第37話 外界へ→行ってみよう!④

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 夕焼け染まる屋敷の庭。

 とても広くて所有者のオレでもまだ全部を回りきったことのないこの庭の一角に、幅5メートルほどの川が流れている。


 上流は一年前ぐらいにピクニックに行ったあの湖で、下流はそのまま屋敷の中央へと流れて地下へと落ちていく、らしい。

 確か、そんな説明を聞いたことがある気がする。


 そんな川の側に、オレが両手を広げた程度の大きさの──────鉄の風呂桶が置いてあった。


「1号、これなぁに?」


 着くや否やその鉄風呂の側に設置してある機械的なボックスの扉を開けて何やら弄り出した1号に聞いてみる。


「濾過機にゃ」


 1号はオレに振り向きもせず、ぶっきらぼうにそう答えた。


「ろか?」


 水をしたり、綺麗にしたりする奴?


「姫、これを持つにゃあ?」


 ちょいちょいと腰を引っ張られて振り向くと、3号がその小さな身体よりも遥かに大きい花束を抱えていた。


 百合にも似たそのお花は、夕陽に照らされていながらもなお純白を強調し、儚さと美しさと瑞々しさを備えていた。


「このお花……どうしたの?」


「庭で大事に育てた自慢の花たちにゃあ? 主様マスターやお母様───ステラ様が大好きだった、故郷の花らしいにゃ」


「おかあ、さまの」


 3号から花束を受け取り、その花弁に鼻を近づけてゆっくりと嗅いでみる。

 

 抜ける様な爽やかさと、ほんのりとした甘い匂い。


「いい匂いにぃ? 普段はあんまり花に興味の無かった主様マスターもその花だけはとても思い出深いらしくて、研究に煮詰まるといつも庭に座ってその花を眺めたり匂いを楽しんでいたりしてたにぃ?」


「一度4号が間違えて花壇を荒らしてしまった時は、いつも温厚な主様マスターが珍しく激怒してたも」


「ご、5号。それは別に今言わなくても良いと思うにぃ?」


「4号が涙目でプルプル震えてたあの光景はもう見られないのかも?」


 それは、ちょっと見たいかも。


「このお花、どうするの?」


 状況的に考えると、川に流す……のかな。

 そういう感じの供養方法が、確か日本にもあった記憶が。


「この川は、魔導炉の冷却に用いられている川にゃ」


 機械のボックスの扉をバンと音を立てて閉じ、1号が腕を組んでオレを見上げる。


「川の下流はそのまま地下を通って各鉄管に配分され、内部で熱を持つ部分を常に循環することで冷却を行なっているにゃ。そしてその冷却水の一部が燃焼室内部で純エーテルの粒子と混ざり合い、動力として共に送られる仕組みになっているにゃ」


「う、うん」


「本来は不純物を完全に取り除いて魔導炉に送り込んでいるんにゃが、今日だけは特別に濾過のレベルを下げているにゃ」


 さ、下げて大丈夫なのだろうか。


 魔導炉はこの叡智の部屋ラボラトリにとってとても重要な施設だ。

 その稼働が止まれば、いろいろな弊害が出ると2号の授業で学んできた。

 1号がそう言ってるんだから、大丈夫なんだろうけど。魔導炉に関してはやっぱり色々心配が勝ってしまう。


「それで、このお花は?」


 どうするの?


「その花を純度の高い燃焼系の魔石で水と一緒に長時間煮詰めると、魔石の特性により花が全て溶けて、それを濾過機で濾過すると『花の魔力』だけが抽出されるにゃ。そうして取りだした混じりっけない魔力をある手順で加工すると、完全な液状に変化させられるにゃあ?」


 その問いに答えたのは、自慢気に眼鏡をクイっと持ち上げた2号だった。


「『花の魔力』はそれ自体はとても無力で無害にゃ。ただ一点、その花の香りを芳醇なまま半永久的に保持するっていう特徴があるにゃあ?」


「あっ」


 察した。

 その説明で、猫たちが何をしたいかが理解できた。


 イド、オレの想像って合ってる……よね?


【はい。ご明察だと思われます】


 良かった。

 オレは頭の中で整理したその答えを、1号に向かって投げかけてみる。


「お父様が眠る燃焼室に──────お花の香りを届けられる……の?」


「そうにゃ。常にって訳にはいかないけれど、一年を通して一日ぐらいなら俺っちがなんとかできるにゃ。花の魔力はたとえどんなに集めようとも大した魔力じゃにゃいが、それでも魔導炉に微細な影響を与えちゃうからにゃ」


 それは。


「それは──────とっても良いアイデアだと思う!」


 うん! すごいと思う!


「じゃ、じゃあこの鉄のお風呂に、お花を入れれば良いの!?」


 早くやろう! すぐやろう!


 魔導炉の機関室、その中でも燃焼室の内部はとても寂しい雰囲気の場所だ。

 純エーテルの粒子の発光だけで照らされるその部屋で、お父様は常に一人で寂しくしている。


 だからせめて、大好きだった───思い出のあるお花の匂いに囲まれてくれれば、少しだけでも寂しさが和らぐんじゃないか。


「はいはい。今魔石を投入するから、少しだけ待っておくにぃ?」


 興奮して焦り気味のオレの背中をぽんぽんと叩き、4号が鉄風呂の下に両前足の肉球をかざす。


「よっと」


 どざーっと。

 その手のひらから大量の真っ赤な細かい石が鉄風呂の下の部分に吸い込まれて行く。


「す、凄い量も。これだけの高純度の燃焼系魔石、どっから持ってきたも?」


火炎大陸フレイラールの奥地にある活動中の火山地帯からにぃ? 4ヶ月も通い詰めたおかげで体重がかなり減ったから、後でたらふく食わすにぃ」


「了解も。腹が膨れるまで食わせてやるも」


「そう言ってアタシの苦手な食品ばっかり出したら嫌にぃ?」


「食えない訳じゃないんだから、文句言わずに食うも」


「食感がダメな奴は本当に無理にぃ」


 勝手知ったる掛け合いで、4号と5号が軽口を言い合う。


 そんな二匹を見て、良いなぁって思った。

 まるで兄妹みたいに、家族みたいに接している。

 

 猫たちはほとんど同一の個体────この場合、最初の人工猫妖精ケット・シーである1号を複製して、それぞれ別の調整を受けた存在だと聞いている。


 だから本来は同一人物ってことになるんだけど、こうやって揃ってワイワイしてるのを見ると、やっぱり五匹の兄妹って感じの方がしっくりくる。


 オレとイド、そして五匹の猫たち。


 騒がしくも、楽しい毎日。

 そんなとっても素敵な日々の想いを、お花の香りに乗せて。


 あそこで静かに眠る大魔導師に届いたら良いな。


【そうですね。イドも、そう思います】


 魔石の発熱で少しだけ気温が上がり始めた川の側、夕暮れはもうそろそろ夜の闇に包まれる。


 でも、心はこんなにも眩しい。


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