第7話 晩餐会の選択肢
「つっかれたぁー!」
人がいないことを確認して、思いっきり息を吐きだす。晩餐会のお手伝いってなんでこんなにきついの!聞いてないよ!
中の給仕は上級メイドの仕事なので、私たち下っ端メイドは食べ物や飲み物や食器を会場まで運んで下げて運んで…とにかくずっと厨房と往復している。会場と厨房が近いとはいえ、広大なお城のせいでまあまあな距離があるからさらに疲れる。
くそう、こんなことならくじ引きで外れてほしかった。この下っ端メイドのお手伝い、まさかのくじ決めだったのだ。まぁ、いくら最近メイドが足りていないといっても、全員動員しないといけないほど困ってもいないみたいだからねー。ただの晩餐会だし。
あ、もちろんミリアはちゃんと選ばれていた。何を運ぶかなー。でも案外タイミングが合わなくてまだ話せてないんだよね。これは後日聞くパターンかな?えー、すぐ知りたい。
確か、運ぶものの選択肢としては5つあったはず。お酒、ジュース、ケーキ、食器、お冷だったっけ。カーティス殿下はジュースだった気がする。19歳、未成年だもんねーって思った記憶があるから、たぶんそうだと思う。で、ケーキがまさかの領主様。悪逆非道でケーキ…どこぞの昔の王妃様かよって思わずツッコミを入れたよね。
で、問題がお冷。私は当時ダイエット中だったからこれを選んだわけだけど、これを選ぶとバッドエンドに一歩近づく。お冷選んだとしても、その後のイベントや選択肢でルート修正できるわけだけど、これを選ばせるわけにはいかない。
「はぁ…終わらない運び屋…そう私はプロの運び屋…」
「はい次これをよろしくね」
「わかりました」
使い終わった食器を持って厨房に戻ると、厨房の人から新しい食器を渡される。はいもう一往復ですねー!
絶対これ全員動員でもいい気がする。
「よし、君15分休憩に入っていいよ」
「はい、ありがとうございます」
慌ただしかった厨房に少しだけゆっくりした空気が流れた。晩餐会がメインディッシュを配り終わって今ちょうどお喋りタイムらしい。
私は厨房から外に出て、用意されていた簡易休憩所に行って椅子に腰かける。
「ふぅー」
「お疲れ」
そう言って私の隣に腰掛けてきたのはミリアだった。顔には疲労の色が見え隠れしているけど、相変わらず可愛い。疲れた顔って少しは劣って見えるものじゃないの…さすがヒロイン…。
「お疲れー。…あとはデザートだっけ」
「そうそう。そしてその後は地獄のお片付け」
「うわー、いやだー」
絶対あの大広間掃除するの私たちじゃん。しんどい。
「その代わり明日は休みだから頑張ろうね」
「それが本当に救い…」
絶対一日中寝てやる。というか、先輩曰く片づけ終わって解散するときには夜も更けているらしいから、必然的に昼までは爆睡だろうなー。
そして励ましてくれるミリア天使すぎ。本当に同い年なのかって疑いたくなる。さすがヒロイン。
さてさて、この後のデザートタイムで何を運ぶかによってルートが確定するわけなのですが、ミリアはどれを選ぶのかな?ジュースかな?ジュースだよね?お冷は絶対死守します。むしろ私が運ぶ。
「今からこれらを手分けして運んでね」
何人か下っ端メイドを集めて、厨房の人が指示を出した。これらと称されたのはあの選択肢に存在する5つ。お酒、ジュース、ケーキ、食器、お冷である。
「あ、じゃあ私お冷運びます」
「じゃああなたはお冷ね」
私は他の人が何か言う前にお冷を運ぶと申し出た。飲み物の中では一番軽そうである。むしろケーキの次に軽そう。ごめんね、これもヒロインの脱バッドエンドのため。あいつ軽そうなの取りやがってみたいな視線は勘弁勘弁。ケーキ残しているから許してー。それに早い者勝ちでーす。
「さすがセイレン。容赦ないよね」
「てへ。ミリアもどれがいいか選びなよ。重いものになっちゃうよ」
それにこのままだと一番重い食器になっちゃうからね!食器だったら誰だっけ。ディランルード様だったかな。
「確かにそうね。さすがに食器運ぶ元気はないから…あ、私ジュース運びます」
「じゃあそこのあなたはジュースね」
ミリアに選ばれたのはジュースでした。つまり、カーティス殿下ルート。予想通りだね!とりあえず、これでバッドエンドの可能性が一つ減った。よくやった私。まぁこの後もバッドエンドになる可能性は出てくるんだろうけど…まぁ、確率的にはだいぶ減ったよね。
「え、台あるのずるくない?」
お冷い以外の4つを選んだ人に台が渡された。え、お冷は…まさかの持ち運び…!?軽い方だとはいえ重いぞ…!?
