第47話 白銀の世界→姫とかなり可哀想なおじさん達⑥


「ゆ、許してください! 助けて! なんでもしますから!」


「わっ」


 び、びっくりしたぁ。

 突然男の人の声が響いて、思わず全身でビクッと跳ねてしまった。


「お見事」


「いやぁ、肩透かしも良いとこだよ」


 続いて、ミィとヨゥの声がオレのすぐ近くで聞こえた。

 気になって視界を塞いでいるミィの手を両手で持ち上げようと試みるも、どうなってんだこれ。ぴくりとも動かないぞ?


「ミ、ミィっ。終わったんなら手をどけてっ」


 オレはもがもがとでたらめに動いてなんとかその手を退けよう足掻く。


「あら、ごめんなさいね姫」


 突然パッと視界がクリアになって、少し眩しくて目を細めた。

 滲む視界が徐々に適切な光量に調節されて、やがて目の前には雪の上で両手を頭で組んで伏せているおじさん──────お頭さんの姿が映る。


「あれ?」


 キョロキョロと周囲を見回して見ても、他のおじさん達の姿が見つからない。


 あれだけウゴウゴといっぱい居たのに、一体どこへ?


「し、知らなかったんです! アンタがそんなに強いなんて知らなかったんです! どこぞの名のある剣士さんだとお見受けします! お、俺らの無礼を心から詫びさせてくれぇ!」


「弱かったら良いってもんでも無いだろうに。何言ってんだこいつ」


 冷ややかな視線で伏せているおじさんを見下ろして、ヨゥはめんどくさそうに剣を一度大きく振った。


 ヨゥの愛剣スカルクラッシュの切っ先に纏わり付いていた赤黒い液体とピンクい物体が、遠心力で飛び散って遠くの雪の上にばら撒かれる。


「これ、血?」


「おっと、先に拭いてりゃ良かったね。いけないいけない」


 オレの顔を横目で見たヨゥが気まずそうに笑って、慌てて外套マントを手繰り寄せてスカルクラッシュを挟む様に拭き始めた。


「姫、あっちは見なくていいから」


「あうっ」


 雪の上を赤く染める血とピンクい物体を眺めていたら、ミィがオレの頭を両手で持ってグイっと無理やり動かした。


「ミっ、ミィ痛いよっ」


「あらごめんなさい? でもアレをずっと見てたら、ご飯が食べられなくなるわよ?」


「えっ」


 あ、そう言うこと?

 あのピンクい謎の物体って……つまり……。


 う、うん。考えるのやめよう! そうだね! アレはあんまり見ない方が良いかもね!


「ヨゥももう少し綺麗に片付けてくれたら良かったのに」


「あ、あははっ」


 口を尖らせながらヨゥへと非難を投げかけるミィ。

 ヨゥはそれを見ていつもの様に笑って誤魔化した。


「で、でもほら。ほとんどの残骸は遠くへぶっ飛ばしたし、残りの大きめの肉片もできるだけ細かく砕いたじゃんか。ねっ? アタシにしては気を遣った方だと思わないか?」


 あ、あの。一体オレが目隠しされている間に何が起きてたんです?

 なんかとっても恐ろしい事口走ってませんか?


【姫、大丈夫です】

 

 大丈夫じゃなさそうなんだけど。


【大丈夫です】


 で、でも───。


【大丈夫】


 は、はい。


「まぁ良いわ。それで、残ったコイツなんだけど」


 まるで害虫でも見るかの様な嫌悪感たっぷりな視線で、ミィはお頭さんをギロリと睨んだ。


「ひっ! お、俺らは確かに賊だが、アンタらに怪我一つ負わせてねぇじゃねぇか!! たっ、頼む見逃してくれ! 俺らだってこの国がこの有り様になって十年、必死に食い繋いでいただけなんだ! やる必要がねぇなら追い剥ぎなんて!」


「煩い」


「あぎゃあ!」


 ガタガタと震えながら涙目でがなるお頭さんへとミィが右手を向けると、お頭さんがビクンと跳ねて悲鳴を上げた。


「被害者ヅラするのは今すぐやめなさい? 私たちの鼻はアナタ達の身体にこびり付いたおびただしい大量の血の匂いをしっかりと嗅ぎ分けているわ? 普通に暮らしていたら絶対に、そんな醜悪でおぞましい匂いを纏う事なんて無いはずよ?」


