第61話 王都アングリスカ→氷の封魔城⑧


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「なるほど……」


 宿屋のベッドの上、下着だけしか身に付けていないミィと、キャミソール一枚だけのオレが向かいあう。


「その夢で見た……エイミィ? その子が、あの二つのお城のどっちかで幽閉されている可能性があるのね?」


「う、うん。夢の中の話だから、ミィたちには信じてもらえないと思って」


 それがオレとイドで話し合って決めた、『設定』。

 イドの事やシステムのことに触れずに、エイミィと夢で繋がった事を説明するための……オレの嘘だ。


 胸が痛い。

 致し方ない事とは言え、結果的にミィやヨゥを騙している。

 オレの中の罪悪感が、この身体の小さな胸をチクチクと刺激する。


「それで、さっきの『声』と『手』……ふむふむ、なるほど」


 ミィはあぐらをかいた脚の真ん中に置いた枕の上で、薄型魔導版タブレットを操作している。


 時刻は夜半過ぎ。

 もう王都は点々とした街明かりのみが存在する、夜の闇に包まれている。


 あれからしばらくしてエイミィの声や沢山の苦しそうな声は徐々に聞こえなくなり、あの手も見えなくなった。


 揺さぶられた感情に耐えきれずベッドに横たわってしまったオレは数時間動けず、こんな時間になってようやく何とか起き上がれる様になったのだ。


 エイミィは、オレに自分を『殺して』欲しいと言った。

 とても切実な声で、確固たる意思が宿る声で、聞いてるだけで辛くなるほどの、あの声で。


 それを聞いて、もはや居てもたっても居られなくなったオレは、ミィに伝えられる事を全て白状する事にしたのだ。


 だって、それしかオレにできる事は無いから。


 あの娘が死を望んでいるなんて、そんなの到底受け入れられない。

 オレはエイミィを助けたいんだ。殺したいだなんて、思えるわけないじゃないか。


「うん。分かったわ。姫がその子を救いたいと思っているなら、私たちがソレを断る理由は無いわね。精霊からの干渉らしき現象も解明したいし、何より姫が望んでいる事ですもの」


「……ミィっ」


 あんまりにも嬉しい言葉だったから、膝立ちでミィへとにじりよって右腕に抱きついた。


「……これに懲りたら、もう一人で抱え込む様な事しちゃ、ダメだからね?」


 おでこの真ん中をミィの人差し指でグリグリと優しく押しつけられる。


「う、うんっ。ごめん……ごめんなさい」


 厳密に言えばイドとも相談してるから、一人ってわけじゃないんだけど。


【イドは姫の精神の一部を参照にして形作られた姫の影です。ですので姫と同一存在と定義するのも間違いではありません】


 うん、そう言う真面目なのじゃなくてね?


「さて……姫が話してくれたから、何となくだけど色々見えて来たわね」


「え?」


 そ、そう?

 直接エイミィと話したオレは全く何も見えてないんだけど?


「2号と私の推論もほぼ一致してたわ。それによってこの都に何が起きているのか、まだ断片的にだけど判明した事があるの」


「っ!? きっ、聞かせて!?」


 抱いたままのミィの腕を引き寄せて、顔を近づける。

 オレの荒くなった鼻息でミィの前髪が大きく揺れたけど、そんな事を意にも介さずミィは顎に左手を添えて語り出した。


「まず王都周辺の『環境を時間ごと固定する』魔法術式。聞く限りだともう10年も起動しているそうなんだけど、そんな大規模で非効率的な術式が自然界に溢れる魔力マナだけで持続的に発動し続けるのはどう考えても無理なの。ならば、まずどこからか大量の魔力マナを供給している事になるわ」


「う、うんうんっ」


 ミィ先生の講義に、オレは思わず首を大きく振って反応する。


「屋敷にある魔導炉を想像して貰うと分かりやすいんだけど、永続的に魔法を発動するには術者が常に魔法を発動し続けるって言うのは現実的ではないでしょう? 魔法師だって睡眠は取るし、そもそも精神が保たない。だからこう言った大規模な魔法の行使には、『魔法陣』と言う手段を用いて魔法を維持する事が求められる。魔導炉で言えば1号の管理する魔導機械の部分。アレは私たちの主様マスターが独自の研究を重ねて開発した、画期的な機構なの。発動する際の魔力注入だけを術者が行い、後の処理と魔力マナの供給と循環を機械的な作業で代替する。それによって、術者が常にその場に居なくても魔法を発動し続ける事が可能になった」


「ふっ、ふむふむ!」


 が、がんばれオレ!

 これはエイミィに関わる大事な事だ! のーみそをフル回転させて、何とか食いついてでも理解するんだ!


