第36話 外界へ→行ってみよう!③

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「あれ?」


 3号が開けてくれた食堂の大きな扉を潜り抜けて、オレは思わず疑問の声を出してしまった。


「みんな、居る。珍しい……」


 1号、2号、4号に5号。

 食堂の大きくて長いテーブルに何故か座らず、人工猫妖精ケット・シーたちはその側で円を描く様に並んでいた。


「にはは。そりゃそうにぃ。今日ぐらいはみんなで集合しないと、主様マスターに申し訳が立たないからにぃ」


 いつものより綺麗な赤いマントを翻し、その上から豪華な意匠の剣を下げた4号が笑いながらそう返す。


「普段から集まりが悪くて付き合いの悪い猫ばっかりだからにぃ。姫が珍しがるのも分かるにぃ」


「2号なんかは私が引っ張り出して来たにゃあ。この馬鹿、今日の日付も曖昧なぐらい徹夜してたにゃあ?」


 扉を優しく閉め終えて、3号がオレの横に並んで2号を右前足で指した。

 お、今日の2号なんか綺麗だぞ? 体毛もしっかり整えられていて、白衣もちゃんと名前の通り真っ白だ。

 いつもの2号が着ているのは、白じゃなくて薄汚れた灰色。灰衣だもんね。


「ぼ、僕はちゃんと覚えてたにゃあ! 本当にゃあ!」


 指された2号は慌てながらズレ落ちた眼鏡を何度も何度も直している。

 相変わらず嘘の吐けない猫だなぁ。


「嘘にゃあ? 朝に私が部屋に行った時なんか、毛はボッサボサで白衣は真っ黒でズタボロだったにゃ! あんな格好でこの日に備えていたとしたらそれはそれで問題にゃ! 何日お風呂入ってなかったか、姫に白状するにゃ!」


「た、たたた、たった6日にゃ! セーフのはずにゃ!」


 アウトだよ!


「3号、お説教!」


 GOGOGO !!


「任せたにゃ! 短く済まして泣かせてやるにゃ!」


 いや、泣かせろとまでは言ってないんだけど。


「程々にね?」


「善処するにゃあ」


「にゃあ! 姫、あんまりにゃあ! 僕は悪くな───いとも言えにゃいけど、これはあんまりにゃあ!」


「うるさいにゃ! ちゃんとお風呂に入ったか、私が隅々までチェックしてやるにゃあ!」


 そう言って3号は2号のもとに駆け寄る。

 腕まくりまでして、けしかけたオレが言うのもなんだけどちょっと2号が可哀想

かな?

 まぁ、悪いの2号だししょうがないよね!


 夫婦漫才の様な掛け合いをする二匹は一旦置いておいて、オレは残りの三匹の元へと歩み寄った。


「今日はぼきも頑張ったも。あとで姫にサプライズがあるも」


 デブ猫コック長さん───5号はのんびりとそう告げると、にししと笑って厨房の方を指差した。


「サプライズ?」


「特別な日には、特別な物を食べるのがシンプルにして一番嬉しいも。主様マスターは湿っぽい雰囲気が嫌いな人だったから、今日はみんなで楽しくご飯を食べるも? きっと主様マスターも、姫が笑ってるのが一番喜んでくれるも」


