第14話 ちょっとした楽しみ

 サポートメイドとしての務めが強制終了してしばらく経った。


「あー…すっかり暑くなったなー…」

「もうそろそろ夏だもんね」

「こうなってくると外掃除が嫌になってくる…室内が恋しい…」

「あれ、室内掃除嫌がってなかったっけ」

「ナンノコトカナー」


 確かに春の時は室内掃除苦手だったさ。だけど、暑さには敵わない。これからさらに暑くなるのに…そろそろメイド服の夏服仕様が欲しいです…。今のままであと1週間とか耐えられない…。


 元の生活に戻った私たちは、前と変わらない普通の下っ端メイドとしてのんびり働いていた。まぁ、変わらないのが当たり前か。懐は変わったけど。結構給金もらえたのよねー。しかも人為的な魔物襲来があったせいか、いつもより多いっぽい。


「しかも日向。肌が焼けちゃう」

「セイレンはもう少し焼けてもいいんじゃない?」

「嫌味か?やるか?」

「ごめんごめん」


 ミリアはさすがヒロインというべきか、日焼けって知っている?と疑いたくなるくらい白い肌を持っていた。しかも、これが陶器肌か…と納得してしまうくらい綺麗。まぁ、日焼けと無縁そうな貴族の令嬢と渡り合っていくのだから、こういうキャラデザになるのも仕方ないか。

 私?前世の記憶を頼りに日焼け防止と美白を頑張ったおかげで、去年よりは焼けていないし、白くなった気がする。実はこの世界にあったんだよね、日焼け止めと美白ボディクリーム。高かったけど。そこはまぁ、給金でね。普段そんなに使ってないし。


「あーつーいー」

「はいはい、手を動かそうねー」

「はーい」


 ミリアに窘められ、再び掃除を始める。今日は庭園の南側の掃除だった。


「あ、こんなところに居たんだね」


 しばらく暑さと戦いつつ掃除をしていると、ふと後方から声が欠けられた。

 この声は嬉しい声だね!


「あ、カテリナ様」


 第3隊副隊長のカテリナ様だ。あれ以来、よくお茶に誘ってくれる。第3隊の屯所で。そこではもちろん領主様とわいわい話しているよ!相変わらず、それ以外は会話がないけど。まぁ、それは仕方ないからね。

 カテリナ様は、そんな私たちの事情を汲んでか、とてもよくしてくださる。


「この後時間が空いているから、仕事が終わったらおいで」

「わかりました!」

「ふふ、ミリアも」

「ありがとうございます」

「では、これで」


 そう言って、カテリナ様は颯爽と去って行った。…うん、相変わらず喋り方は淑女だけど、行動は騎士だなぁ。このギャップがいい。これがギャップ萌え。


「ふんふふーん」

「ご機嫌だね」

「だって屯所!涼しい!」

「うわ、現金」


 最近は涼しい屯所が本当に嬉しい。前世の記憶にあるような冷房設備はないけれど、建物の位置と構造と材質で結構涼しいのだ。まぁ、領主様とわいわい話せるのが一番嬉しいけどね!


 よし、こうなったらさっさと掃除終わらせるぞー!






「こんにちはー」

「お邪魔します」


 もうすっかりお決まりとなっている声を掛け、屯所の中にある隊長と副隊長専用の休憩室に入る。本来は休憩室というなの密談だったらしいけど…まぁ、今も密談みたいなものか。


「あ、いらっしゃい」


 中にはすでに領主様とカテリナ様とディランルード様がいた。領主様が微笑みながら迎え入れてくれる。こちらのギャップも良い…。これが屯所一歩外では冷たい表情をしているんだよ?良くない?良いよね!


「あー、涼しい…もうここに住みたい…」


 今や指定席となっている椅子にソファーに腰掛け、思いっきり寛ぐ。もうここは私の第3の住み家だね…。


「ちょっとセイレン。お茶淹れるよ」

「はーい…」


 ミリアに引っ張られ、寛いだソファーを再び立つ。しょうがないよね、ここでは私とミリアが一番身分が低いのだから。というか、忘れかけているけど私たち以外全員貴族なのだ。最初こそカテリナ様が淹れようとしてくださっていたけれど、さすがに遠慮した。無理、恐れ多い。

