第2話 乙女ゲーム

「領主様、なんでこうなったんだろうね…!」


 ミリアから聞いた噂に思わず頭を抱えた。

 だってそうでしょう!あんなに素晴らしい領主様なのに街の外では悪者扱いなんて。たぶんこれを街の人が聞いたら殴り込みに来る。みんな領主様大好きだからね…。


「セイレンの反応を見るに、噂は全部嘘みたいだね」

「全部違うよー。領主様はめちゃくちゃ良い人!」

「180度違うのね。やっぱり噂は所詮噂だね。でも真実じゃなくてよかった」


 確かにさっきの噂が本当だったら怖いよねー。実際先代の領主が治めていた10年前まで本当だったんだけど。まぁ、それは黙っておこう。それに私も街外れに住んでいたからかあまり記憶にないし。


「さてと、噂が全くの出鱈目だとわかったところで仕事に戻ろうね」

「うへぇ…今から騎士団近くの掃除…」


 一言でいうと、むさい。


「はい、行こうね!」


 笑顔で手を差し向けるミリアの可愛さに逆らえず、仕事場に戻ったよ!






「癒しが目の前にしかいない」


 騎士団の建物近くを掃除しながら、目の前で掃除するミリアを見てため息を吐く。騎士団にももちろん女性騎士はいるけど、比率がね、男性の方が多いんだよね。


「はいはい、手を動かそうねー」

「動かしてますー」

「じゃあ口を閉じようねー」

「えー」

「減給されるよー」

「閉じまーす」


 お金、大事。基本的に仕事中の私語はそこまで禁じられていないけど、喋りすぎはダメである。あと、目上の人が通った時は絶対喋ってはいけない。そこで喋ったら即刻解雇だね!


 口を閉じて黙々と掃除をしていると、ふと別のところを掃除しているメイドが端に避けたのが見えた。


「ミリア」

「うん、端に避けとこうか」


 おそらく、偉い人が来る。しかもこの通路を通る確率が高い。こういう時は、先に避けて粗相する確率を減らすのが良い。たまにいるんですよ。避けようとして慌てた結果盛大に転ぶ人。この2週間で1回直接見たし、ミリアから3回くらい聞いた。そりゃ働き始めたころは緊張するよね。巷では「新人転倒祭り」て言われているらしい。大変面白くて心臓に悪い祭りですね!


「さーて、誰が来るかなー」


 端に避けると、すぐに向こうから人がやってきた。


「あ」


 勘違いされすぎている領主様じゃないですか!相変わらず美形ですね。目の保養です。


「あれ…?」


 領主様、何か雰囲気が違うような…?私の知っている領主様よりも10倍くらい冷たい表情をしている気がする。別人並に冷たい。

 そういえば、私この冷たい感じの領主様に初めて会うはずなんだけど、前から知っているような気がする…。なんかこう、もっと前から知っている感じ。うーん、なんかスッキリしないなぁ。


 領主様が私たちの前を過ぎたあたりで、反対側からザ好青年のようなイケメンが駆け寄ってきた。すごく元気に。


「ソルージオン!」

「これは殿下」


 ソルージオンは領主様の名前だ。殿下と呼ばれた好青年イケメンはこの国の第二王子であるカーティス殿下である。実物を初めて見た。すごく顔が良いですね!


「ねぇ、本当に優しいの…?」


 領主様と殿下が見えなくなったのを確認して、ミリアがそっと聞いてきた。


「うん、優しい…よ…?」

「そこは自信もって言おうよ…」


 領主様、お城だと別人みたいに冷たい表情をするなんて知らないよ!そりゃ噂の信憑性が増すよね…。え、本当に同一人物ですかって聞きたい。まぁ、騎士団はひとつのミスが命取りに繋がるから、常に気を張ってないといけないのかなぁ。


 うーん、何か引っかかる。なんだろう、カーティス殿下のお顔を前から知っているような。そりゃ肖像画で見たことはあるけど、それよりももっと前から…。

 ソルージオン…カーティス…美形に好青年…悪逆非道と元気な殿下…そして女性の名前にありそうな名のミサト街。あ、もしかして、ここ前世で適当にプレイしすぎてまさかのバッドエンドを辿った乙女ゲームと似てる…?


 …え!?乙女ゲーム!?


「うそでしょ…」


 仮にここが乙女ゲームの世界ならヒロインがいるはず。確かあのゲームのヒロインは、ナツミ街の領主に無理やり身売りされて下っ端メイドになった18歳の素朴美少女だったよね。確か銀髪碧眼で、いつもおさげにしている…。


「あ」


 ミリアだね!?銀髪なんて珍しい髪形そうそういないし、出身地はナツミ街って自己紹介で言っていたような…。ちなみに私は自己紹介の時に出身地言うの忘れてました。案外言わなくてもつっこまれないものだねー。


「セイレンどうしたの?」

「なんでもないなんでもない。ちょっと頭の中を整理していただけだよー」

「あぁ、煮すぎたジャガイモ?」

「そうそう煮すぎたジャガイモ」


 ミリアはさっきの領主様のことだと思ったらしく、納得してくれた。


 そっか、ミリアがヒロイン。プレイヤーネームで進むから見落としていた。そしてここがあの乙女ゲームの世界なのは確定っぽいなぁ。あー、こんなことなら前世の記憶いらなかったなぁ。これから起こり得る出来事を知っているなんて人生楽しめない。


 確かあの乙女ゲームは、攻略サイトを見る限りヒロインが攻略対象を攻略して、自分を売った領主を糾弾して、家族と感動の再開をするっていうストーリーだったはず。攻略対象は王太子のオースティン殿下26歳、第2王子のカーティス殿下19歳、私たちミサト街の領主様であるソルージオン様26歳、ナツミ街の領主の二男ディランルード様24歳の4人。

 基本このゲームはハッピーエンドなんだけど、2%の確立でバッドエンドになる。はい、ここにバッドエンドに行った人がいます。私です。適当にやってたらまさかのバッドエンドで友人に爆笑された。なんでバッドエンドに行ったんだっけ。適当にやりすぎて覚えてないや。さすがにやばいと思ったのか攻略サイトを読んだんだよね。で、読んで満足してゲームを箪笥に仕舞いこんだ。

 確かバッドエンドは悪役令嬢に罪を着せられて国外追放だったよね。ここは衝撃的だったからはっきり覚えている。確か、悪役令嬢暗殺未遂だった。…ん、追放!?え、バッドエンドに行ったらミリア追放されちゃうね!?


 前言撤回。前世の記憶あってよかった!今世の私の初の友達と会えなくなるなんて嫌だからね!よし、脱バッドエンドを目指して頑張ろう。よかった攻略サイト見ていて。細部まではあまり覚えてないけれど、重要なシーンは覚えているからなんとかなるはず。


「ジャガイモ煮崩れした?」


 私がミリアの顔をガン見しながらそんなことを考えていると、ミリアが心配そうに尋ねてきた。


「いや食べた」

「食べたのね…」


 頭の中を整理して、これからの方針も決まり、だいぶすっきりした。


 えっと、今から4人の攻略対象とちょっとしたエピソードがあるんだっけ。そしてその後の晩餐会で何を配膳するかによってルートが決まるんだったはず。


 なんだか今日はいろいろあったなぁ。よし、仕事終わったらミリアを愛でて癒されよう。

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