第13話 救世主と本心

「わぁ…ついにきたー…」


 木の上に登り、救助を待つこと数時間。体感5時間くらいだろうけど、たぶん2時間くらいかな。だんだん空がオレンジ色になってきている。

 予想以上に魔物が来なくて安心してたんだけど、ついに来ました。木を登れる個体。


「しょうがない。倒すか」


 魔力は少しだけ回復したので、2回攻撃魔法が撃てそう。ここで1回使っても大丈夫かな。というか、使わなきゃやばいね!


「…ほいっ」


 1回分の魔力を凝縮して木の下にいた魔物に投げつける。


「あ…」


 凝縮した攻撃魔法は、狙った魔物のすぐ隣にいた登れない個体に当たった。つまり、外した。


 まじか。外すのか。そう言えば養父が魔力が切れかかると体が疲れて精度が落ちるって言っていたなぁ。こういうことか。確かに落ちてる。


「…ほいっ」


 このままではどっちみち危ないので、もう一度魔力を凝縮して投げつける。今度はちゃんと命中し、狙った魔物は倒れた。


「あー…もうだめだー…」


 体が重すぎる。もうこれ以上魔法使ったら魔力切れで倒れるね。まさか1発目外すとは思わなかったなぁ。あー、これでここまでこれる魔物が来たら私の人生完全に終了。いやだなぁ…。まだ生きたいんだよなぁ…。ミリアのバッドエンドも回避させないといけないし、ミサト街に帰って領主様の話をおばさんたちにしないといけない。


「…はは…なんで来るかなぁ」


 さっき魔法を放った雰囲気を察してか、遠くの方から再び木に登ることができる魔物が歩いてきた。完全に私を見てるじゃん。詰んだ。もう倒せる魔力残ってないんですって。せいぜいかすり傷がいいところ。


 敵が来たことを知らせる何かがあれば、ここだよーって知らせることもできる…その分魔物も来るけど、まぁ、その前に領主様が来てくれるだろうし。


「あ、のろし…」


 そういえば、のろしってそういうものだよね。のろし足り得る何か…魔力か。魔力を空に向かって投げて爆発させるとか。あ、それいいね。それだけならほんの少しで済むし。前世でいう家庭用打ち上げ花火みたいな感じで、やってみようかな。最悪意識だけ保てていればいいよね…うん、やろう。


「たー、まやー…」


 家庭用打ち上げ花火にたまやはおかしいか。まぁ、いいでしょう。

 私はほんのちょっとだけ魔力を空に放って、小さく爆発させた。この魔力量じゃこの爆発が限界である。気づいてくれるかなー。気づいてほしいなー。というか気づいてくれないとやばい。


 どんどん近付いてくる魔物と、どんどんうるさくなっていく鼓動。それなのに、動かない体。やっぱりだめなのかな。


 これは、本当に覚悟するべきか…。


「セイレン…!」


 ふと、遠くで名前が呼ばれた気がした。そして攻撃魔法の光。魔法は木の周りに集まっていた魔物をまたたくまに一掃したあと、静かに消えた。


「あ…領主様…?」

「セイレン!よかった、無事なようだね」


 領主様がこちらに向かって走ってくる。


 あぁ、そうか。やっぱり領主様は気づいてくれたんだ。やっぱり見捨てないんだ。助かったんだ、私。


「領主様、もう魔力…」

「そんなことだろうと思ったよ。もっと早くに気づいていたらよかった…。ちょっとまってて、そっち行くから」


 領主様は身体強化をかけて、私がもたれかかっているところまでササっと来てくれた。


「拠点は…?」

「無事。みんな無事だよ。もちろん、ミリアは無傷」

「さすが、領主様ですね…。ちょっと話すのきつい…」

「何も言わなくていいよ。はい、首に腕を回して」


 私は領主様に言われた通り、領主様の首に腕を回す。領主様はそれを確認すると、ひょいっと私を持ち上げた。俗に言うお姫様抱っこである。まじか。リアルにされる日が来るとは思わなかった。そしてこういうことをサッとするあたり、領主様も騎士なんだなぁ…と感じる。


「顔うずめてていいよ。首起こしとくのもきついでしょ」

「そうします…」


 ではお言葉に甘えて。あー、領主様いい匂いがするー。じゃなかった。今そんなこと言うと確実に怒られる。

 それにしても温かいなぁ。人の体温、なんだか落ち着くね。


「じゃ、帰ろっか」


 領主様が一言呟き、なるべく衝撃が来ないように木から降りて歩き始める。といっても身体強化かけているから、結構スピード出てるけど。魔物が来たらどうするんだろうか。あ、領主様のことだから指さえ動けばなんとかしそう。


「…実を言うとね、お城でセイレンがわざと転んだ時、ひとしきり笑って軽い掛け合いをしたかったんだ」


 ふと、領主様が静かに呟いた。独り言といえば独り言なんだろうけど、自分の胸の内を聞いてほしいような、そんな話し方。

 というか、あのわざと新人転倒祭りを開催した時、話したかった…?


