第66話 邪法の賢者→執愛の愚者①
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「革命の理由がわからない? それ本当なの?」
『はい。今を持ってしても何故あの時この国で、武力による王家への反逆に民が賛同したのか。それが誰にも分からないのです。確かに当時は王家の統治体制に多少の不満があった事は否めませんが、どれも悪政と呼ぶには余りにも些細な事でした。革命へと発展するなどと、我々家臣一同は予想すらできなかった』
「アタシも色々と探りを入れてみたんだが、当時を生きていた人がもうほとんど残っていなかったからかそこんとこが判然としなかったんだよね」
レリアさんと言うこの王都の事情を知る有力な人物を得て、ミィとヨゥによる情報収集が物凄い勢いで捗っていく。
ミィとヨゥはレリアさんの遺骸を取り囲む様な形で座り、
この情報は端末を介して
オレはと言えば何を聞けば良いのかが纏まらず、地下室の壁に背中を預けて必死に睡魔と戦っていた。
だって時刻はもう深夜。
もうじき朝日も昇りかけるほど深まっている。
この砦には定期的に死体を補充する馬車が訪れているらしいから、夜の内しか充分な時間は取れないのだ。
『事の発端は間違いなくエイミィ様が誕生された事なのは確かです。アングリスカ王家の伝承にある、『精霊に愛された仔』が本当に生まれてしまったと言う事実が、王陛下の弟であったあの不埒な愚者には到底受け入れられなかったのでしょう』
「精霊に愛された仔?
確か普段は見えるはずのない精霊たちが見える眼の事だよね?
【はい。
精霊を使役する……えっと、確か精霊ってたくさん集まりすぎると災害みたいな現象を起こせるんだよね?
それって、とても大変な物なんじゃ。
【対話できる精霊の種類や数には本人の資質に依るところもございますから、一概にそうとは言い切れません。しかし過去の発現者の中には精霊を使役する事で驚異的な現象を引き起こした者も存在します】
そっか、じゃあエイミィはその『
だって夢でずっと精霊たちと話してたって言ってたもの。
「その王家の伝承って奴を教えてくんないかな」
ポリポリと頬をかきながら、ヨゥが自分の
レリアさんの声はその遺骸からじゃなくて、部屋の全体に響く様にして聞こえるから、多分失礼には当たらない……はず。
『この国の建国神話です。祖王である初代アングリスカ王が安住の地を求める旅の終着点として、この地の雄壮なる氷の大河に辿りついた時のことです。旅に同行していた“智慧ある者“がとある予言をしたそうです。それはこの地に国を興す事と、いずれ子々孫々の中より精霊に深く愛される仔が現れ、この地に永劫の春と安寧が約束される事。あんまりにも古い話で知る者が少なかったのと、歴史を研究する学者連中も首を傾げるほど信憑性が薄い神話だったのですが、実際にエイミィ様がお生まれになった事でその話に僅かな現実味が与えられました』
「まぁ、話だけ言えばどこの国にもありそうな話だしね。エイミィ姫は具体的に、どんな力を持ってるの?」
『まず王妃殿下より生まれたその日、国中の吹雪がピタリと止んだ事です。冬季の深い時期であったにも関わらず雪原の雪が一晩で溶け、短い春にしか咲かない花々は満開に開き、伝承に謳われる『永劫の春』を連想するに充分なほどこの地に春が満ち溢れました』
「へぇ……そりゃ、凄いな」
『最初は偶然だと主張する家臣もいたのですが、生後間も無くしてエイミィ様の寝室に無数の光の粒が連日現れては、すやすやとお眠りになられるエイミィ様を見守る様に眺めているのを何人もの使用人が目撃しましたので、。王陛下もこれはと思い、当時王家に使えていた魔法師に詳しく調べて貰ったところ、エイミィ様は生後間もない赤ん坊にして、計り知れない
「光の粒……肉眼で捉えられるほど密度の濃くなった精霊の集合体ね。
ミィもヨゥと同じ様に、
実は魔導板の向こうでは、2号が聞き耳を立てている。
レリアさんが既に亡くなっている死霊とは言え、ミィやヨゥの本来の姿が人工
我が家の頭脳こと2号であれば、オレたちには些細すぎて分からなかったことでも気付けるかも知れないからだ。
『成長と共に伸びてきた頭髪も生来の金髪から、伝承にある祖王と同じ綺麗に澄んだ蒼色へと変化して行きました。もうその時点では城の誰もがエイミィ様こそ伝承の仔である事を信じて疑いませんでしたし、王陛下も王妃殿下も大層お喜びになられておりました。唯一、陛下の弟君であったあの愚か者を除いて…………』
「そいつが……エイミィを閉じ込めてるの?」
『はい。邪法師と手を組み、この国の王座を簒奪するために数多くの罪無き城の者を……拷問の果てに殺害した、汚らわしい男です』
レリアさんの声が重く低い物になると、途端に周囲の空気もまた重苦しく変化する。
それはきっとレリアさんだけのモノじゃない。
