違うのであまり仕事中にお会いする機会がないんですよ」


 どう返事をするか迷っていると、ミリアが代わりに答えてくれた。おぉ、救世主…!そうだね、確かに仕事中に会うことはほとんどないね。たまにすれ違うくらい。


「あらそうなの。それは残念ねぇ…あんなに良い領主様なのに」

「ルーエスト様のお話はセイレンが何回も話してくれるんですよ。良い領主様みたいですね」

「そうなのよ!領主様はね…」


 そしてここからはおばさん方による領主様がいかに素晴らしいか講座が緊急開催された。改めて思うけど、ミサト街の人って領主様のこと好きすぎね。ほら、ミリアが若干引いてるよ。おばさんパワーすごすぎね。ここは私が助け舟を出すか。さっき助けてくれたお礼もあるし。


「おばさん、私たちそろそろお昼ご飯を食べようと思っているんですけど、最近のおすすめ屋台とかあります?」

「それならベンさんの屋台がおすすめかしら」

「え、あのベンさん!?」


 農業一筋でいろんな野菜を作っている野菜おじさんのベンさん!?気難しいけど気前が良いあのベンさん!?え、屋台やってるの!?


「そう、あのベンさん。つい最近出し始めたのよ」

「そうなんですか。行きますね!ありがとうございます!」


 ベンさんの作る野菜とても美味しいんだよね。おそらくその野菜で何か作っているんでしょう。楽しみ。


「そうそうセイレンちゃん。実はあそこのねー…」


 逃げれなかった。まさかの間髪入れずに次の話題に行くとは。さすが井戸端会議ナンバーワンおばさん率いるグループだね…。お話が尽きない。ミリアもどうしていいかわからずに固まっている。うん、こうなったら自然に解散するまで相槌を打つしかない。


「おや、お久しぶりですね」

「まぁまぁ領主様!」

「うえあ!?」


 後ろから声がしたので振り向くと、そこにはさっきまで売り子をしていた領主様が爽やかに立ってました。心臓止まるかと思った。背後に立たないでほしい。


「すごい反応したね…」


 思わずミリアがボソッと呟く。いやこれはしょうがないって。いるとは思わないじゃん。不意打ち過ぎたじゃん。


「お元気でしたか?」

「えぇ!そうそう領主様…」


 おばさん方の話の矛先が領主様に向く。さすが領主様。領地だとモテモテですね。気のせいかな、おばさん達のお肌の調子が良くなったような…?


 領主様が自然に私たちの前に出てくれた。後ろに回された手が屋台の方を指さしていた。なるほど、前世よくアニメであったここは俺に任せて行け!のやつですか。ありがとう領主様。これでようやくご飯にありつけそうです。


「ミリア行こ」

「え、うん」


 私たちはおばさん方にそれとなく会釈してその場を離れた。


「ありがとう領主様」

「よかったの?」

「いいのいいの。とりあえずベンさんの所に行こう。美味しいご飯があると思うよ」

「それは楽しみ」


 歩くこと数分、屋台がある一画の端にひっそりとその屋台はあった。店主が椅子に座ってお客さんを睨んでいる。睨んでいるって言うか、目つきが悪いだけなんだけどね。


「ベンさんご飯!」

「わしはご飯じゃねぇわい!」


 わぁ、このやり取り懐かしい。よくベンさんの畑に行って傷がついた野菜を安い値段で買っていたなぁ。最初の掛け合いは決まってこれ。いつもはベンさん野菜!だけど。


「お久しぶりです。屋台始めたんですね」

「久しぶりじゃの。いやまぁ、傷ついた野菜を買ってくれるやつがおらんくなったからのう」


 そう言ってベンさんは私をじろっと見る。


「あ、それもしかしなくても私ですね」

「よーわかってるじゃないか」


 確かに学校帰りに寄って何かしら買ってたなぁ。3食に野菜使ったら結構すぐ減るんだよ。もはや野菜がメインみたいなところあった。あ、でも肉や魚も食べていたよ。


「とりあえず、ご飯ください。お腹空きました」

「今日の一押しはキュウリの漬物じゃ」

「それおかずじゃないね!?でも買います!」

「まいどー」


 ベンおじさんからキュウリの漬物を買った。ということは、ご飯系が必要か。チャーハンあたりを狙っていこうかな。

 少しだけ近況報告をベンさんにする。ベンさんは静かに聞いた後、1つ呟いた。


「…おぬしはもう少し自分の気持ちを大事にするがよい」

「だいぶ自分の気持ちに正直に生きてますけど」

「そうじゃない。…まぁ、そのうちわかるさ」

「そうですか…」


 自分の気持ちを大事に…。だいぶ自分の気持ちに正直なはずだけど。現金だってよく言われるし。それは関係ないか。

 とにかく、ベンさんのありがたいお言葉なので、心に留めておこう。


「じゃあ、また来ますね」

「野菜を買いに来い」

「わかりました!」


 ベンさんの元を去って、運よくチャーハンの屋台を見つけたので買った。漬物と食べるチャーハンは美味しかった。




 その後も、ミリアに街を紹介しつつ、懐かしの人たちと会話をした。そんなこんなで長期休暇は過ぎていき、私たちは再びお城に戻ったのだった。

 もちろん領主様の馬車で。

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