第5回を終えて
柳澤さんが去った後の部屋で、
「やっぱり筋肉は大事だって話でしょ。何をするにも筋肉を使うし、歳をとったら鍛えるのも大変だろ」
「そういうことじゃないよ。筋肉っていうのは何かの喩えだよ。私はそう思うな」
「だったら、何を喩えてるんだ?」
ミネルバは黙り込んだ。
未來は頭を悩ませながら、なんとか納得のいく説明をしようとした。
「もしミネルバの言うように何かの喩えだとすれば、ブレインストーミングみたいな思考法を鍛えておけって意味じゃない?そういうのを若くしてやっておけば、仕事を始めた時に楽だと思うし」
彼の仮説に、ミネルバもようやく納得したようだった。
「そうね。筋肉と思考法の両方を指していたっていうのが妥当なところかも」
「そのブレインストーミングについて、思ったことがあるんだ」
未来がぽつりと呟くと、ミネルバがこちらを向くのが分かった。
「江渡さんが言ってた『共創』と、ブレインストーミングは仕組みが同じなんだ。どちらも、たくさんの人が寄り集まって意見を出し合ったり、一つのものを作ったり、新たな発見を目指す。一人じゃできないことを力を合わせることで可能にしている」
彼が言い終えると、ミネルバも何かを思いついたように人差し指を立てた。
「それなら私も一つ考えたんだけど、聞いてくれる?」
未來が体を向けると、彼女は話をはじめた。
「サイコロでボーナスを決めるって話、あったじゃん?あれはもしかすると、すでに日本中の企業に広まってたりして」
未來は大真面目な顔でうなずいた。
「確かに、その可能性はある。今度お母さんに聞いてみようかな。あれは面白いシステムだし、公平だと思う。仮に今は広まっていないとしても、俺が将来就職先で広めれば普及するかもしれない」
ミネルバは広角をあげて言った。
「それじゃあ、ここでもう一度江渡さんの話を思い出してみようか」
彼女の言わんとしていることを悟り、未來は静かに驚いた。
「『自分だけが知っている真実』がまた一つ増えた……」
テーマとはこうも易々と見つかってしまうものなのかと、未來は信じがたい気分だった。言うなればこれは、外から訪れた偶然だ。それをスルーせずに心に留めておけば、渡邉さんが言ったように運を掴むことができるのかもしれない。
「そういえばさ」
未來はふと思い出したように言った。
「これまで話して下さった人たちって、起業している人が多くない?」
「確かに、そうだね。SFCの生徒は起業する人が多いっていうし」
起業という言葉は、未來の生きる2100年の社会では聞き慣れないものだった。そのようなことにチャレンジしようという気概を持つ人間など皆無だからだ。そもそも、起業することで何かを変えようという雰囲気がない。それが、今の日本が停滞している理由なのかもしれない。
「起業してる人って、なんのために会社を立ち上げているんだろう。大きなリスクがあるだろうし……そこまでして起業するほどの魅力があるってことなのかな」
「じゃあ質問してみればどう?次の語り手さんも、起業されてる方だよ」
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