 とはいえ貴族らしい上手な淹れ方なんて知らなかったのでカテリナ様に教えてもらったけどね!中級伯爵の令嬢は王女様の専属侍女になれたりするもんね。残念ながら今代の王様には娘がいないけれど。きっと将来産まれるであろう王女様の専属侍女になるために、そういう作法を学んでいた令嬢は多かったんじゃないかな。


「どうぞー」

「ありがとう」


 ミリアとお茶を淹れ、お菓子を用意して、テーブルの上に準備していく。

 ミリアはさすがヒロインというべきか、すぐにお茶淹れ技術もプロ並みとなった。私はまぁ、普通に飲めればいいよねって感じである。


 準備し終えると、賑やかなお茶会が始まった。それぞれが思い思いに話している。最近はカテリナ様がディランルード様をからかい、それをミリアが楽しそうに見ていることが多いかな。まだどことなくディランルード様に距離があるミリアだけど、自分を売った領主とは何かが違うということを薄々感じているのか、割り切ってきたような気がする。

 そしてまぁ、カテリナ様が嬉々としてディランルード様をからかうのよねー。もうあれじゃん、好きな子をいじめる感じ。つまり愛あるいじり。ミリアも薄々感じていたのか、こそっと聞いたらそれっぽい反応をしていた。まぁ、ミリアがカーティス殿下ルートに進んだんだから、他の攻略対象は自分たちの恋だったり政略結婚だったりに動き出すよね。王太子殿下だけは悪役令嬢がいらっしゃるのでシナリオ終盤まで動かないと思うけれど。


 そしてこの方もまた何も動き出さない。そう、領主様である。領民としてそろそろ結婚してほしいのだけど…。結婚式のお祝い祭り、絶対楽しそうじゃん。


「領主様は結婚しないんですか」

「また変な事考えてたでしょ。まだしないよ」

「えぇ…」

「噂があるうちはしないつもり」

「あぁ…確かに」


 悪逆非道なんて噂の領主様に自分の娘を嫁がせたいと思うか?思わんな。利益だけを求めて娘を駒としか見ていないような家からはお見合いの話とか来てそうだけど。そういう令嬢と結婚してもいいのかもしれないけど、サンローン家が何かしてきそうだよなぁ。噂を否定する可能性がある人物になるからね。サンローン家に対抗できる宰相には娘はいないし…他の上級伯爵は噂を信じているし…うん、今結婚するのは得策じゃない。


 そして噂が消えるのは、おそらくヒロインがハッピーエンドに進んだ時。つまり、ミリアが無事悪役令嬢を糾弾した時だ。サンローン家が糾弾されて没落すれば、噂を流す人物はいなくなるもんね。

 あ、じゃあ目的は一緒か。ヒロインのバッドエンドルートを阻止すればいいんですね。頑張ります。


「そうだ、領主様は次はいつ領地に戻られるんですか?」

「今の所、来月中頃だね」

「あ、奇遇ですね。私もそのあたりでまとまった休みが回ってきます」

「じゃあ一緒に帰ろうか。2回分馬車を手配する手間が省ける」

「やった、ありがとうございます」


 領主様と同じ馬車ですか!これは帰った時の話のネタになりそう。そして上級貴族である領主様の馬車は絶対良いやつだ。…そういえば領主様って上級伯爵なんだった。普通は絶対ありえない事だよねー。お貴族様の馬車に平民が乗るなんて。しかも一緒に。


 そして実はメイドのまとまった休みは上で決まっていたりする。ただでさえ数が足りていないのに、一斉に休まれたら大変だもんね!私はちょうどミリアと一緒の日に回ってきました。というか、上の人たちは私とミリアを絶対セット扱いしている。ありがとう。癒しと一緒にしてくれて。


「そういえば、もうすぐ舞踏会がありますねー」

「あぁ、なんか招待状来てたなぁ…」


 ふと、頭によぎったことを呟くと、領主様が超棒読みで面倒くさそうに呟いた。うん、予想通りの反応ありがとうございます領主様。領主様のことだから、絶対嫌がっていると思ってました。…て、そうじゃなくて。


 今度ある舞踏会がイベントなのである。だからこそ私は。


「絶対くじ引き外す…!」

「いやあれ運だから」


 意気込んだところをミリアに見られていたのか、冷静につっこまれてしまった。

 残念だったねミリア。あなたはもうすでに参加が決まっております。シナリオで。バッドエンドの選択肢を回避させるためにも、あのきついお手伝いをパスするためにも、何としても外してやる。

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