第5回 柳澤大輔さんの話
「面白法人カヤックで代表取締役を務めている、柳澤大輔といいます。よろしく」
未來は先ほどと同じ部屋で、面白法人と名乗る男性の話を聞いていた。ミネルバの言うことには、『面白い』のスペシャリストという触れ込みだったが、肩書きからしてそれは本当のようだった。
「早速質問なんですけど、面白法人というのはどのような法人なんでしょうか」
その質問を待っていたように、柳澤さんは説明しはじめた。
「やっていることは、主に組織づくりや地域の活性化とかですね。他にも、広告やゲームのような、クリエイティブデザイナー系の活動にも取り組んでます。職場が鎌倉にあるんだけど、町の住民とも盛んに交流している感じですね」
話を聞く限り、活動はかなり多岐に渡るようだ。未來は、面白法人という名前に込められた意味が知りたかった。
「どうして、面白法人というんでしょう」
「それは、カヤックの経営理念にも関係しているんだけど、私たちが大切にしていることは三つ。まずは、自分たちが面白がること。次に、周囲からも面白い人と言われること。そして、誰かの人生を面白くすることですね」
夢中になれること、という意識を持って渡邉さん以降の話を聞いてきたが、今回は『面白いこと』にフォーカスしているようだ。
「人の人生を面白くするために、まずは自分が面白がるということですね?」
「そういうことです」
自分が面白がるという漠然としたテーマを、未來は掘り下げたいと思った。
「組織づくりという話が出たと思うんですけど、そこにも自分が面白がるための仕掛けがあったりするんですか?」
今のはいい質問だったと、未來は密かに鼻を高くした。
「ありますね。まず、自社内の争いをなくすことが大切だと考えてます。実は会社を興す際に、先輩から『金で揉めるぞ』ってアドバイスを頂いたことがあって。で、そうならないように、サイコロで給料のボーナスを決めるという制度を取り入れたんですよ」
「サイコロで!?」
未來は目を見開いた。柳澤さんは、彼の反応を面白がっているようだった。
「そう。サイコロで。多分、世界初なんじゃないかな。サイコロでボーナスを決めているのは」
「……でしょうね」
あまりにも斬新なアイデアに、未來は二の句が継げずにいた。
「あとは、そもそも仕事を始める時に気をつけたいことですけど、価値観を同じくする人と仕事をしたり、会社を作るってのも大事ですよ。あとは、自分と評価の基準が同じであること。例えば、仮に自分が評価されなくても、自分の尊敬する人が正当に評価されればそれでいいんです。仕事ってのは評価そのものですからね」
柳澤さんは、楽しく仕事をするための組織づくりにかけてはプロだ。未來は素直にそう感じた。
「で、もう一つ重要なのは、『つくる人を増やす』ってこと。これはどういうことかというと、全員が主体的に関わるってことなんですね。自分が主体的に関わって『自分ごと化』してしまえば、どんどん楽しめるようになります。なんていうか、社長の目線になっていくんですよね」
確かにそうだ。未來はこれまでの学校生活を思い出しながら一人頷いていた。学級会議でも部活動でも、部長なり学級委員なりが中心になって話を進めていく。ただ、他のメンバーは参加意識が低い。『その他大勢』になっているのだ。だからこそ、『つくる人を増やす』という理念は企業のみならず、様々な場面で役に立つに違いない。
「なるほど。それは分かったのですが、じゃあどうすれば全員が関わりを持てるようになれますか?」
未來の疑問にも、柳澤さんは迷わず答えてくれた。
「うちがいつもやってることなんだけど、ブレインストーミングって知ってます?」
またもや知らない単語が出てきて、未來は焦った。第一、未來が生きるのは2100年の未来なのだ。本来なら、80年も前の日本とは比べものにならないほど新しいものや考えが登場していておかしくない。それなのに、この時代にはもっと先進的な考えを持った人たちがいる。80年の間に、日本は進化していないどころか、退化してしまったようだ。
「いえ……聞いたことないです」
未來は恥いるように答えた。柳澤さんはがっかりするそぶりも見せず、むしろ生き生きと話し始めた。説明したくてたまらないようだ。
「これはある種の思考法というか、
おおっ、意外と凄いぞブレインストーミング。今度やってみよう。未來は密かにそう決意するのだった。
彼は最後に、こう尋ねた。
「柳澤さんは、学生時代にやっておいた方がいいと思うことがありますか?」
しばらく考え込んだあと、柳澤さんは言った。
「筋トレ……ですかね」
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