第32話 よく学べ!→よく遊べ!⑨

「月って、あのお空に浮かぶ?」


「そうにゃあ!」


「まん丸の?」


「そうにゃあ! 時に半分になったり細くなったりするアレにゃあ!」


「いやいやいや、嘘だよ」


 オレの、無知を良いことに騙そうったってそうはいかないからな!


「嘘じゃないにゃあ?」


「だって、夜になったらあるじゃん。お月様」


 部屋の窓からバッチリ見えるよ!

 2号の話が本当なら、今オレらは月面にいることになるじゃん!

 そしたら空にお月様が見えるはずないじゃん!

 はい論破!


「あれは地表から離れたところに映し出した、外界から空を見た映像を創作して投影した幻にゃあ。主様マスターが殺風景なのを嫌がって、わざわざ『天体投影』って言う術式を組んで作ったものにゃあ?」


「殺風景?」


「そうにゃあ。月の地表からそう離れてない内側にリング状の空洞を作って、地中の重力を反転させたのがこの叡智の部屋ラボラトリにゃ。あの天体投影の魔法術式が無かったら、灰色の岩肌を擬似太陽が照らしてるだけの面白くない空になるにゃあ?」


 えっと。

 論破、できてなかった。


「魔法って、なんでもアリなんだね」


 ちょっと呆れるぐらい万能じゃん。


「そうでもないにゃあ。それ相応の魔力や触媒を用いないといけないし、精密で限定された法則に則って行使されるのが魔法にゃ。魔法を使用するよりその条件をクリアすることの方が実ははるかに難しいにゃあ。むしろなんでもアリだったのは主様マスターの方だったにゃあ?」


 あ、ちょっと納得。

 お父様──────ゼパルはオレが知ってるだけでもなんでもできちゃう完璧超人だったね。

 娘である本来のラァラの容姿から考えると、綺麗な奥さんと娘さんまでいるとか、色んな人から嫉妬されてそう。


「では姫、次は『外界』の基礎知識にゃ。何かわかることはあるかにゃ?」


「そっちは全然わかんない」


 調べようとも思って無かった。

 だって調べようにも、何を調べたら良いのかすらわかんないんだもん。


「よろしい。素直にゃあ? ではこちらをご覧になるにゃあ?」


 2号が教鞭の先をくるりと回すと、モニターに映し出される映像がパッと変わった。

 今の動き、魔法使いみたいだった! あ、2号も魔法使いなんだっけ。いっけね。


 変更されたのは、世界地図?

 オレの前世の記憶にある世界地図とは全く違う。


 ざっと見るだけで中央で円を描くように配置されている一際大きな大陸が7つ。

 四隅に点在する小さな大陸が4つ。


 その周囲に無数の島が散乱していて、何より地図の上が真っ白な雲、地図の下が真っ黒な雲っぽい影に覆われている。


「これが『外界』の地図にゃあ。月面から観測しているこの地図はおそらく世界で最も正確で細かい地図になるにゃ。一般に流通してる地図は精度も悪くて形も曖昧な粗悪品にゃ」


 限界まで背伸びをした2号が、教鞭の先っちょで大陸の一つを指し示した。


「この7つの大陸が一番上の右から時計まわりで『火炎フレイラール大陸』、『氷雪フロスティア大陸』、『雷雲ボルトール大陸』、『春風ゲール大陸』、『流水ウォータル大陸』、『岩土ガンドール大陸』、『黄金エルドラド大陸』」


 順番に一つ一つを示しながら、2号は淡々と説明を続ける。

 オレはと言えばもう頭の中がグルグルだ。


 待って、早い! 説明するの早すぎておっつかない!


