第15話 舞踏会の選択肢

 さぁやってまいりました。重要イベントの1つ、舞踏会。


「なんでこうなった」

「外れたいと思うほど、当たるんだよ」


 そう、私は舞踏会のお手伝いメイドにくじ引きで選ばれてしまった。この前お手伝いやったんだから、今回は外れてもよくない?薄々当たりそうだなとは思ってたけど!

 もちろんヒロインであるミリアはお手伝いに当たりました。


「でも晩餐会よりは仕事少なくていいんじゃない?」

「それが唯一の救いだけどさー…暑くなってきた…」

「夏だからね」


 舞踏会はダンスがメインなので、準備するものといったら軽食と飲み物くらいだ。だからまぁ、この前よりは慌てなくていい。だけど動くことに変わりはない。夜はまだ涼しい方ではあるけど、それでも動くと暑い。そうそう、ついこの間、夏仕様のメイド服を貰ったんだよね。5分丈の袖に、風通しのいい生地のメイド服。デザインも少し違っていて、結構可愛い。あるよね、夏服の方が可愛い制服。


「舞踏会かぁ。夏によくやるね…」

「会場は冷房魔道具で涼しいはずだよ」

「あー、魔道具…縁がなさ過ぎて忘れてた」


 前世で言う電子機器は魔道具で補われていることが多い。魔力を込めることで動く魔道具は高価で、私のような一般平民には買うことができない。それに、万が一魔道具が買えても私は魔力が少ないから使いたくないね…。


 さて、この舞踏会イベントで起こることは1つ。カーティス殿下が魔力不足で気分が優れなくて外に出て休んでいる時に、ヒロインから魔力を供給してもらうというイベント。なんでたくさん魔力を使ったかとかその時の会話とかあんまり覚えていないけど。

 それでまぁ、バッドエンドに近付くルートがあるわけで。私はそれを阻止しないといけない。幸い、さっきも言った通り仕事がそこまで多くないので、少しくらい席を外しても大丈夫でしょう。でも怒られるのは嫌なので、今からイベントが起こるよ!てわかったら休憩入りますって言いに行こうかな。


「あ」


 ふと、ミリアが声をあげた。


「どうしたの?」

「さっき持って行ってと言われた空のボトルを1本会場に忘れてた…」

「ありゃ。じゃあ、取っておいで。これは私が持って行っとくから」

「ごめん、ありがとう」


 私がミリアから手に持っていた2本のボトルを受け取ると、ミリアは急ぎ足で会場の方に戻っていった。

 しっかり者のミリアだけど、たまに抜けてるよねー。そういうところも可愛いけど。…て、あれ、なんかこのシチュエーションどこかで知っているような。あ、まさかこれがイベントの始まりだったりする…?え、もしそうなら、これをダッシュで厨房に運んで休憩入りますって言ってこないと。



 急ぎ足で厨房に戻り、ボトルを渡す。そして辺りを見回し、指示を出しているメイドに近付く。


「すみません、今のうちに休憩に入っていいですか?」

「ああ、いいよ。今はそこまで忙しくないし。20分ね」

「わかりました。ありがとうございます」


 よっしゃ20分!20分もあれば、ミリアとカーティス殿下を探せるはず。スチル絵的に人気の少ないベンチだったから、たぶんあの辺りかな。それかあっちか。



「こっちじゃないかー…」


 会場に近い方で人気が少なくてベンチが置いてあるところに来たけど、そこに人の姿は見えなかった。外したか。となるともう1つの方かな。

 まぁ、そもそもボトル取りに戻ったのがイベント開始の合図なのかも定かではないけれど。でも知っている気がするからたぶん前世で読んだんだと思う。

 仮にイベント開始なら、そろそろカーティス殿下と会っている頃だよね。急ごう。


「…あ」


 カーティス殿下が居た。居たというか、今来てベンチに座った。となると、ここがイベント場所か。当たりじゃん。やった。カーティス殿下は少しだけきつそうな表情をしていた。いつも元気な印象だから、なおさら辛そうに感じる。

