第17話 私ができること
あの後も、ミリアへの嫌がらせはとどまる所を知らなかった。もちろん、何か行事がなくて令嬢がお城に来ない時は何もない。だけど、お茶会とか何かがあって令嬢方がお城に来ると、嫌がらせをしてくる。大体の場合は悪口だけど、たまに仕事を邪魔したりと実害を伴うことをしてくることもある。
でもここまでやってくると、アダリンナ様が何か裏で指示しているんじゃないかと思えてくるよね。アダリンナ様周辺からの嫌がらせならまだしも、その他の令嬢も何か言ってくるのだから。たぶん、悪口を強制された?お家的に逆らえないもんね。…身分って難しい。
「ねぇ、ミリア。私の水筒知らない?」
「いや、知らないけど…ないの?」
「ないんだよねー。ここに置いといたはずなんだけど」
最近さらにまた暑くなってきたからか、仕事場に水筒を持って行っていいという許可が出た。先輩メイド曰く、これでようやく完全に夏になったね!らしい。
それで、私とミリアも水筒を持ってきて、水筒置き場に置いていたんだけど…。なぜか私の水筒がない。
「誰かが間違って持って行ったとか」
「あー、ありえる。さっきまで近くを掃除してた人がいたもんね…」
水筒は支給なので、全員同じ形をしている。だから自分のだとわかるように名前を書いているのだけど、まぁ、間違えることもあるよね。
「どうしようか」
「食堂から貰って来たら?訳を話せば予備の水筒を貸してくれるんじゃないかな」
「んー、でもミリアを1人にするのは…」
「大丈夫大丈夫。それより水分不足でセイレンが倒れる方が嫌だよ」
あぁ、熱中症…。そういえば私の前世での死因って真夏に間違って暖房つけて寝たからだった。すごく疲れてたのかな、起きなかったんだよね。うん、そう考えると水分補給はしておいた方がいいね。今世の死因も前世と似たものです!なんて勘弁勘弁。
でも大丈夫かなぁ。私がいない間に何かあったら…。まぁ、私が居たとして何か抑止力になっているかはわからないけど。
「じゃあ、ダッシュで取ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
何も起こりませんように。
「あー、なんでこんなことになってるのー!」
予備の水筒を借りて戻ってくると、そこにミリアの姿はなかった。私たちが掃除をしていた場所にもいない。これはまさかアダリンナ様らへんに連れ出された…?
え、もしそうならすぐに探さないと。私に何ができるかはわからないけど、それでも探さないと。
どこかな。こっちかな。それともあっちかな。
「…んん?あそこにいるのって」
少し遠くの建物の影に、ミリアの姿が見えた。近付いていくにつれて、ミリアの側に誰かいる事がわかった。カーティス殿下。その人物が見えた瞬間、思わず足を止めた。
「あ、あれって」
ミリアの手には1つの水筒があった。ミリア自身の水筒は水筒置き場に置いてあったから、おそらくあれは私の水筒かな。…うん、なんかいびつな丸とその中に目と口が書かれているから、間違いなく私の水筒だね。
ということは、私の水筒がなかったのって、誰かが間違えて持って行ったんじゃなくて、令嬢たち…おそらくアダリンナ様付近の令嬢たちがミリアを誘い出すために盗んだ可能性が高そう。それか、ミリアを1人にするため。人間の心理的に、2人じゃなくて1人の方が都合がよかったりするんだろうね。やっぱり1人にするべきじゃなかった。
おそらくそこでミリアは何かひどいことを言われた。そして偶然ミリアに気づいたカーティス殿下が慰めているといったところかな。
「…あ」
ミリア、泣いている。頬を伝う滴は汗じゃない。ミリアの手の動きと、カーティス殿下がそんなミリアの背中をさすっていることから、おそらく涙。
…そういえば、こんなイベントあったような。ひどいことを言われたヒロインが、カーティス殿下の慰めによって涙を流すシーン。
となると、これはゲーム上決まっていたことになる。
それでも。それでも悔しい。私には泣いている姿を見せてくれなかったのに…。
やっぱりここはゲームの世界で、ヒロインを救えるのは攻略対象しかいない。ミリアを救えるのはカーティス殿下しかいないんだ。
そんなことを思ってしまった自分が嫌で、私はその場を後にした。
「どうしたの」
私がやって来たのは、言わずもがな第3隊の屯所。突然来た私を、領主様は嫌な顔一つせずいつもの部屋へと入れてくれた。
「なんでもないです。突然来てごめんなさい」
「別にいいよ。気にしないで。ちょうど今休憩中だったし」
そう言っていつも通り優しく笑う領主様に、思わず目頭が熱くなる。
「10分だけ居ます」
「わかった。…逃げ込める場所があるっていいと思わない?」
「そうですね…?」
領主様、急にどうしたんだろう。…あ、そういうことか。
逃げ込める場所はつまり、自分の場所がそこにあるということ。そうか、つまり、ミリアを救うのはカーティス殿下かもしれないけど、そんなミリアの居場所を作って守ることが今の私にできる事なのかもしれない。
「わかっていたんですか」
「まぁね。いくつの時から知っていると思ってるの」
「少なくとも私の記憶がある範囲では8歳くらいですかね」
「…そう思うと成長したねぇ」
「ちょっと、しみじみ言わないでください」
そりゃ10年も経てば成長しますよ。でも当時私が8歳なら領主様は16歳ですからね!今の私よりも若いですからね!そう思うと領主様も大人になったなぁ。当時から美男子だったけど、大人の余裕と色気が加わった。でも顔に衰えが出ないあたりさすが攻略対象。いや、そもそもまだ領主様26歳だった。
「当時はあんなにクソガキだったのに」
「クソガキとは失礼ですね。昔からお淑やかなレディでしたよ」
「え?お淑やか?」
「はい、すみませんでした」
よく学校に見学に来ていた領主様と仲良くなった私は、いろいろお転婆しました。お転婆というか、奇行?変なポーズで追いかけたり、いきなり変顔したり。うん、お淑やかじゃない。子供の純真さって怖い。
「むしろ今がお淑やかですかね」
「そうだね…?昔に比べたらそうかもね…?」
「え、その反応ひどい」
最近は全く奇行していないし、真面目に仕事するし。うん、お淑やかなはずだよ!
「ふふっ。…まぁ、元気になったみたいで良かったよ」
「あ。…ありがとうございます」
「どういたしまして」
領主様には敵わないなぁ…。だからこそ、私たちミサト街の人は領主様が大好きなんだけどさ。
「そういえば、もうすぐ休みですね」
「そうだね。詳しい時間と場所を伝えておこうか」
もうすぐ休みということは、もうすぐミサト街に帰れるということ。領主様と一緒に。久しぶりだなぁ!楽しみ。
…ミリアは、この休み期間どうするんだろう。
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