「七大陸を称して『第七元大陸エレメント・セブン』と呼ぶにゃあ。その周りにある四つの小規模な大陸が四方宝角フォースと呼ばれていて、北東が『双剣ソード』、南東が『双杖ワンド』、南西が『双玉オーブ』、北西が──────」


「2号、2号待つにゃ。姫がパンクしそうになってるにゃあ?」


 えっと、せぶんが4つの、そーどがおーぶで、ほくとうがえれめんと──────。


「おっと、急ぎすぎたにゃあ?」


「2号は語り出すと相手のことなんかお構いなしに早口になるにゃあ? もっと生徒の事を考えるにゃあ。せ・ん・せ・い!」


「な、なんでそんなトゲのある言い方するにゃあ? ぼ、僕だって頑張ってるにゃあ!」


「頑張ってるのはわかるけど、ちょっと身勝手がすぎるにゃあ! 姫の前に出るって言うのにそのヨレヨレの服と毛はなんにゃあ! 先生役なのに教育に悪いってどう言う事にゃあ!」


「それは時間が無かったからにゃあ! 姫の魔核の内部計測と調査を夜通しやってたら、いつの間にか朝だったにゃあ!」


 えっと、ななたいりくが、エレメント・セブンで、フレイラールとフロスティアとボルトールとゲールと、あと、あとなんだっけ???


【ウォータル、ガンドール、エルドラドです姫】


 あ、ありがとうイド。

 それと、北東がワンドで、南東がオーブで。


【北東がソード。南東はワンドです姫】


 う、うん。


 だから、南西がオーブで北西が──────北西ってなんだっけ???

 あれ???

 なんだっけ!!??


【姫、落ち着いてください。それはまだ説明されていません。イドのデータによると北西は『双弓ボゥ』です】


 う、うぅぅううううう!!!!


【姫、落ち着いてください。何度も言います。落ち着いてください】


 こ、こんな一度に言われても!

 わかるわけないじゃん!

 覚えられるわけないじゃん!


【そうですね。イドもそう思います。ええ、これは2号が悪い。姫は悪くないです。だから何も泣かなくても】


 な、泣いてない!

 泣いてないやい!


 くっそう……この身体になってからなんか感情を隠すのが下手になった──────ていうか、感情の振り幅が大きくなった気がするぅうう。


「そもそもにゃ! いくら私たち人工猫妖精ケット・シーでも三日も完徹したら疲弊するに決まってるにゃ! 自分の体調も管理できないくせに先生ぶるなんて、ちゃんちゃらおかしいにゃ!」


「ぼ、僕は3号と違ってやるべき事が難解で数も多くて時間も限られてるにゃ! そんな中で限界を見極めてちゃんとギリギリのところで体調を保ってるにゃあ!」


「かっちーん! 私の仕事は大変じゃないって言いたいにゃあ!? 姫のお世話をするために、私がどれだけ考えて心配して気を遣ってるか知らないからそんにゃ事言えるにゃあ!」


「べ、別にそうとは言ってにゃいにゃ! 3号が僕を馬鹿にするような言い方するからにゃあ! 3号だって僕の仕事の大変さを知らないくせに勝手な事言ってるにゃあ!」


【姫、2号と3号を止めるべきでは?】


 ぐすっ、えぐっ、しっ、知らない。


 姫は、えぐっ、お勉強でっ、ひっく、忙しいので。


【──────そ、そうですね。大丈夫です。イドと一緒に復習しましょう。姫はゆっくりやればちゃんと覚えることのできる賢い方ですから】


 うん。

 あ、ありがっ、えぐっ、ありがとう。


「大体、研究室の片付けだって何度言ってもやらないにゃあ! 結局私がやるまで自分からは絶対動かないし──────!!」


「あれはあれでちゃんと片付いてるにゃあ! 汚れている様に見えるのは3号が資料の読み方を知らないからにゃあ──────」


【これは、今日の授業はもうお開きですね】


 うぐっ、えぐっ、なっ、なんか言った?


【いえ、大丈夫です。手元のタブレットをシステム・イドのアーカイブ閲覧権限を迂回させて操作しますので、少々お待ちください】


 う、うん…………お願いします。


 そのまま、オレとイドは二人だけで授業の復習を始める。

 3号と2号の喧嘩は、このあと小一時間ほど止まることは無かった。

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