砦に
理不尽に生を奪われた人たちが、レリアさんの言葉に同調する様にして想いを吐き出しているのだろう。
エイミィのお父様の弟さん。
レリアさんが憎々しげに口に出し、名前を言うのも忌避するその人が…………エイミィを苦しめている人。
「その邪法師って奴は何者? 聞く限りだと、ソイツの存在が全ての元凶の様に聞こえるんだけど」
『名前も出自も詳しい事は何もわかりません。アングリスカ王家の分家であるネブリアラ家に出入りしていた魔法師の一人です。真っ黒で光沢のある仮面で顔を覆い隠し、身の丈を越える大きな黒檀の杖を常に手放さない、見るからに怪しい男でした』
ミィの質問にまたも感情を乗せすぎたリアラさんの返事で、より周囲の空気が重く苦しいモノになっていく。
あんまりにも息苦しいものだから、壁にもたれかかっていた姿勢からゆっくりと体を滑らせて、オレは地下室の床に横になる。
そんなオレの姿を見かねてヨゥが近寄ってきて、オレを少しだけ持ち上げて胡座をかき、その真ん中に丸まったオレを入れて膝枕をしてくれた。
まるで子猫みたいに身体を丸めて寝るオレに、ヨゥは愛用のボロボロのマントを上から被せて背中をトントンと叩いてくれる。
ちょっとだけ楽になったオレはヨゥのズボンに顔を埋めて、ヨゥの匂いを思いっき吸った。
安心する。
オレがよく知る、頼もしいヨゥの匂い。
胸いっぱいにその匂いを嗅ぎ取ると、それだけでオレの心は急速に落ち着きを取り戻して行く。
『邪法師には同じ黒い仮面で顔を隠した弟子が一人います。邪法師には劣る様ですが、ソイツも如何わしい邪悪な魔法の使い手です。我らエイミィ様の家臣団を拷問し痛ぶり殺害した張本人です』
「ふむ……あのこの砦内にある死人を改造するための施設を見るに、弟子の方の腕は本当に大した事無さそうだわね。注意すべきは……邪法師のみか」
レリアさんの話から何かを掴んだのか、ミィは魔導板から顔を上げて天井を見る。
「これで色々とやり易くなったわ。ありがとうレリア」
『いえ、私なぞの話がエイミィ様を救い出す一助になるのならば、幾らでもお話します。簒奪者、グロント・デル・ネブリアラはただの小物に過ぎません。本来なら王座など到底叶わない無能の王。嫉妬と被害者意識だけを募らせた醜い豚です。彼奴は邪法師に唆されて偽りの王に祭り上げられただけの滑稽な人形。貴女方の脅威にはなり得ないでしょう。注意すべきは邪法師と、奴が操る死人の兵団……元はこの国の無辜の民だった哀れな人たちの抜け殻だけです』
「そう……ね。あとはどうやって城に潜り込むか。邪法師が私の見立て通りの腕を持つのなら、気づかれずに進入するのは難しそうだわ」
ヨゥに背中を優しく叩かれて、オレはウトウトと夢の
耳に入るミィとレリアさんの声ももう殆ど意味を掴めず、ただ音としてだけ拾っていた。
緩んでいく思考で繰り返し繰り返し想う情景は、エイミィが笑ってオレの側に居る光景。
きっと、きっと助ける。
絶対に、オレが。
「侵入経路なら任せときな。王家が使う城への隠し通路的なモノならもう見つけてあるんだ」
「さすがねヨゥ。まずはソレが使えるかどうかを調べるとしましょうか。ラァラ姫ももう限界みたいだし、今日はここまでにしときましょう。レリア、また来るわね」
『はい、お待ちしております。エイミィ様を確実に救いだすためにも、準備は万全に整えなければなりませんから』
三人の会話ももう誰が誰だかわからないほど、オレはもう半分以上夢の中。
【姫、もう抗わずにお休みください。大丈夫です。ミィとヨゥ、猫たちに任せておけば全て上手く行きますから】
でも……オレ……なにも……できてないから……。
【いえ、姫が居なければレリア様を見つける事もできなかったではないですか。充分に役を果たしておりますよ。ご安心ください】
はやく……エイミィを……たすけたいのに……なぁ。
【そうですね。一刻も早く救い出してあげましょう。姫には遠回りにも思えるでしょうが、今は雌伏の時です。確実に、そして安全にエイミィ様を救出するには情報を集め、態勢を盤石にする事が重要なのです。焦って失敗する事が、一番エイミィ様を危険に晒してしまうやってはいけない事ですよ】
そっか……そう、だよね……。
【ですので、今は無理をする時ではござません。夥しい死者の念にあれだけ触れたのです。姫の精神はとても疲弊しております。ゆっくりと休息をし、英気を養うのが今の姫のお仕事。さぁ、もうお休みなさい】
う、うん……もお、ねる……。
【はい、良い夢を。イドの姫……可愛いラァラ。優しいラァラ】
まるで子守唄みたいに紡がれるイドの声に導かれて、オレは深い深い眠りの世界へと誘われる。
全身に感じるヨゥの匂いと熱が、今はなによりも心地良かった。
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