「まぁ、そんなこともあるよ」
「これならケーキ選んだよ」
「そこでケーキなのがセイレンらしいよね」
そう言ってミリアはジュースが乗った台を押して歩き出すので、私もお冷を持ってついていく。つめた。お冷つめた。
まぁ、どっちみちお冷選んだんだろうけどさ!でも最初っから4つには台がありますって言われたらきっと3秒くらい悩んだよ。ちょっと他のメイドさんよ、どんまいみたいな憐みの目を向けるでない。
「つめたーい、おもーい」
「言い換えると?」
「涼しいしダイエット」
「さすがセイレン。でも減らす肉なくない?」
そういってミリアは私を見てから首を傾げる。確かに私は細身な方ではあるね。
「いや、お城の食堂のご飯が美味しくてさ。ついつい食べ過ぎちゃってるなーって」
「確かにわかる。美味しいよね」
ミリアも心当たりがあるのか、ちょっと恥ずかしそうな表情をする。あー、その表情可愛いわー。前世のスマホがもしあったなら、間違いなくシャッターボタン押してる。
そのまま話しながら大広間の裏方まで持って行くと、なにやらバタバタしていた。
あー、そういえばトラブルが発生したんだっけ。
「どうしたんですか?」
ミリアが近くにいる上級メイドに尋ねる。
「ちょっと向こうの方でトラブルがあってね。あ、届けに来てくれたのかい?それじゃ悪いけど、そのジュースを出してきてくれないかい?」
「え!?」
出してくる、とは表に出てジュースを置いてこいということだ。普通下っ端メイドが出れるものではない。けどまぁ、これがストーリーだからなー。頑張れミリア。
「大きめのテーブルに置くだけ。細かい調整はテーブルに控えているメイドがやるから、頼めるかい?」
「わ、わかりました」
「頑張れミリア」
「セイレン、近くまでついてきて…」
「もちろんそのつもり」
というか、中を覗く気満々である。だってカーティス殿下との会話があるからね!聞こえるかはわからないけど!
「あ、お冷はどうしましょうか」
「そこに置いといて。私たちが飲む用だから」
まじですか。まさかのメイド用ですか。そういえばゲーム上でも、運んだ、で終わってたような。
「よし、ミリア行こう。頑張ってね」
「うー…最近お偉いさんの前でやらかすこと多いから不安だなぁ」
いきなり与えられた任務に委縮してしまったらしいミリアは、最近のエピソードを思い出して顔を青くしていた。そうだよねぇ、向こうはお偉いさんしかいないもんねぇ、しっかり者のミリアも緊張するよねぇ。ジュースを置くだけとはいえ失敗は許されないし。
まぁ、最近のは不可抗力だからしょうがないんだけどね。新人転倒祭りとか、遅刻パンのようなぶつかり方とか。でも今回は大丈夫だよ。きっと。
「大丈夫大丈夫。置いてくるだけだから。これも今後の話のネタになると思うよー」
「それもそうだね。話のネタ、話のネタ…なんかいけそうな気がする」
「自分で言っておいてあれだけど、単純すぎない?」
いつもと立場が逆転じゃないですかー。たまにはお世話焼くのもいいね!でも単純すぎだね!まぁ、いっか。緊張が解けたっぽいし。
「はい、いってらっしゃーい」
表へ出る所までついていってミリアを送り出す。ミリアは少し緊張しつつもいつも通りに歩いて出て行った。
ちなみに上級メイドと下っ端メイドのメイド服はほぼ一緒である。まぁ、上から見たら上流平民も一般平民もただの平民ということだね。唯一違うとすれば、スカートの丈。上級メイドは足まで隠れているが、下っ端メイドは膝とくるぶしの間くらいの長さである。
つまり、ミリアが下っ端メイドだと気づく人はほぼいないだろうね。みんなメイドのことなんか気にしていないだろうし。
ちらっと中を覗くと、どうやら今日の晩餐会はビュッフェ形式のようだ。思い思いに好きな料理を取って席に座っている。女性陣はどちらかというと野菜を取ってる人が多いかな。これは前世と変わらないねー。いっぱい食べる子が好印象とはならないのが貴族社会か。私は容赦なくお肉食べたいです。
ミリアは台に乗ったジュースを飲み物が置いてあるテーブルまで運び、静かにテーブルに乗せていく。…と、ここでカーティス殿下が近づいた。そのまま何か話しかける。だめだ、ここじゃ聞こえない。よし、じゃあ私はここらで覗くのやめましょう。イベント発生したの確認したし。
少しして、ミリアが戻ってきた。
「おかえりー」
「よかった…なんとかなった」
「そういえばカーティス殿下に話しかけられていなかった?」
「あー、うん。このジュース注いでもらっていい?て」
そう言って遠い目をしたミリアに思わず同じ下っ端メイドとして同情せざるを得なかった。下っ端メイドが飲み物を注ぐ。しかも王族に。こういうことは上級メイドのお仕事なので練習をしたことがないのである。
まぁ、これがストーリーなんだけどね。
「が、頑張ったね…」
「なんとか近くで同じようなことをしていたメイドさんの見様見真似でやってみたけど、絶対だめだよー…」
「まぁ、何も言われなかったならセーフじゃない?」
それに確かカーティス様、ヒロインが下っ端メイドということを知ってて話しかけているはず。なんか裏話でそういう設定があったって聞いたことある。
その時だった。
「気のせいだったかしら。汚らわしい下っ端メイドが殿下にお飲み物を注いでいたような気がしたのだけど」
ふいに表側からきつめのいかにもいじめっ子のような声が聞こえてきた。
「…っ」
思わずミリアが反応する。
「よく見つけたよね…」
私は思わずため息を吐いた。今のきつい声こそ、この乙女ゲームの悪役令嬢であアダリンナ・サンローン様だ。サンローン家は確か公爵。やっぱり性格はそのままか。わんちゃん領主様みたいに変わってないかなーとか期待してたけど、やっぱり無理か。うん、そりゃ王太子殿下が結婚を先延ばしにするわけだ…。
そして、これもストーリーとはいえ、スカートの丈しか変わらないメイド服からよく下っ端だと気づいたね。すごい観察力。確か突っかかってくる理由は、下賤な者が王族と関わるのが許せない、むかつく…みたいな感じだったかな。
「やっぱりだめだったかなぁ…」
「ミリアのせいじゃないよ。トラブルのせい」
「それはそうなんだけど…まぁ、いいか」
「いいんだ」
「今後関わることはないだろうし」
バリバリ関わってきます、とは言えない。ごめんミリア。でも、できる限り私がサポートするからね。
こうして晩餐会は最後に不穏な空気を残して終わったのだった。
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