第9話 本当の領主様
応募用紙を提出して2週間、今日魔引きのために騎士団第3隊がお城から出発する。もちろん私とミリアもサポートメイドとして同行する。
そのために今、事前に伝えられた第3隊の屯所に来ているんだけど…。
ちなみに服装は騎士団から支給された簡易軍服である。シンプルだけど結構かっこよくて動きやすい。
「ねぇ、これもしかしなくてもサポートの人数さ」
「今の所2人みたいだね」
「だよねー」
そう、サポートとして来ているのが私とミリアしかいない。なにそれおかしくない?西の森の魔引きだよ?いくら噂で領主様が悪逆非道と言われててもさ、もう少し集まらない?集まらないか、そうか。サポートにつく下っ端使用人は一般平民だから、そういう人柄を重視するところあるよね。だって仮にひどい人だったら、ひどい目を見るからなー。実際ひどい領主の元で苦労をした一般平民はそこそこ多いだろうし。実際ミリアもその一人だもんね。
だからとはいえ2人はさすがになくない?そこせめて上の権力で招集とかしないものなの?確かに騎士たちだけでもできるといえばできるけどさ…。
「やっぱり私が否定していくしかないか」
「信じる人がいればいいけどねー」
「おふざけ新人転倒祭りの態度を考えると、否定したところで信じない人多そう…」
無視されたもんね。お城にいる時の領主様冷たいもんね。仕事柄しょうがないのかもしれないけど。
その時だった。
「だーれだ」
突然後ろから誰かに視界を覆われた。あー、この感じにこの声は1人しかいないな。それにミリアの驚いた顔が一瞬見えたし。
「領主様ですね」
「さすがセイレン。よくわかったね」
「それなら声色を変えてください。あと手をどけてください」
「つれない」
視界を塞いでいた手がどけられて周りが見えるようになると、目の前に領主様の綺麗な顔があった。
「わお、眼福」
「セイレンって本当に私の顔好きだよね」
「綺麗ですからね。目の保養です」
領主様は私の反応に呆れつつも楽しそうに笑った。そうそう、この感じが私たちの領主様だよ!こんな感じで軽口を叩き合って楽しく笑う。これが領主様と私たちだよ。あ、真面目なときはちゃんと真面目だよ。
「そういえば、領主様。なんであの時無視したんですか?」
「あの時…あー、なんか転んでたっけ」
「渾身のボケだったんですよ」
「いやなんか、つっこんだら負けな気がして。絶対故意に転んだよね」
ばれてました。いやでもそこはツッコミを入れてほしかったなー!ボケはツッコミがないと意味がないんだよ。
「じゃあ今度から領主様のボケを無視しますね」
「ごめんごめん。どうみてもやばいやつだったから」
「反省してないですね!」
「ばれた。お詫びに領地に帰る時馬車を出すから」
「やった!ふかふかの馬車!これからもちゃんと相手にしますね」
「現金…」
ふかふかの馬車は大事だよ!特にミサト街へ行くには山越え必須だからね!
あ、そういえばミリアがいたこと忘れていた。ちらっとミリアを見ると、案の定すごくびっくりしていた。まぁ、そうだよなー。まさか領主様がこんなにお茶目な人だと思わないよね。
「あ、領主様。こちらが同期で友人のミリアです。優しくしてやってくださいね」
「私はいつでも優しいよ?…これからよろしくね」
「よろしくお願いします…!」
いきなり話を降られたせいで、ミリアはちょっと慌てていた。そんなところも可愛い。領主様はミサト街にいる時のような柔らかい雰囲気でミリアに接する。
「そうか…あのセイレンに友人がね…今日は赤飯かな」
「失礼すぎません?ミリアに向けるその優しさを半分私に向けてください」
「そこで容赦なく半分なのがセイレンだよね。普通は少しとかだよ」
「優しくされたい」
「それならまず自分の言動を見直してほしい」
うぐ…そう言われると言い返せないぞ。さすが領主様。容赦なく痛い所をついてくる。まぁそんなところも愛おしいけど。きっとこれを井戸端会議でおばさんたちに話したら悶えるだろうなぁ。これぞ愛され領主様。
「ミリアどう?噂と180度真逆の領主様」
「びっくりしたよ…」
「噂…あー、悪逆非道のあれね」
私の言葉に領主様が反応する。やっぱり知っていたんですね。まぁ、それもそうか。お城にいたら嫌でも噂は入ってくるだろうし。
「知っていたなら訂正しましょう?」
「わかっててほしい人たちがわかっているなら訂正しなくていいかなって。それに暗い話をすると…まぁ、それはいっか」
「そこで切るのさすが領主様って感じです」
そこで切られると気になるけど、領主様が話さないうちは私も聞けないなー。何か理由があるだろうし。私にはどうすることもできないことなんでしょう。
仮に現実とゲームで生じた齟齬を訂正するために噂という形で悪逆非道の領主様になったとしても、噂を流す人たちがいることは確かだよねー。あまりにも噂と現実がかけ離れているし。お城での雰囲気が冷たいとはいえ、あんなにひどい噂が下から湧き上がる可能性は低い。領主様のことだから、お城で使用人相手に問題を起こすわけないし。というか起こしてたら隊長じゃないだろうし。となると、上から…つまり貴族側から吹聴された可能性が高い。
うん、そうなると本当に私じゃどうしようもできないねー…。
「わかっててほしい人たちって誰なんですか?」
「陛下と殿下たちと宰相と隊員と領民。特に領民だね」
意外に多かった。でも、特に領民って嬉しいなぁ。前の領主が酷かった分、領主様は後を継いでから大変そうだったから。今ではすっかり愛され領主様ですけどね!
「あ、だからお城の中では冷たいんですか?」
「まぁそうだね。親しい人がいるわけでもないし、つい仕事モードのまま歩いてしまう」
「なるほど。だから今は普通なんですねー…て、お城の中に親しい人いるじゃないですか!領民の私が!この前無視されたけど!」
「その節は本当にごめんね。わざとなんだ」
「反省してないですね!?」
「あの…なんだか会話がループしだしそうなんですけど」
このまま勢いで何か強請ろうかと考えていると、ミリアが困惑しながらストップをかけてきた。…確かにこの会話に似たやつさっきもやったな。ありがとうミリア。
「ループって怖い」
「それが間近で起きそうだった私の方が怖い」
「確かに。めんごめんご」
「反省してないよね?」
「あれこれデジャヴ」
領主様のボソッとしたツッコミで気づく。あれ、ループ…?相手が領主様からミリアに代わっただけで、会話の内容変わってなくない?
ミリアの方を見ると、楽しそうに笑っていた。うん、楽しそうでよかったよー。可愛いねー。
「さて、ちょっと真面目な話をすると…サポートメイドは君たち2人なんだよね。きついかもしれないけど、よろしく頼むよ」
「そんな気はしてました。よろしくお願します」
「よろしくお願いします」
お互い挨拶を交わす。
真面目なときは本当に貴族だよなぁ。言葉遣いはそこまで変わってないのかもしれないけど、雰囲気とか喋り方とかがだいぶ違う。まぁだからこそ、街の人と仲良くしつつも、みんなに下に見られないんだろうなぁ。
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