第71話 邪法の賢者→執愛の愚者⑥


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「作戦が開始されたようです」


 遠くの空から、地面をグラグラと揺らすときの声が響き始めた。

 声がする方向に向けて首を向けて、レリアさんは静かに頷くとオレたちの顔を一人づつ確認する。


「行きましょう。ヨゥ」


「あいよ。姫はミィから離れるなよ?」


「う、うん」


 ミィに促されたヨゥが、愛剣であるスカルクラッシュを背中のアタッチメントから外して片手に構え、オレに向かって一声かけると返事も聞かずに階段を駆け下りていく。


「僕が殿しんがりだ。迅速に行こう」


「ええ。レリアさん、さぁ」


「はいっ!」


 ヨゥの次のレリアさん。

 その次にミィとオレ、そして最後にフゥが階段へと続く穴へと降りていく。


 大事なのはスピード。

 

 エイミィを助け出すついでに王都を奪還するというこの作戦は、その準備期間の少なさや相手の得体の知れなさから来る情報不足のため、ミィやフゥが立てたプラン自体はとてもシンプルだった。


 相手に気づかれないように王都を包囲した反乱軍による、東西南北からの一斉進攻。


 わざとらしく騒ぎ立てて乱戦に持ち込み、その混乱のドサクサに紛れて一気にエイミィを奪い返す。それだけ。


 言葉にしたらすごく簡単で、しかも無鉄砲に思えるかもしれないけれど。

 要となる部分ではとても複雑で高度な技量を必要とする。


 なにせこちらが用意できた兵力は、たとえこの国で王家に次いで大きな勢力を保持していた侯爵家といえども心許ない。

 他の貴族さんたちからもなんとか手勢をかき集めてきたけれど、やはり時間が足りなかったせいで満足するほどでは無かったし、なにより複数の戦闘集団を無理やり一つの勢力としているせいで連携という点ではほぼ無力に等しい。


 相手は単一の目的行動を入力されて、なおかつ遠隔操作も可能とされる死体兵士軍。

 命令系統は操作している術師に集約されているから、王都防衛という目的に用途を絞ればその一団は群にして個の動きすら取れると目されている。


 寄せ集めで急ごしらえな反乱軍ではそうもいかない。


 だからミィやフゥは作戦をわざとシンプルに、そして簡略化した。


 だから最後の作戦会議の時にフゥがみんなに言った言葉はほんの少し。


『無理やり王都を攻め落とす必要は無い。目的はあくまでもエイミィ様の奪還だからね。要はできるだけ2つの城の防衛戦力を表に引き釣り出し、絡めとるだけでいい。内部に残った戦力は潜入した僕たちでどうにかする。僕の考えではこの魔法陣を無力化するだけで、王都の兵力は全て無力化できる』


 それだけだ。


「姫、こっちよ!」


「う、うん!」


 狭い隠し通路の中を、迷いのない足取りで駆け抜けていく。

 先にミィやフゥがマッピングを済ませてしまっているから、道さえ間違えなければ何の苦も無く出口に辿り着く。


 先頭を走っていったはずのヨゥの姿はもう見えない。

 オレらの少し先に、王家近衛騎士団の印章が刻まれた鎧を見に纏うレリアさんの背中が見える。

 灯り一つ無く真っ暗で、しかも狭くて湿気で滑りやすいこの通路内をしっかりとした足取りで物凄い速さで走っている。

 あの『人形器マリオネット』の素体は、もとはラァラオレの身体を造る際に試作されたモノの一つ。つまり元々は大魔導師ゼパルが作ったもので、後からレリアさんのために1号やフゥがメンテナンスや機能の拡張を施した逸品だ。

