第31話 よく学べ!→よく遊べ!⑧

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「というわけで、今日から僕が姫の座学を担当するにゃあ! 授業中は僕のことを先生と呼ぶよーに!」


 2号が大きなモニターの前で腕を組んで、ふっふんと鼻を鳴らした。

 大きな眼鏡の白衣を着た三毛猫──────2号が自分の部屋である研究室から出ているのを見たのはこれが初めてかも知れない。


 頭の毛のところどころがぴょんぴょんと跳ねているのは、寝癖なのかただの無精なのか。

 とりあえず、白衣がヨレヨレでちょっと汚いから、2号には一度お風呂に入ることをお勧めします。


 この大きなモニターのある部屋は、オレの私室の真向かいにある『勉強室』。

 そこに案内されてしばらく待っていたら、なんだかヤケにテンションの高い2号が大きなタブレットを持って入ってきて、『倉庫』から踏み台のような箱を取り出してよじ登り、盛大にドヤった。


 聞いてない。


 オレ、今から勉強するとか、聞いてない。


「はい先生!」


 2号のノリに合わせて、元気よくビシッと右手を上げる。


「はい姫!」


 すると2号は金属製のコンパクトな教鞭を伸ばして、その先端でオレをビシっと指した。


「お外がいい天気です!」


 ピクニックを終えてから三日間ずっと、叡智の部屋ラボラトリの屋敷周辺は大雨だった。


 なのでオレはちょっと退屈してたのだ。

 屋敷の中でやれることと言えば、書庫に行っての読書とか1号の作業を見学するぐらい。

 本を読むのは好きだし、元男の子としては1号の機械いじりを見るのは楽しいんだけど、やっぱりちょっと窮屈だった。


 お目当てのお父様に関する書物は今じゃオレの部屋のベッド脇に山と積まれていて、全部読むには相当な時間がかかりそうだし、ずっと読書っていうのはやっぱり飽きちゃう。

 

 なので、せっかく久しぶりに晴れたのだからちょっとぐらい外に出たい!


 どっか行きたい!

 屋敷の反対側にある森の奥に大きい滝があるって4号が言ってた!

 滝見たい!


「そう! お外は良い天気にゃ! 太陽の熱が身体をじりじりと焼くわ、湿気で毛が絡まるわ、歩くと疲れるし面倒臭いにゃ! なので絶好のお勉強日和です!」


「に、2号の引きこもりっ!」


「引きこもって何が悪いにゃ! 研究は捗るしやることはいっぱいにゃ! ああ、室内サイコー!」


 な、なんてツワモノなんだ……! オレの文句が一切効いてない!


 ていうか、なんでこんなテンション高いんだ?

 ちょっと怖いです……。


「あの馬鹿……また懲りずに何日か徹夜してるにゃあ……?」


 オレが座る勉強机の後ろで、今まで黙ってジロリと2号を睨んでいた3号がボソリと呟いた。


 その声色にオレの背筋がぞくりと震える。


「にゃはははっ! じゃあ姫! 早速勉強を始めるにゃあ! 勉強は良いにゃあ! 己を高めてくれるにゃあ!」


 ね、ねぇ2号! 2号ってば!

 3号のこの怒気に、気づいておいででない!?

 オレなんかあんまりにもビビりすぎてちょっと脂汗が出てきてるんだよ!?


「んじゃあ、まずはこの『叡智の部屋ラボラトリ』と呼ばれる異界と、外界の基本知識から始めるにゃあ!」


 ビシぃっと教鞭を振って変なポーズを取る2号。

 ほ、本気で気にしてないの!?

 この空気を!?


 す、スリーパーズハイって恐ろしい……。


「……終わったら──────おしおき──────泣かす──────」


 ひぃっ。

 こ、怖い。3号が後ろでブツブツブツブツ恐ろしいワードを呟いているっ!

 泣かすって何!?

 なんで3号は2号にだけ厳しいの!?


「では姫? 叡智の部屋ラボラトリとは何か。答えられるにゃあ? 最近書庫で資料を読み漁ってるって聞いたにゃあ?」


 ブゥンって音と共に、2号の背面にある大型モニターが映像を映し出した。

 そこに表示されているのは……惑星?

 

 前世の記憶と照らし合わせたら、宇宙から撮影した地球の全景とそっくりな星の写真みたいだ。


「え、えっと」


 オレはなんとなく席から起立して、答えを頭の中でまとめる。

 悲しいかな……学校ってイメージのせいだと思う。別に立たなくても良かったよね?


