第48話 春の無い国→宿屋にて①


「さて、じゃあヨゥは姫を連れて先に町の様子を見て来て欲しいの。こっちは姫には見せられないから」


「了解。結界はどうする?」


「姫は自分だけならもう結界を展開できるわ。ヨゥはごめんだけどちょっと我慢して?」


 え、え?

 オレ結界の展開はあんまり自信ないんだけど!?


【お任せください。環境把握や気流予測などの演算はイドが行います。姫は結界の形を意識して魔力マナを練ってください】


 た、助かる! それならなんとかなりそうかも!


「まぁアタシはこんぐらいの環境には慣れっこだから平気だよ。ほら姫、こっからはミィに任せてアタシらは先に宿を探そう」


「う、うん。でもミィは何をするの?」


 いまだに雪に伏せってビクンビクンしているおかしらさんに何をどうするの?


「ちょーっと頭の中を見せてもらうだけよ? かなり痛いから廃人になるかもだし、手加減しないから頭が破裂するかもだけど、知ってる事を本人が忘れてる事まで全部曝け出してもらうわ」


「ひっ、あぐっ、た、たしゅけっ、あがっ」


 ミィの言葉にお頭さんの身体が一際大きく跳ねた。


 そ、そう。

 それはなんて言うか……ご愁傷様……?


「ほらぁ、無駄に怖がらせるから姫がブルブル震えてんじゃんか」


「う、うあ。違うよ? これは別に、怖がってなんかっ」


「無理しなさんなって。大丈夫。アイツは真性の悪人で変態だ。ここでミィが殺さなくてもいつか必ず死ぬし、ここで殺しておけばそれだけ被害が減る。善行とは言わないけど、必ずしも悪行じゃないんだ。姫が気に病む事じゃないよ」


「……う、うん。ミィ、ごめんね?」


「姫が謝る事じゃないわよ。これは私たちの仕事の一つで、とても大事な事なの。悪いにもいつか罰を受けるべきなのも私たち。ね?」


 ミィは口元に人差し指を当ててニッコリと微笑む。

 その姿は今から人一人をどうこうしようとしている人間の姿じゃない。


 多分オレに必要以上に思い悩ませないない様に、あんまり怖がらせない様にって言う気遣いなのかも知れないが、前世のオレの価値観からしたらズレて感じてしまう。


 ここはもう違う世界なんだから、猫たちとオレにそういう違いがあってもおかしくはないって分かってたのに。


 覚悟したはずなんだけどなぁ。

 やっぱり人の生き死にを意識しちゃうと、身体が勝手に強張ってしまう。


「んじゃ姫、早速だけど行こうか。完全に夜になっちまう前に宿を押さえとこうな?」


「わ、分かった」


「後からねー」


 ミィは笑顔のままオレにひらひらと右手を降る。


 ヨゥに背中を支えられてミィの結界から出ながら、オレはその姿を複雑な気持ちで見て手を振り返した。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「へぇ、隣国経由でこの国に来たのか。誰にも忠告されなかったのかい?」


 小さな町の小さなお宿で、オレとヨゥは円形のテーブルに腰掛けてスープを飲んでいる。


「ああ、ほら。うちの主様はまだ小さいだろう? 人見知りするんであんまり他人と関わらずに街をやり過ごしてたんだ。従者二人揃って不甲斐ないばかりだけど、この国に来てから様子がおかしい事に気づいてさ」


「そりゃダメだよ。この国が十年前からおかしいってのはもう近隣の国じゃ当たり前の話さ。最近じゃ商人も近寄らないんでね。国からの配給がなかったらアタシらもとっくにダメだったろうねぇ」


 スープを用意してくれた恰幅の良い宿屋のおばさんが、頬に手を当ててため息を吐いた。

 外よりマシとは言え室内も寒いから、もこもこに厚着をしていて実際よりも太って見える。


「へぇ、配給なんてあるのかい? この国の王は気前が良いねぇ」


「そうとも限んないよ。二ヶ月に一度、軍隊が配給を渡しに来る度に若い衆を連れてって言っちまうからねぇ。この町はまだマシだがどこの村も人出が足りなくて困ってんだよ。どうだいアンタ、この町に嫁いでこないかい? 残ってる若いので良い男が居るんだよ」


