第4回 江渡浩一郎さんの話

 未來が通された部屋には、一人の男性が座っていた。

「はじめまして、佐藤未來です」

「江渡浩一郎です。産業技術総合研究所の主任研究員をしています。また、メディアアーティストとしても活動しています。よろしくお願いします」

また耳慣れない横文字が出てきたぞ。未來はそんなことを思いながら、席についた。


「今日は、私がしている仕事でどんなものを作ってきたのか、そして学生時代にやっておくべきことをお話しできればと思います」

「よろしくお願いします」

渡邉さんと同じ話題を話してくれるようだ。後で二人の意見を比較してみようと未來は思った。


「私は大学時代から、メディアアートというものをやってきました」

「それはどのようなものですか?」

「簡単に言えば、先端的な技術を使った芸術ですね。例えば、インターネットの仕組みを転がる玉で表現した作品なども作っています」

純粋に興味深い。


「それに、共創の環境を研究してもいます」

「共創……共同で創作するってことですか?」

未來が必死に考えを振り絞ると、江渡さんはうなずいた。

「もともと、大学時代にインターネットを使った情報共有について研究してたんですよ。それを応用して、多くの人の力をまとめて創作ができるプラットフォームが作れないかと思って」


 その言葉に、未來は思い当たる節があった。

「それ、wikipediaってやつですよね?」

wikipediaはかつて存在した、巨大なオンライン百科事典だそうだ。21世紀の初期に作られ、誰もが自分の知識を持ち寄って自由に編集できたという。それを、創作全般に広げようということか。

「その通りです。wikipediaは利用者自身が設計や創造にも関わるという点で画期的でした。ちなみにそのような考えを、パターンランゲージと言うんですよ」

利用者が設計に関わる……どこかで聞いたような話だ。


「私は、ユーザーとの共創によってイノベーションを起こしたいと考えています。一つの目標のもとに、たくさんの異質な才能が集まる。そうすれば、世界を変えるような発明や発見をすることができるかもしれない。私はそのための、『共創の場』を提供したいのです」

世界を変えるような発見という言葉に、胸が高鳴るのを感じた。重要なのは、その可能性が自分たち一人一人に秘められているということなのだ。それを結集するためのシステムを作るなんて、夢中にならないはずがない。


「そのようなお題というか……テーマを見つけるためには、どのようなことをすればいいのですか?」

未來は身を乗り出して尋ねた。江渡さんはうん、と深くうなずく。

「私が言いたいことは三つあります。一つ目は、未來君が言うように、自分なりのテーマを見つけるということ。『多くの人が信じていない、でも自分だけが知っている。そんな真実はあるか?』この問いかけを、心の中に持っておくといいでしょう」


 自分だけが知っている真実。そんなものが存在するのだろうか。それとも、未来がどうなっているのか想像してみればいいのか?

「二つ目が、仲間を見つけるということ。テーマさえ見つかれば、そのテーマを同じくする人と繋がることができます。好きなテーマで勉強会を作ってみるのもいいですね」

わざわざ遠くの学校まで足を運ばないと、仲間探しすらままならないのか。未来が落胆していると、再び江渡さんの声がした。


「三つ目が、大学の外に活動の場を見つけるということ。大学の中に止まるのではなく、他の大学の人や社会人とも交流してみるんです」

(あっ……)

未來は一つ、まずいことに気づいてしまった。江渡さんはもちろん、おそらくこれまで出会った四人は、未來が未来の日本から来たことを知らないのだ。ミネルバが彼らに、どのようにアポイントメントをとったのかは知る由もないが、おそらくはSFCの学生の一人だと思われているのだろう。


「多くの人が同意しない真実、探してみてくださいね」

最後に江渡さんはそう言った。

「江渡さん」

未來に呼び止められ、彼は振り向いた。衝動に駆られ、やり返すように言った。

「もし僕が未来から来たと言ったら、あなたは信じますか?」

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