「アタシらの鼻は普通の人間より遥かに高性能だからね。この吹雪の中で遠く離れていても匂ってくるなんざ外道か人でなし以外ありえないだろ。魔法を使うまでも無かったね」


「ええ。それに最も許せないのは、汚らしい獣欲を私たちの姫へと向けた事だわ。それだけで貴方達の罪は死をもってしても許されない。良い? 冥界へ渡る前に教えてあげる」


 ミィはとても冷たい表情でお頭さんの頭をブーツで強く踏みつける。


「例えどんな事情があろうとも、それがどんなに同情するに値する事だろうとも。我らが幼き主、ラァラ・テトラ・テスタリア様を少しでも害そうと思った時点でソイツは私たちの『敵』なの。一切の躊躇なく、手心すらも与えず、私たちは『敵』を殲滅するわ?」


「それがお前らみたいな根っからの悪人だってんなら、こっちも何も考えずに対処できるからね。まぁ今日は運が悪かったと思って諦めな」


 ミィは淡々と、ヨゥはヘラヘラと笑いながら。

 お頭さんに向けて宣告した。


【姫】


 あ、うん。大丈夫。


 この旅が始まる前に、猫たちにずっと言われていた事だもん。

 オレもちゃんと覚悟してたよ。


 特に、1号に口酸っぱく言われてたもんね。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『良いかにゃ姫』


 オレの部屋のベッドの上で、1号が胡座あぐらをかいて就寝前のオレに向かって口を開いた。


 左目に大きなブチ模様のあるその人工猫妖精ケット・シーは、トレードマークになりつつあるいつもの大きなレンチをベッドに立てかけて、お風呂に入って眠る前のオレに話をしに来ていた。


『俺っち達は姫の身を守る為ならなんだってするにゃ。姫の身に降りかかる危険にはもちろん、姫にとって今後の脅威となり得る全てに俺っち達は一切の容赦無く牙を剥くにゃ。だから姫も覚悟してほしいにゃ』


『覚悟?』


 ふかふかの枕に背を預けて、掛け布団を口まで覆ってオレはそれを聞いていた。


 1号はオレの問いに静かに一回頷くと、ポリポリと頬を爪で掻いた。


『この世界は笑顔溢れるだけの優しい世界ではにゃい。時に悪意が蔓延り、時に邪悪が道を阻み、時に憎悪に晒される時もあるにゃ。俺っち達は今回の旅のついでに、世界にはそう言う部分もある事を姫に知ってもらいたいにゃ。だからこれから先、姫の目の前で『敵』に対してとても酷い事をする事もあるにゃ。むしろ頻繁に目にするかもにゃあ。今『外界』の情勢は少し混乱してるにゃ。黄金エルドラド大陸では複数の国が資源や土地を巡って長い大乱を起こしてるし、岩土ガンドール大陸なんかは地脈から溢れ出てきた瘴気が原因で人種族の生存できる土地の方が少ないし、年々それも狭くなって行ってるにゃ』


『う、うん。2号の授業で習ったよ。今世界で平和な所は数えるほどしか無いって』


 一つ一つがユーラシア大陸並みに大きい『第七元大陸エレメント・セブン』は、それぞれ異なった文明や異なった文化を持っていて、何百と言う大小様々な国家や集団が色んな思想の元ぶつかったり手を組んだりしている、そうだ。


『ちゃんと勉強してるにゃあ。姫は偉いにゃあ』


 ふんにゃり、と1号は微笑んだ。


 1号は普段とてもぶっきらぼうで無愛想なのに、時々どの猫よりも優しい顔をする。

 その顔を見るととても安心できるから、オレは1号と一緒に居る時間が大好きだ。

 

