第3回を終えて

 先ほどからミネルバの様子が変だ。なんというか、妙によそよそしい。だがそんなことを気にしても仕方ないので、未來はいつものように渡邉さんの話を自分なりに噛み砕こうとしていた。

「前に聞いた話なんだけど、"漆器は使われることで初めて完成する"って言うじゃん。あれって、コンテクストデザインの考えと似てないかな」

漆器は使い込まれるほどに漆の色合いが鮮やかになり、質感が際立ってくる。作り手と使い手が一つになり、作品に物語が込められる。


「そ、そうね。そうなんじゃない……かしら?」

ミネルバは狂ったようにお茶を飲みながら相槌を打っている。搭載されているコンピューターの異常だろうか。CPU中央情報処理装置でも狂ったのだろうか。

「それにしても、このコサージュは面白いと思うな。多分渡邉さんは、生産者と消費者の距離感みたいなものを、縮めたいんだと思う」

「コサージュの話はもうやめにしましょうか」

ミネルバが小声で言った。やはり様子がおかしいが、彼女がやめて欲しいなら致し方ない。


「それで、夢中になれることは見つけられそう?」

未來は少し明るい声で答えた。

「弱い意志の話は、少し救われたような気がした。仕事を楽しんだり、夢中になったり、成功してる人の全員が強い意志を持ってたわけじゃないって分かったから」

これにはミネルバも共感していた。

「そうだね。己の信念を曲げないことよりも、とりあえず行動を起こすべし。私はそう解釈したかな」


 彼女の意見を、未來も受け入れた。

「ただ、偶然と運についての話は釈然としないんだ。確かに、自分を変えてくれる何かは外からやってくるものだ。そのチャンスを掴まなきゃいけないってことは凄くわかる。でも、俺はそれだけじゃなんとなく不安なんだ。日々を過ごしているうちに、その偶然ってやらを逃してしまうかもしれない。そもそも、そういう偶然が降って湧いてくる保証もないし」

ミネルバは頬杖をついて外を眺めている。眉間には浅いしわが寄っているようにも見える。

「確かにね。自分で結びつけるというのは、簡単そうに見えて難しいと思う。それに、チャンスや転機を自分から探しに行くのも、悪くないと思うよ」


 ミネルバは勢いよく立ち上がり、雑念を振り切るように大きく伸びをした。

「よし。それじゃあ、もう一人の『面白い人』に会わせてあげよう。ミライ君の疑問に答えてくれる何かが、得られるかもしれない」


次の部屋に向かおうとする彼女に、未來は手にしたコサージュを手渡した。

「ところでこれ、誰にあげたらいいと思う?」

ミネルバの頬が赤くなり、彼女は動揺したように叫んだ。

「そっ、そんなの知らないわよ!」

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