「……うん! 楽しみにしてるね?」


「任せられたも!」


 猫たちの中で一番大柄で太っちょな5号が、ダイナミックに胸を反らすと迫力があるなぁ。


「準備はできてるにゃあ? じゃあさっさと終わらせるにゃ」


 今日はあの大きなレンチを担いでいない1号が、ぶっきらぼうに鼻を鳴らせた。

 外で見かけるのが一番珍しい猫は、実は2号より1号だったりする。

 どの時間帯に行っても必ず魔導炉機関室で何か作業をしていて、いつ眠っているのかすら疑問なのがこの猫だ。


「何をするの?」


 どうやらみんなでご飯を食べるだけじゃないっぽい。

 オレの質問に1号は短い腕を組んで、つまらなそうに半目でオレと猫たちを見渡した。


「3号、4号。姫に何も説明してにゃいのか?」


「直前まで黙ってた方が、姫も変に気構えなくて済むと思ったにぃ」


 4号がにししとおどけて笑って返しても、1号は表情を少しも変えない。

 4号とはさっきまで剣の稽古をしていたけれど、4号は特別何も言ってなかったしいつもと何も変わらなかった。

 2号と違って、4号はお芝居がとても上手だ。


「命日って感じもなんかおかしい表現にゃあ? 主様マスターも燃焼室に入った後の自分の扱いに関しては指示していなかったし、悲しむのを良しとするお人じゃなかったにゃ」


「ぼ、僕も何も聞いてにゃ──────痛いにゃ! 3号そこの毛を引っ張るのはやめるにゃ!」


「ほら、ここの毛が絡まってるにゃ! ブラッシングに手を抜いた証拠にゃ!」


「じ、自分でやるにゃあ!」


「二匹とも、食堂で暴れるのはそろそろやめるも。埃が立つも」


 猫たちが勢揃いするとこうも騒がしくなるのか。

 思えばこの一年近く、五匹が一同に介した事なんか一回も無かったっけ。


「……まぁ、良いにゃ。3号、4号。準備はできてるにゃあ?」


「もちろんにゃあ? ちゃんとお庭から厳選して集めておいたにゃ。匂いに関しても主様マスターとステラ様が好きだった奴だから問題にゃいにゃ」


「アタシもバッチリにぃ? 純度の高い燃焼系の魔石だからそう大きな物は揃えられなかったけど、数だけは充分すぎるほど揃えたにぃ」


 3号と4号の返答に小さく頷いて、1号は一匹食堂の扉へと進む。


「夕陽が完全に落ちる前にやってしまうにゃ。ほら2号、発案者はお前にゃんだから、お前が先に動かないでどうするにゃ」


 扉を半分開けたところで振り向き、いまだに3号とじゃれあっている2号に行動を促した。


「ご、ごごご、ごめんにゃ1号! ほら、1号もああ言ってるから早く僕を離すにゃ3号!」


「しょうがないにゃあ。じゃあ泣かすのは後にとっておくにゃ」


 3号がパッと手を離すと、2号は涙目になりながら白衣の乱れを直して扉へと逃げ込んだ。

 その後を追うようにして3号も扉を潜っていく。


「姫、ぼきらも行くも?」


 5号にポンと背中を押された。


「何、するの?」


 オレは5号に肩を掴まれて、促されるままゆっくり歩き出す。

 

「今日は主様マスターが魔導炉に入って自らを魔石に錬成した日にぃ。姫が目覚めるまではアタシらも何かと慌ただしくて、日付けを気にする事もできなかったからにぃ。だからみんなで相談して、燃焼室で魔導炉を動かし続ける主様マスターを、少しでも労う事にしたにぃ」


 答えてくれたのは隣を歩く4号だった。


 労う?


「お疲れさま……って?」


「そうだも。もうあの魔石は厳密に言えば主様マスターでは無いけれど、気持ちだけでもって事も」


 うん。そっか。

 それは、とっても良い事だと……思う。


 ねぇ? イドもそう思うよね?


【──────はい。イドは今、なんだかとても嬉しいです。猫たちの企画したこの催しは決して科学的ではございません。何故ならお父様の魂はすでにあの肉体から離れており、あそこに存在するのはただの超高出力の魔石でしか無いはずです。ですが、何故だか分かりませんが、イドは今──────とっても嬉しく感じています】


 ……うん。

 オレも、なんだか嬉しいよ。


 イド。


 猫たちに連れられて食堂を出て、オレは屋敷の廊下を歩く。


 窓の外に映し出されているものは、魔法によって描かれた幻想の光景にしか過ぎないのに。

 その夕焼けの紅い色が、とても優しい輝きに見えた。

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