『俺っち達の主様マスター、姫のお父様である大魔導師ゼパルは姫を創造すると決めた時に大きなコンセプトを軸にして研究を始めたにゃ』


『コンセプト?』


『そうにゃ。もう二度と、権力や理不尽に翻弄されてその命を散らさない、『誰よりも強く誰よりもたくましい、何者にも揺るがされない強い娘を創る』。それが最初から最後までブレることの無かった大魔導師ゼパルの最後にして最大の研究の目的にゃ。だからこそ、俺っち達はここで姫を永遠に甘やかす事を良しとできないにゃ』


『う、うん』


『できるならこの叡智の部屋ラボラトリでずっと姫と楽しく暮らしたいにゃ? でもそれは、俺っちたちに組み込まれた最上位の『目的』に反するにゃ。ぶっちゃけて言えば姫には関係の無い事情にゃんだが、俺っち達自身にもどうする事もできにゃい事にゃ。本当に申し訳にゃいけど、姫には理解して貰わないといけにゃいにゃあ?』


 目尻を申し訳なさそうに歪めて、1号はオレの顔から視線を逸らした。


『他の猫たち──────2号や3号に、4号や5号は猫の中でも上位権限を持つ俺っちの命令には最終的には逆らえにゃい様にできてるにゃ。だからこの旅でどんなに辛い事が起きても、アイツらだけは恨んだりして欲しくにゃいにゃ。悪いのは俺っちにゃ。姫の育成プランを姫に強要しているのは、全て俺っちの意図にゃあ?』


 多分今、1号は色んな思いのせいでオレの顔を見れないんだろう。

 やらなきゃ行けないことと、オレに対する気持ちが相反していて、実は誰よりも苦しんでいたのは1号なのかも知れない。


『1号』


 オレはその名前をしっかりと発音する。


『にゃあ?』


 呼ばれた1号はようやくオレの目をまっすぐに見てくれる。


『オレ、1号のこと大好きだよ』


 誤解とか、思い込みで落ち込んだりしない様に、ちゃんと口に出しておくべきだと思った。

 だからここで、素直な気持ちを素直に伝えよう。


 他の猫たち──────2号もちょっと頼りないけど優しくて好き。3号は口煩い時もあるけどオレのことずっと見てくれるから好き。4号はどっちかって言うとお姉ちゃんみたいで好きだし、5号はいつもオレの身体のことを気にしてくれて、美味しいお料理を作ってくれるから好き』


『──────にゃあ』


『1号は無愛想だし、無口だし、作業室の掃除も言われないとしないし、ご飯の時間に呼んでもなかなか出てこないし、たまに探しても見つからない時もあるけど──────』


『そ、それはだにゃあ……』


『でも誰よりも、オレや他の猫達のことを考えて、心配してくれてるの知ってるから──────オレは1号のこと大好きだよ』


 他の猫たちに比べて1号の仕事量はとても多い。

 だけど1号はいつだってそれを黙々とこなして、しかもその間々にオレたちの様子を伺って、困っていたら手を貸してくれる。


 オレだって、守られてるだけじゃ無い。

 ちゃんとみんなの事を知ろうとして、そしていつもいつだって感謝をしているんだ。


 でもオレには猫たちの頑張りに何も返せないから、せめてこの胸にある大きな大きな好意だけは、隠さずに伝えたい。


『──────にゃあ。今日はもう眠る時間にゃあ』


 ボリボリと頬をかきながら、1号は天蓋へと視線を移しながらベッドから降りた。


『ちゃんと暖かくして寝るにゃあ』


 いそいそとオレの掛け布団を直して、手早くレンチを担ぐと早足で部屋の扉へと向かった。


『1号、照れてる?』


 照れてるから、恥ずかしがって早く出て行こうとしてる?


『そんにゃ事にゃいにゃあ』


 扉を開けて身体を半分隠しながら、1号はオレを見て笑った。


『──────俺っちも、姫が大好きにゃあ』


『うん。ありがとね』


『にゃはは、こちらこそにゃあ?』


 オレが頷くのを確認した1号はニカっと笑い、扉を優しく閉めた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 だからオレは目の前で3号や4号がどんなに怖い事をしていても、決して嫌ったりせずにちゃんと全部この目で見るって覚悟したんだ。


 1号との約束だから、ね?

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