第72話 邪法の賢者→執愛の愚者⑦
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二つあるお城の名前は、古い方がアングリスカ城。王家と王都の名前を冠したその城は、都の中心という立地ゆえに面積自体はさほど広くはなく、その代わりにとても細長く高い建物だった。
新しい方はヴァーラ・ディアル城と呼ばれ、アングリスカ城とまるで鏡写しの様に左右対象の建物で、建材などが新しいから全体の色合いだけしか違いは無い。
オレらが今、周囲を警戒しながら駆け足で通り過ぎているのはアングリスカ城とヴァーラ・ディアル城を結ぶ地下通路。
レリアさんの説明では、新城を建築する際にもともと旧城にあった地下牢を無理やり拡張して繋げた通路らしい。
「……おかしい」
スカルクラッシュを構えて警戒しながら先頭を歩くヨゥが、ぼそりと溢す。
「どうしたの?」
「……誰もいないんだよ。さっきからずっと気を張って気配を探っているんだけど、『人』の気配が微塵もしない」
「それは気になるね。邪法師に気取られる恐れがあるから索敵魔法が使えないのがムズ痒いな」
最後尾のフゥが顎に左手を当てて考え込んだ。
相手側には、分かってるだけでも二人の魔法師が居る。
邪法陣を描いた張本人である、邪法師という術師とその弟子。
ミィ曰く、弟子の方の腕は大した事は無いという見解らしいけど、問題はやはり邪法師。
大魔導師ゼパルが創り上げた魔導生命体であるミィやフゥですら知らなかった、未知の技術を持つ──────男。
あれ? そういえば、なんとなくイメージで男の人って勝手に思っていたけど、実際はどうなんだろう。うーん、まぁいいか。大事な事じゃないし。
そんな邪法師の実力が正確に推し量れない以上、警戒するにこした事は無い。
周囲に
「本当に誰もいないの? エイミィは?」
ヨゥの
魔法が使えない以上、ヨゥの感覚を頼るしかない。
猫たちの中でも特に肉体の性能に秀でている4号──ヨゥなら、その鋭敏な感覚と経験と技量で魔法と同等ぐらいの索敵が可能なのだ。
「うーん、どうもね。何かブヨブヨした空気に阻害されている感覚なんだ。アタシも気をつけるけど、あんまりアテになんないかも知れないからさ。姫も警戒しておいてくれ」
「う、うん……」
「ここは邪法陣の中心だからね。陣に貯留されている魔力や、吸い上げられた人たちの怨念が波動の様なモノとなって、ヨゥの感覚を狂わせているのかも知れない」
フゥがそう解説してくれるも、オレはエイミィの事が気がかりでしょうがない。
エイミィ、居るよね?
ここまで来て助けられないとか、ヤダよ?
【肉体的な感知能力はヨゥに劣りますが、姫の超感覚───霊感や第六感のみで言えば姫の能力はこの中でも抜群に飛び抜けております。一度落ち着いて、エイミィ様の存在を探ってみたら如何でしょうか】
そ、そうか。
そうだよね。
宿の部屋であのたくさんの『手』を見た時みたいに……エイミィの存在を探し当てる事ができるかも知れない。
「み、ミィ。ちょっと、あの」
ミィに向かって両手を上げて、抱っこをねだる。
「ん? どうしたの姫」
「あの、少しだけ、あの、だっ、抱っこして?」
自分から抱っこを求めるの、なんか気恥ずかしいなぁ。
「ちょ、ちょっと、エイミィが居るか探したいんだ。歩きながらだと難しいから」
「ああ、なるほど。分かったわ」
色々と察してくれたミィが持っていた
ミィの首に腕を回して身体を固定し、オレはゆっくりと目を閉じる。
「ラァラ姫様は、いったい何を?」
ヨゥの隣で剣を構えて警戒していたレリアさんが不思議そうにそう聞いて来た。
「姫の感知能力は
答えてくれたのはまたもフゥ。
もう解説役が板について来たように思える。
人に何かを教えるの、好きだもんね。フゥは。
廊下を歩くミィに抱かれながら、閉じた目に写る暗闇に意識を集中する。
自分の存在をゆっくりゆっくりと、外側に広げていくイメージ。
それはオレを中心とした綺麗な円を描いて、やがてじわじわと大きくなる。
重点的に調べるのは地下。つまり足下。
深く、深く潜り込むように。
「………っ!」
捕まえたのは、か細く弱く小さな存在。
それは本当に本当に儚くて、伸ばした意識の見えざる手ですら、触れれば崩れそうなほど。
だけどオレはこの感覚を知ってる。
あの夢の世界で、怯え、怖がり、震えながらもオレの手に縋り付いていたあの子。
エイミィ!!