「だからこの『固定』の魔法も、どこかに魔法規模に準じた大きさの魔法陣が存在すると推察したの。問題はソレがどこにあるか何だけど、姫が答えを教えてくれたわね」


「オレが?」


 い、一体いつの間に?


「さっき姫が目撃した、地面から生えた無数の『手』。おおよそで良いから、この都のどこら辺まで生えてたか思い出せる?」


 アレは……うっ、思い出すだけで吐き気が……っ。


「無理して思い出さなくても良いわ。所詮推察だもの。ヨゥが何か決定的な情報を持って帰ってくれるかも知れないし」


「だ、だいじょうぶっ」


 抱えられていた右腕をオレの胸から離し、ミィはそのままオレの背中を撫でてくれる。

 気持ち悪さを抑えるために鼻ではなく口で息を繰り返しながら、オレはあの時の光景を必死に思い出す。


「こ、この宿から見えている範囲……多分、全部から生えていたと、思う」


「そう、では魔法陣の規模は、『王都と同じ大きさ』であると仮定しましょう」


「お、王都と?」


 こ、こんな広い街と、同じぐらい大きい魔法陣?


「姫、思い出して。この街の人々の顔を。そして前の宿の女将さんが王都について語った話を」


「え、えっと……この街の人たちは、みんななんかやる気が無いって言うか、怠そうって言うか。女将さんが言ってた事? 配給の度に、若い人たちを連れて行っちゃうって言ってた……」


 イド、合ってる?


【ええ、間違い無いです。姫、イドにも魔法陣の事が見えて来ました。そしてエイミィ様の身に何が起きているかも】


 ほんと!?

 待って、オレにはまだ何が何やらさっぱりなんだけど!


【落ち着いて、ミィの話をよく聞いて、繰り返し繰り返し反芻してください。イドが教えるよりも、姫自身で導き出す方が理解が深まりますから】


 う、うん。


「ええ、自然界からだけでは補えない魔力マナ。もちろんそんなの、術者だけで工面する事なんて例え何十人居ても不可能よ。だから、どこかからソレを絶え間なく注ぎ続けなければならない。姫、もう分かるわね?」


 どこかから、魔力マナを、絶え間なく……。

 この国の軍は……色んな村や町に配給を配るついでに……そこに居る若い人たちを……連れていってしまう……っ!?


「……この都に住んでいる人たちが、魔法陣に魔力マナを送り続けている……?」


「ええ、おそらく。いえ、限りなく正解に近いと思うわ」


 オレも魔法が使えるから、良く分かる。

 魔力マナを消費するって事は、とてつもなく疲れる事だ。

 この造られた身体には自分でも限界が分かんないほどの魔力マナが眠っているけれど、僅かに使用しただけでも瞬間的な倦怠感を味わう。

 もちろんほんの一瞬で、すぐに元気になるけれど……ソレを普通の人がずっと使い続けるなんて、下手したら立っていられないほど消耗してしまうだろう。


 なるほど……この都の人たちから覇気を全く感じないのは、常に魔法陣に魔力マナを吸われ続けているから……なのか。


 通りに人が少ないのだって、もしかしたらほとんどの人が外出できないほど衰弱してしまっている可能性もある。


「まず怪しんだのは、王都の門に居た衛兵の態度」


 考え込むオレに捕捉するように、ミィは人差し指を上に向けて解説を続けた。


「曲がりなりにもここは国の要、王都よ。そんな場所でロクに身分の確認もせず、身体検査すらしないなんて幾ら何でも不用心が過ぎるわ。察するにアレは、魔法陣に用いる消耗品……人間は多ければ多いほど良いって事なのだと思うの。だから尋ねて来た者は可能な限り王都に入れたい」


 一度王都の懐に抱え込みさえすれば、その人がどんな悪人だろうと時間と共に弱っていく……だから誰だろうと構わない。


「次に二つあるお城」


 ミィはずっと上に向けていた指を、今度は窓の外に向けた。


 その窓の向こう。宿と対面した建物と建物の隙間から、二つのお城が顔を見せている。


「国家にとって城って言うのは権力を象徴するとても大事な物よ。例えどんなに悪政が敷かれた国であろうとも、革命が成功した後で新しいお城を『古い城を残したまますぐ隣に建築する』なんて、無いとは言わないけれどあまり常識的では無いわね。権力を奪い取った証とするならそのまま新しい王が使うだろうし、武力を用いて起こした革命であれば悪しき記憶と共に打ち壊されていてもおかしくは無い。それに今この王都に立つ二つの城は、遠く離れた場所から見ても『どっちが新しいのか分からない』ほど同規模で造られている。一般的に考えれば古い歴史を乗り越えた事を示す象徴を造る際には、過去の物よりもより大きく立派に造ると思わない?」