「私の悪逆非道な噂には裏があるって言ったね。実は噂を流しているのは私より身分が高い貴族なんだよ」


 やっぱりか。そんな気はしていた。真逆な噂なんて誰かが故意的に流さないと、ここまで広まらないし。そうなると、領主様よりも身分の高い貴族になる。


「だから、セイレンとお城で話して目を付けられるのが怖いんだ。いつもの感じで話すと、みんな噂と違うんだって思ってしまう。そうなると、噂を流した本人はセイレンに手を出しにくるだろう。平民の力は貴族権力の前ではちっぽけだからね。いとも簡単に消されてしまう」


 いたって平静な風を装って話しているけど、その声はどことなく暗い。

 そうだね。確かに噂を流した人からしたら、私は目の上のたんこぶだろうね。自分が流した噂が嘘だとばれてしまうから。特にミサト街出身。私が領主様と親しく話して、領主様はこんな人だよって言ってしまえば、少なくとも使用人は私の方を信じるはず。同じ平民同士、噂の否定が強要されているのか、自発的なものかは感覚でわかるだろうし。

 そうなると、間違いなくその貴族は私を消しに来る。良くて解雇。最悪の場合、殺されるかもしれない。それほど平民の力は弱い。立場的にもだし、実力的にも。

 平民の魔力量は貴族に比べてだいぶ少ない。それに加え、魔法を扱う練習をする機会があまり与えられないとなると、貴族とは雲泥の差が出る。私は珍しく、養父が教えてくれたけど…魔力量はちゃんと平民だからなぁ。その貴族が私を消しに来たら、どうすることもできない。


「それは騎士も同じ。上の役職についている人は高位貴族なんだけど、他の騎士では太刀打ちできない。だからこそ、私の隊の隊員にも、噂を否定しないよう言ってあるんだ」


 高位貴族は上級伯爵から上の身分の人たちのことを指す。騎士たちは、中級伯爵より下の貴族や上流平民が多い。そうなると、噂を流した貴族に目を付けられて無事でいられる人はいないだろうね。権力はそれほどまでに恐ろしい。

 今の口ぶりからして、第3隊の騎士は領主様が噂とは全く違うと知っているんだ…。それはよかった…。


「出発する時の集合場所では話せたのは、あそこには第3隊の騎士しかいなかったからなんだよ」


 なるほど。そういうことだったんだ。


「陛下や宰相も、ただの噂でその貴族を取り締まることはできないと言っていた。仮に行動を起こしたとしても、世に出る前に揉み消される。それに、注意して今その貴族から反感を買うのはよくないらしくてね。だから今は黙って耐えるしかない」


 陛下や宰相でも、慎重になる相手。わかってしまった。噂を流している貴族。上級伯爵より上で、なおかつ陛下と宰相が迂闊に手を出せないとなると、公爵。今この国の公爵は2家あって、1家が宰相なので、必然的にもう1家になる。その貴族は、サンローン公爵。そう、悪役令嬢のアダリンナ様がいる家だ。

 まさかここで悪役令嬢が噛んでいるとはなぁ。恐らく、現実とゲーム上のストーリーの齟齬の補正ということを考慮すると、噂を流したのはアダリンナ様だろうね。


「それで、ここからよく聞いてほしいんだけど」


 領主様はそっとそう言うと、少し間を置いた。後続に続く言葉が簡単に想像できてしまった。


「セイレンも噂を否定しないで。それと、お城では基本話せない」


 やっぱり。想像通りだった。


「私がどう言われようと、わかっててほしい人たちがわかっているなら構わない。だけど、大切な領民と部下が傷つくのは耐えられないんだ。だから、お願い。噂を否定しないで」

「…領主様はひどいです」

「うん、ごめん」

「…優しすぎなんです」

「ごめんね」


 私は、顔をうずめている部分の領主様の服を濡らした。

 悔しい。

 こんなに大好きな領主様なのに、私たち領民をこんなにも大事にしてくれている領主様なのに、そのことを伝えることができない。伝えるだけの力がない。そんなちっぽけな自分が悔しくて悔しくて仕方なかった。そう思うと、涙がとめどなく溢れてきた。


「…第3隊に、遊びに行ってもいいですか」

「いつでもおいで。カテリナが喜ぶ」


 それは暗に、カテリナ様に会いに行くという名目で来てね、ということを表していた。第3隊に行く目的を、領主様にしてはいけない、と。


「…お菓子とお茶はありますか」

「あるよ」

「…じゃあ、ティータイムできますね」

「そうだね」


 誰とは言わない。でも、伝えたかったことは伝わったはず。話せないなら、話せる場所に行けばいい。名目はどうであれ、私がそこに行けばいいんだ。


「…お城では話せないけど、見守っているからね。大事な領民が、辛い思いをしてないか」

「今が一番辛いんですけどね」

「それもそうか。…ごめんね」


 悔しさだけが、胸に広がった。領主様の体温だけが、今の私の救いだった。






 拠点に戻ると、ミリアがすぐに来てくれた。泣きながら怒るその姿を見て、怪我がなくてよかった、と安心したのはここだけの秘密。


 ちなみに今回の魔物の大群の襲来には人為的な力が働いているだろうと言うことで、一旦魔引きは中止になり、お城に戻ることになった。もう1回近いうちに魔引きに来るけど、その時はサポートを応募しないらしい。


 こうして、私とミリアのサポートメイドとしての務めが終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る