 私は少し遠くの建物の影に隠れる。近くに木もあるから、ここがバレることはないだろう。それに周りを気にする余裕もなさそうだし。

 というか、王族ってすごく魔力が多いんだよね?それなのに魔力不足。一体何に使ったんだろうか…。


「お、ミリア」


 私が隠れている場所と真逆の方向から、ミリアが3本のボトルを持って歩いてきた。

 …ボトル増えてるじゃないですか。これはあれか、取りに戻ったら追加分を渡されたやつか。しかももう少しで空になるから待ってて!て言われたね、たぶん。それで、時間を取ったから近道としてこの道を選んだ…あたりかなぁ。


「お、気づいた」


 ミリアがベンチに座るカーティス殿下に気づいたのか、声を掛ける。声を掛けるか迷っていたみたいだけど、何かいつもと違うことを読み取ったらしい。

 うん、ここからじゃ会話が何も聞こえない。本人たちも割と小さめな声で話しているだろうし。


「…わお」


 カーティス殿下が声を掛けてきたミリアに気づき、顔を上げる。そしてすぐにミリアの手を取って隣に座らせた。

 わお、強引。ミリア驚いちゃってるよ。弱ってる時は誰かに縋り付きたくなる気持ちもわからんでもないけど。それが野郎…男性使用人や衛兵だったら軽い事故ですよ、事故。私には美味しい展開…いや、なんでもありません。危ない、前世の封印した記憶が暴走しかけた。


 カーティス殿下は何かを話し出したらしく、ミリアがそれに相槌を打っているっぽい。

 何を話しているんだろうなー。聞きたいなー。あんまり覚えてないんだよね。確か、魔力を使った理由だったかな…?それと、兄への気持ち。


 カーティス殿下は兄である王太子殿下に良い感情を抱いていない。なんでも完璧にこなす王太子殿下に嫉妬していたはずだ。確か、騎士団の団長に推薦したのも、団長としての仕事をする側近を付けたのも王太子殿下だったはず。ただの権威付けのために利用された、自分には力がないと思われている、とか思っているんだっけ。

 おそらく具体的なことは隠しつつも、そういう気持ちを抽象的に口に出しているんじゃないかな。


「お!」


 スチル絵だ!ミリアがカーティス殿下の御手を取り、魔力を供給し始める。おぉ!いいですね!


「んん…?」


 カーティス殿下とミリアが座っているベンチの奥の方に人がいる。どうやらその人は、2人の様子を見ているようだった。


「これか」


 おそらくアダリンナ様の取り巻きの1人だろうね。会場から出て行ったカーティス殿下に気づいてついてきたか、アダリンナ様から命令されたか。

 そしてこれがバッドエンドに近付く選択肢に関係している。ヒロインはその見ている令嬢に気づいて、カーティス殿下への魔力供給を優先するか、その令嬢の元に言って会場に戻るようにお願いするか、の2択を選ぶことになる。後者がバッドエンドに近付く選択肢だ。

 となると、その可能性を消すために私が戻るようにお願いしにいくしかないか。


 遠回りをしながら、その令嬢に近付く。


「どうなされたんですか?」


 私がさも今ここを通りましたよ風を装って声を掛けると、その令嬢は吃驚したらしく、肩が跳ねた。


「い、いえ。なんでもないわ」

「それは失礼いたしました。そういえば、先ほどケーキが運ばれましたよ」

「まぁ、それは大変。アダリンナ様に取ってあげなければ」


 そう言うと、その令嬢はそそくさと会場に戻っていった。ケーキが運ばれたのは嘘じゃない。さっき運ばれていったところを見たし。

 それにしても、アダリンナ様って名前出しちゃったよ、あの令嬢。取り巻きの1人確定ですね。でも、取ってあげなければって言っていたから、命令で来たわけじゃないのか。偶然会場を出るカーティス殿下を見て、もしかしたらお話できるんじゃ…とでも思ったのかな。だけどコソコソをしているのが私にバレて、ケーキを理由に戻った…といったところでしょう。たぶん。まぁ、そのためにケーキの話題を出したんだけど。


 とりあえず、これでバッドエンドの可能性が1つ消えたね!よかったよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る