「そ、そう言うもんなのかな」


 王国とかお城とか、元日本人であるオレにはあまり馴染みが無い。

 名古屋とか大阪にあったお城もあるけれど、アレはオレたち現代人にとっては観光地であって、国を象徴する建造物とは感じなかった。


「魔法陣、その魔力マナの供給源。ソレを踏まえてあの城の事を考えると、おそらくあの場所に魔法陣の要が存在するのだと推理できるわ。城の形状はより魔力マナを効率良く吸い上げる為とか、魔法陣の強度を補強する為とか、色々理由も想像できるけれど。王都アングリスカと言う『魔法陣』中心にあるって事は魔法的に色々と都合が良いのよね」


 ミィの話を聞きながら、視線を窓の外の二つのお城へと向ける。

 遠くから見たらとても綺麗で荘厳に見えたあの城が、今では何だか禍々しく見える。


「それと、変える気はあるって言われているのに10年も変えられていない王都の名称ね。姫、魔法の詠唱を唱える際に重要で不可欠なモノ、なぁんだ」


「うぇっ!?」


 突然ミィに問いかけられて、慌てて変な声が出てしまった。

 えっと、大丈夫ちゃんと習ってる。落ち着いて答えれば間違えないはず。


「『意味のある言葉』と、『意味のある音』……ですっ」


「大正解っ! さすが私の姫だわ。よくできました」


 頭を優しく撫でられてしまった。


「体内の魔力マナを変性させて、体外に排出して魔法式を構築させるためには、それを制御するための詠唱工程が必要となるわ。それはどんな単語であろうとしっかりと『意味』を捉え、どんな表現でもしっかりと『意味』を含んだ音であり、そして法則に則った『意味』のある正確な拍を刻まなければならない。つまりは『言葉と音と秩序リズム』。これが魔法を使用する際に最も重要なことよ。頭の固い古い魔法使いが支配する魔法院アカデミーは、これを履き違えているのだけれど……まぁそれは今は置いておいて」


 ん?

 なんか時々、ミィはその魔法院アカデミーに対して敵意を剥き出しにするよね?


 過去に何かあったのかな。


「王都アングリスカ。そしてエイミィ・ブライト・アングリスカ」


 ミィがオレに見せる様に持った、薄型魔導板タブレットに並んだ二つの文字列。

 一つは地名で、もう一つは女の子の名前。


「ブライト氷河国と同じ名を持ち、王都アングリスカと同じ姓を持つ女の子。そしてその名前はこの地の呼び名と同じ拍を刻んでいる。魔法的には『ブライト氷河国のアングリスカと言う地名』そのものを意味すると解釈もする事も出来る。つまり、その名前がこの地の『座標』となっているの。こう、ね」


 ミィが人差し指で薄型魔導板タブレット魔力マナを送り操作する。

 映し出されていた文字列が一つに重なり、表記が変わっていく。


 そこには一文の『意味のある言葉』が刻まれていた。



 〈エイミィは、ブライト氷河国の王都アングリスカに居る〉



「これが……?」


 その文を読んでもいまいちピンと来ず、ミィの顔を見上げて首を傾げた。

 エイミィの名前が、魔法陣と何の関係があるの?


「良い? 姫、おそらくこの魔法陣は、この10年で数えきれない人の命を吸って居るわ。おそらく、数万。それぐらいはあるでしょう」


 眉間にシワを寄せ、嫌悪感を隠さずミィはそう言い放った。


「国中から定期的に人員を補充していたって事はそれだけ『命』──────魔力マナの消費が激しい事を示しているわ。そしてその魔法陣の中心はあの二つの城で、そこにエイミィと言う、精霊に愛されるほど特別な女の子が幽閉されているなら……答えは一つよ」


 ミィの言葉が続けば続くほど、オレの背筋に走る悪寒が強くなっていく。

 嫌な予感が止まらない。

 聞きたく無い事がこの後、ミィの口から告げられると直感で確信している。


 でも、目をそらす事も、耳を背ける事もしちゃいけない。

 全ては、あの可哀想な女の子を──────エイミィを救いたいから。

 

「……ごくっ」


 口に溜まった唾液を、乾き切った喉の送りこむ。

 その音は耳の中に大きく響いて、自分の身体が出した音なのに少しびっくりしてしまった。


 ミィはそんなオレを見て、心配そうに両手を取ってくれる。

 大きく大きく深呼吸をして、ゆっくりと吐き出しながら意を決した眼差しをオレに向けた。


 そして、その『事実』がついに明かされる。


「この魔法陣の中心には、エイミィと言う『触媒』が用いられているはずよ。つまり、この王都の民の命を吸い上げて、『固定』と言う魔法を発動しているのは──────エイミィ・ブライト・アングリスカ。姫が助けたい女の子って事に……なるわ」


 あ、ああ……エイミィ。

 どうしよう。どうしたら良い。


 キミが自分を殺して欲しいとオレに願った意味が、分かってしまったのかも知れない。

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