「ヨゥ! レリアさん! もうこの先にはだれも居ない! エイミィのとこまでまっすぐ行こう! あの子を見つけた!」
目を大きく見開いて、ヨゥとレリアさんを見る。
城の地上部分、そして地下にはエイミィ以外の熱を感じない!
障害となるモノは何も無いと判明したなら、もううだうだしてる場合じゃないっ!
「あっ、姫!」
「ラァラっ! 待ちなっ!」
居ても立っても居られなくなって、ミィの腕から飛び降りて一目散に駆ける。
ミィやヨゥの静止の声すらも振り切って、廊下の角を確認もせずに曲がり、階段を見つけ、跳躍して下り、そしてまた跳躍。
壁と壁を蹴り抜いて、床に接地する時間すら惜しんでオレはあの子の元へ急ぐ。
エイミィの身を案じていた長い長い時間のせいで、もう焦れに焦れて仕方がなかったんだ。
可哀想なあの子を、オレに助けを求めているあの子を、一刻も早く安心させてあげたい!
「ラァラ姫様! なっ、なんて速度なのっ!?」
「あのおバカっ! ヨゥ、はやく止めて!」
「こんな狭いところだとっ、アタシより小さな姫の方が速いんだよっ! くっ!」
「ひっ、姫っ! 落ち着くんだ! ラァラ姫っ!」
みんなの声が通り過ぎた階段の上から聞こえてくるけど、今のオレにはただの音としか認識できていない。
【姫っ! 皆の言う事を聞きなさいっ! ラァラ姫っ!】
頭の中で、初めて聞くイドの怒声が鳴り響く。
だって!
だってエイミィがそこに居る!
泣いてるんだっ! オレにはわかるんだっ!
ずっと待っててくれたんだ!
ずっと耐えて、可哀想に震えながらっ!
あの子はっ! エイミィはっ!
【落ち着きなさいラァラ姫っ!】
落ち着いてる! オレはちゃんと考えてるっ!
エイミィ以外は誰も居ないって、分かってる!
この一年で著しく上昇したオレの身体能力の全てを駆使して、天井や壁を踏み砕きながらオレはまっすぐエイミィの元へと急ぐ。
もうすぐそこ。
もう手が届く。
オレが助けてあげるから、オレが救い出してあげるからっ!
「エイミィっ!!!」
辿り着いたのは、地下とは思えないほど広い空洞。
ドーム型にくり抜かれた、大広間のような空間だった。
「はぁっ、はぁっ!」
肩を大きく上下させながら、乱れた息を整える。
真っ暗で何も見えない大広間に意識を集中させて、焦点を暗闇に慣れさせる。
──────居た。
居た。あの子だ。
見つけた。ようやく、ようやく辿り着いた。
「エイミィ、エイミィっ!!」
蒼い髪の少女は、大広間の中心に不自然に建てられた四角い牢獄の中。
天井に4つある採光用の細長い四角い窓から差し込む、白い月の光が交わる場所で横たわっていた。
四肢に繋がれた、薄汚く重たい鎖が痛々しい。
その幼い裸体には布一枚もかけられておらず、痩せ細って傷だらけな身体がまたオレの中の怒りに火をくべる。
「エイミィっ! 来たよ! キミを助けに来たよっ!」
鉄の格子で四方と天井が形作られたその牢獄に駆け寄り、外からエイミィに声をかける。
「遅れてごめんっ! またせてごめんねっ! ラァラだよ! エイミィっ!!」
格子の隙間から手を伸ばして、エイミィを呼ぶ。
時間がかかってしまった事の申し訳なさと逢えた事の嬉しさで、目頭が熱い。
肺から昇ってくる自分の息で喉が焼けつく。
泣くな。泣くなラァラ。
本当に泣くべきはエイミィだ。お前じゃない。
今はまだ泣くべき時じゃない。
あの子を抱きしめてあげないと、あの子を解き放ってあげないと!
エイミィは、もう自由だ!
「う、うぅん」
うつ伏せの状態で床に横たわるエイミィの身体が、少し
彼女の身体にまるで覆い隠す様に広がるその綺麗な蒼い髪がはらりと舞う。
プルプルと震える両腕で床を支えながらエイミィは上体を起こし、虚な瞳でキョロキョロと周囲を伺った。
そして──────オレを見つけた。
「…………らぁ、ら?」
痩せこけた頬。
窪んだ下瞼。
埃で汚れた顔。
幼い少女に絶対に似合わないそんな状態でも、エイミィの瞳は月明かりに照らされて、とても綺麗だった。
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