 ミィたちが使う義体アバターよりは格段に型落ちする性能らしいけど、それでも初めて魂を入れた時にレリアさんが目を白黒させる程度には高性能。


 その目はどんな暗がりだろうとまるで昼間の様に見え、その身体は普通の人間に比べたら数段も上を行くのだ。


「出口です!」


 そんなレリアさんが大声を上げて前方を指差す。

 そこにあるのは上に向かって伸びる螺旋階段。

 丸く掘られた円筒状のスペースに、まるで蛇のようにグルグルと伸びている。

 勢いそのままに螺旋階段を駆け上がる。


 遥か頭上を見れば、もうすでに登り終える間近のヨゥの姿が見えた。

 オレらとの距離はたぶん、直線にして数十メートル。

 螺旋階段のその長さが、この隠し通路が地中深くに存在する事を示していた。


『先に城内に入る! 合図がするまで出てくるなよ!』


 円筒状の空間に響き渡るヨゥの声、その後に何かを壊した音が聞こえてきた。


「大丈夫!?」


「う、うん! 全然大丈夫!」


 オレに合わせて走ってくれているミィが、背中をそっと押し上げてくれた。

 いつものメイド服に比べたら、かなり身軽に見えるその装備。

 少し派手目な黒いローブに同じ模様の黒くて短いスカートや、動きやすそうなブーツ。

 腰にはいくつもの短杖ワンドを挿すホルスター付きのベルト。

 これはミィの戦闘用の装備なんだけど、それでもホワイトブリムやエプロンは絶対に外さないあたりがミィのメイドへの熱いこだわりが感じられる。


 おっと、今はファッションチェックなんかしてる場合じゃないや。

 なんか結構余裕あるなオレ。


【いえ、興奮状態から来る思考の散漫化です。今の姫の状態に余裕なんてありません。気を抜かないように】


 あ、はい。

 すみませんでしたイドさん。


 螺旋階段を登り終えると、石造りの重そうな扉が粉々に粉砕されていた。

 さっきの音、これかぁ。

 また派手に壊したなぁ。


 先に到着していたレリアさんがその破片を見ながら、ちょっと複雑そうな顔をしている。


「い、いちおうこの避難通路も王家の所有物のなんですが……いえ、今はそんな事気にしている場合じゃないですよね」


 オレの心配そうな視線に気づいて、レリアさんは無理やり微笑んだ。

 う、うん。なんか、あの、その。


「ヨゥが、ごめんね?」


「あっ! お気になさらずに! エイミィ様の御身に比べれば些末な事ですから!」


 あたあたと慌てふためきながら、レリアさんは両手をブンブンと振った。


「良いぞ! 誰も居ない!」


 壊れた扉の奥からヨゥの声がして、オレとレリアさんはお互いに一度頷いてその奥へと進む。

「ここは……城の庭園ですね。礼拝堂の裏手です」


 扉の先は外だった。

 お世辞にも綺麗とは言えない、おそらく何年も手入れがされていない感じの寂れた庭だ。


 オレらが出てきた扉は、どうやら庭に置いてあった石像の台座部分らしい。

 大人一人が通れる程度の高さの台座が粉々に粉砕されていて、その上になにやら偉そうなお爺さんが剣を頭上に構えてドヤっている石像が置いてある。


「か、かつてはあんなにも美しかったこの庭園が……」


「レリア、今はそれどころじゃないでしょう? この城の内部は貴女しか把握できていないのだから。さぁ、エイミィさんの居る牢屋へと案内して」


 その光景に呆然としているレリアさんの肩にミィが手を置く。


「は、はい。前にお話した通り2つの城はなぜか全く同じ造りになっていまして、その地下部分で繋がっています。この庭園からだと、城の内部に入れる場所は───」


 夜の風にその短髪を揺らして、レリアさんは庭園の周囲を見渡す。

 記憶にある綺麗だった頃のお城と今のお城とで、かなりのイメージの解離があったみたいだ。


「ひっ、ひぃ。ようやく追いついたぁ〜。なんて長い階段なんだ……」


「なんだよだらしないな。この程度で息を切らすなんて、義体アバターの調子でも悪いのか?」


 最後にようやく出てきたフゥが、長杖で身体を支えながら肩で息をする。


「ぼ、僕の義体アバターはミィよりも魔法使用に特化したモノだからっ、ひぃっ、肉的性能フィジカルは通常の人間と同程度かちょっと上ぐらいしか無いんだよっ。ぜぃっぜぇっ」


「それにしたって貧弱すぎるだろ? 義体アバターの筋力や俊敏性はアタシたちの元の姿の性能を多少なりともフィードバックするって、昔アンタがアタシに説明してたじゃないか」


「単純に運動不足なのよ。いつもいっつも研究室に篭りっぱなしで身体なんて全然動かしてないから、義体アバターの運動性と本体の連動がちゃんと同期していないんだわ。つまり身体の動かし方を忘れちゃってるのこのおバカは」


「なんだよ。じゃあアンタが悪いじゃんか。ほんと、頭良い癖に要領が悪いんだよなぁフゥは」


「ぐっ、ぐぅうう」


 両脇からミィとヨゥに責められて、フゥは悔しそうに歯がみしている。

 なんだかちょっと可哀想だなぁ。


「……みなさま、お待たせしました。ここからなら厨房の勝手口を通るのが一番早く安全だと思われます。付いてきて下さい!」


「おっと、レリアっ。先を行くのは構わないが、ちょっと先走りすぎだっ」


 そう言い終わる前に駆け出すレリアさんの後を、ヨゥが慌てて追う。


「ほら行くわよ」


「えっ、あっ、ああっ」


 ミィに腕を引っ張られて、フゥが情けない声を出す。


「フゥ、大丈夫?」


 あんまりにも息絶え絶えだったから、オレはフゥの背中を後ろから押す。


「ひ、姫っ。だいっ、大丈夫さっ」


 とてもそうは見えないんだよなぁ。

 

 庭園を取り囲む高い壁の向こうから、王都外壁で繰り広げられいる戦いの音が漏れて聞こえる。


 これはもう戦争だ。

 きっと少なくない数の人が怪我をして、最悪死んでしまうのだろう。


 この作戦がオレに伝えられて、その日からずっと覚悟していた事。


 ミィには遠回しに注意され、ヨゥからはかなりストレートに忠告され、そしてイドからは何度も何度も覚悟を促された。


 人は、死ぬ。

 エイミィを救い、そしてこの国や王都を救うためにはそれは避けられない事。


 もっと時間があれば、もっと戦力があれば避けられたかも知れない。

 だけどその時間を待てない人たちが居た。

 エイミィだって、その精神はもうとっくに限界を超えているのかも知れない。


 だから、泣くのは後。

 顔も知らない人たちだから、オレとは縁が無い人たちだからと自分に言い聞かせて、『今感じている、命が失われていく感覚』から目を背ける。


 勘違いだと、気のせいだと自分を騙しながら。

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