第73話 邪法の賢者→執愛の愚者⑧
「あ、あああっ、らっ、らぁらっ」
力の入らない腕で、覚束ない脚で。
エイミィは薄汚れた床を這いつくばりながら、泣きそうな顔でオレの元に向かってくる。
「エイミィっ、ごめんね! 怖かったよね!? 寂しかったよねっ!?」
鉄の格子越しに手を伸ばしても、エイミィには届かない。
「らぁらっ、らぁらっ!」
「うんっ、オレはここにいるよ! エイミィを助けに来たよ!」
太く分厚い鉄の棒が、オレとエイミィを分断している。だからここから先に進めない。
腹が立って無理やりにねじ曲げようと力を込めてみても、この身体の力でもってしてもどうにもならず、またイライラと怒りが湧き上がる。
邪魔だ。
すぐそこにエイミィが居るのに、あんな弱々しい体でオレを求めて頑張っているのに、駆け寄って抱きしめてあげる事もできないなんて。
なんて邪魔なんだ。この、このっ!
【ラァラ姫っ! 落ち着きなさい! 見て分かるでしょう!? コレは只の牢屋では無いのです! 今の姫の膂力だけでは破れませんっ!】
で、でもイド!
エイミィが可哀想だ!
「このお転婆っ! アタシらより先に行くなってあれだけ!」
背後からヨゥの声が響き渡る。
今通ってきた通路の奥から、顔を真っ赤にして怒ったり、焦ったりしているみんなの姿が見えた。
「ヨゥ! この牢屋どうにかして! エイミィが居るの! お願い!」
そうだ。オレの力じゃどうしようもなくても、ヨゥならなんとかできるはず!
この小さな身体とは比べ物にならないぐらい、ヨゥの力は凄いから!
「どうにかするから待ってろってば!」
「ヨゥ止まれ! みんなもだ!」
広間へと一歩を踏み出しかけたヨゥを、フゥが突然の大声で静止させた。
「な、どうしたんだよ突然っ」
慌ててブレーキをかけたヨゥがスカルクラッシュを両手に持って構える。
「なっ、なんで!? はやくエイミィを────」
「姫も動くなっ!!」
普段のフゥ───2号の姿からは想像もつかない剣幕で怒鳴られる。
思わずビクッと体を強張らせたオレは、格子を掴んだまま動けなくなった。
「ミィ! 広間の外側から姫に結界を張れるかい!?」
「ええ、今私も気づいたわ! 姫、お願いだからそこから動かないで! なんとかやってみるから!」
腰のホルスターから大きな緑の宝石がついた
ブツブツとオレには聞こえない小さな声で詠唱を始める。
「ちっ! やっぱり気づかれてたか! みんな武器を構えて! 転移してくるぞ!」
フゥのその言葉と同時に、広間の隅っこで淡い緑の光の粒が天井から降り注ぐ。
これは、転移光。
空間と空間を繋いで、短い距離をあっという間に移動する魔法の光。
ミィやフゥは当たり前の様に使っているけれど、本来なら高い技量と多くの
「邪法陣の要であるエイミィさんを幽閉するこの空間は術にとって何よりも重要な場所だ! だから侵入者が来た時の警報装置や魔法が施されていてもなにもおかしくは無い! ラァラ姫の内包する無尽蔵の魔力なら問題にならないが、並の人間ならそこに足を踏み入れただけで絶命するほどの
転移光が強まっていくのを確認しながら、フゥは広間の入り口で膝を曲げて地面を触りながら説明をした。
「そのトラップにかかった姫が死なないことを察知された! 邪法師が来るぞ!」
フゥのその言葉に、レリアさんが憎々しげな表情を浮かべて剣を構える。
「ちぃっ! もうエイミィ様はすぐそこだと言うのに! 忌々しい邪法師め!」
「ダメっ! 結界の術式が構築段階から分解されるっ! フゥ!」
「わかっている! ヨゥ、君の出番だ!」
「あいよっ! 対魔力用戦闘フェイズへ移行するっ! 姫! 良い子だからそこから動くなよ!」
めまぐるしく状況が転回していく。
オレは何もできず、なにも理解できないままただ目の前で光量を増す転移の光に呆気に取られ、緊張と興奮と恐怖とに混乱していた。
「ら、ラァラっ」
格子を掴むオレの手に、冷たいエイミィの手が重なった。
全ての力を振り絞ってようやくたどり着いた、幼い手。
それが呼び水となって、急激に意識が冷めていく。
そうだ。ここにいるエイミィを今護れるのは、オレしかいない。
勇み足で無策にこの部屋に飛び込んだオレの失態。
反省する必要があった。後悔すべきだった。
でももう、それをしている時間は無い。
もう少しオレが冷静なら、もう少しオレが賢ければ、もう少しオレが──────。
「───っ! だっ、大丈夫っ! オレがっ、オレが絶対にエイミィを護るから!」
無慈悲にオレとエイミィを分断する、忌々しい鉄の格子ごとその小さな震える身体を抱き寄せる。
足が竦む。
奥歯が震える。
転移の光がその強さを増す毎に、得体の知れない圧迫感でオレの身体が硬直してしまう。
「ぜっ、絶対にエイミィはっ、オレがっ!」
自分を鼓舞するように、そして言い聞かすように声を出す。
そして転移光の緑の輝きが一際激しく瞬き──────ソレはこの広間に降り立った。
残光が網膜に焼き付いて、チカチカと明滅するオレの視界に映る──────漆黒。
光すら飲み込む、光沢の無い黒。
凹凸すら判断できないほどに、まるで墨でなんどもなんども雑に塗りつぶしたかのような、無機質な仮面を身につけて。
「──────貴様は……何者だ」
そのしゃがれた声で、オレの心臓は鷲掴みにされた様な錯覚を覚えた。
「何者かと、聞いている」
距離にしておよそ3メートル。
生まれて初めて目にする──────『オレの敵』が、そこに居る。
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