「あはは、遠慮させてもらうよ。アタシにゃこのちっこい主が居るんでね?」


 あんまり味がしなくて美味しくないスープを啜りながら、オレはヨゥとおばさんの話を聞いている。

 吹雪いてたし遠目じゃ分かんなかったけど、この町はそこそこに大きい町だったみたいで宿っぽい建物を見つけるのに時間がかかってしまった。


 何せほとんどが大量の雪に覆われていて民家とそうでないものとの区別がつかなかった

のだ。


 そもそも、オレが前に生きていた世界じゃ企業と普通の民家とで建物の造りが分かりやすく違っていたけれど、この世界はどうやらそうじゃないっぽい。


 この町じゃ建物の高さはせいぜい3階建ぐらいまでで、表に看板があるか無いかぐらいでしか見分けが付かない。

 ここが酒場兼宿屋だって気づけたのも、酔っぱらったおじさんが千鳥足で出て来るのをヨゥが目撃したからだ。


 ううむ。異世界の文化的差異がこんなところで発覚するとは。


【『周辺索敵エリア・サーチ』で得た情報から人の多い所を目安に探せば良かったのでは?】


 今更言わなくても。


「お嬢ちゃんも寒かったろう? 後で石を焼いて部屋に持っていってやるから、今日は暖かくして寝なよ?」


「う、うん。じゃなかった。はい。ありがとうございます」


 木製のスプーンでスープをかき混ぜて遊んでいたらおばさんに突然話しかけられた。

 びっくりした。一瞬咎められるかと思ってびくんってしちゃった。


 ち、違うんです。このスープが悪いんじゃなくて、5号の料理に舌が肥えちゃったオレが悪いんです。

 おばさんが作ってくれたこの……えっと、何かシナシナになった爪の先ぐらいしか大きさがない謎の肉が浮いたしょっぱいスープ、ちゃんと全部飲みますから!


「へぇ、どこのお嬢様か知んないが良く出来た娘さんだねぇ。やっぱり育ちが良いとこうも上品になるのかい」


「可愛いだろ? 自慢の主さ」


「違いないね。あんまり町の外れに行くんでないよ。ここいらには働かない事を咎められて町を追い出されたボンクラどもが盗賊になって徒党を組んでいるからね。お嬢様ぐらい可愛い女の子とアンタみたいな若い娘だけじゃ、あのボンクラどもが何考えるか分かったもんじゃない」


 うっ、えっと、多分そのボンクラさんたち……明日からは見なくなると思いますよ?


「分かったよ。女将さん、後からもう一人連れが来るんだ。そう遅くはならないと思うから、来たら部屋に通してくれないか? 金は多めに払うからさ」


「そうかい? 別に気にしなくて良いんだけど、くれるってんなら貰っておくさ。まいどあり」


 ヨゥが胸当ての下───これもふところと言うのだろうか────から出した財布から見慣れない硬貨を数枚出しておばさんに手渡した。


「あら、こんなに? なんだか悪いねぇ。ウチみたいな安宿にゃ勿体ないぐらいだよ」


「良いんだよ。旅を続けてると信用できる得意の宿っていうのは貴重なんだ。儲かってくれよ女将さん」


「任せときな。わたしが死んだって宿は残してみせるさ。さぁて、麦パンでもサービスしてやろうかねぇ!」


 上機嫌でおばさんは店の奥へと小走りで駆けていった。


「……ヨゥ、なんだか慣れてたね?」


「そりゃ、姫が目覚めるずっと前から外界で旅してたからねぇ。色んな国の情勢調査もアタシの仕事さ?」


 なんだか、ちょっとカッコよく見えたっていうのは、少しだけ悔しいから黙っておこうっと。

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