「お父様──────大魔導師ゼパルが超巨大な魔石を基に構築した、『小さな異界』の名称です。小さいって言っても、本当はとっても大きいです」


 イドに教えて貰った知識をそのまま答えとする。

 だってオレが書庫で読んでいた本って、ほとんどお父様の伝記だもの。

 この授業のために予習していたわけじゃないよ?


「答えとしては89点! ちょっとだけ惜しいにゃあ? それでも最初の授業としては素晴らしい回答にゃ! 後で花丸バッジを進呈するにゃ! 10枚集めたら姫が欲しい魔道具を一個作って上げるにゃあ!」


「え、えへへ」


 褒められちゃった。

 ていうか何そのご褒美システム。ちょっと興味深いぞ?

 こいつ、生徒のやる気を出すプロだな!?


「ではその『超巨大な魔石』とは何か、知っているかにゃあ?』


「えっ? あ、あう。あの、その」


 し、知らない。

 まだイドに教えて貰ってない!


 イド!


【カンニングは推奨しません。授業中はイドを頼らないように】


 け、ケチ!


【ケチではありません】


 む、むううう。

 さっきせっかく褒められたのに……。


「わ、わかりません」


 諦めて素直にそう告げると、2号の眼鏡がキラリと光った……ような気がした。


「ふっふん! そうにゃそうにゃあ? 姫もまだまだだにゃあ?」


 し、仕方ないじゃんか!

 知らないことの方がまだ多いんだから! オレは!


「では手元のタブレットを見るにゃあ。これは研究室のアーカイブと直結しているから、いつでも好きな時に閲覧できるにゃあ? あ、でもまだ姫に見せられないデータもあるからそこだけは注意にゃ」


 言われた通りタブレットを覗くと、モニターと同じ星の写真が映し出されていた。

 その周りに細かい文字で、『面積』とか『全長』とか……『公転周期』? 『衛星軌道』?

 なんだか、SFチックな事が書かれている。


主様マスターが異界を作成する際に必要としたのが、一世界を構築するための魔力を常に放出・吸収していて、尚且つそのサイクルが一定である魔石だったにゃあ。必然、その規模は通常の魔石なんかとは比べ物にならないぐらいの大きさを有していないといけないにゃあ?」


「し、しつもん! はい!」


 わからない単語をわからないままにしてたら、ドンドンわからなくなりそうだったので、オレは慌てて手を上げる。


「はい姫!」


 なんでこいつ嬉しそうなんだ。ちょっと腹立つなぁ。


「魔石って! なんですか!」


 イドなんかがしれっと話すから聞くタイミングを逃し続けていたけれど、そもそも魔石って何さ!

 ゲームとかでしか知らない単語なんだよ!


「良い質問にゃ。魔石とは『魔力を有している鉱物』の総称にゃ。より学術的に言えば、『魔力によって変性し、魔力を貯留する構造となった鉱物』が正しいにゃあ?」


 ふ、ふむふむ。


「地下深くに元々存在していた鉱石の岩盤と、地脈の流れから逸れた魔力の流れが交差する場所で主に採れるにゃ。故にその数は限りがあるのだけれど、採掘される量と年々変性して生み出される魔石のバランスはまだ釣り合ってないから、今のところ魔石が枯渇するなんてことは起こっていないにゃあ。まぁ、採掘技術の向上と共にいずれ起こり得ることではあるけどにゃあ。あと数百年はまぁ、大丈夫かにゃあ?」


 まだ、まだ理解できてる。大丈夫。


「魔石の種類については、話始めると一日じゃ終わらなくなるから、今日のところはこれぐらいの説明にしとくにゃ? はい姫、魔石について復習するにゃ? 魔石とはなんのことか、答えるにゃあ?」


 え、えっと。

 そんな急に言われても。


「あ、あう。あの、『魔力によって変わっちゃった鉱物』……です」


 自信なさげにそう答えると、2号の様子を伺う。



「にゃあ。今日のところはその認識で間違いにゃいにゃあ? 

 

 あ、大丈夫そう。うんうんと楽しそうに頷いている。


「では叡智の部屋ラボラトリほどの巨大な異界を構築できて、尚且つ内包魔力が枯渇せず循環できるまでに余裕のある魔石──────なんて存在しうるのか。結論としては、存在したにゃあ。しかもそれはずっと目立つ場所にあったにゃあ。でも見つけられたのは主様マスターだけにゃ。他の魔術師や学術の徒は、ソレが魔石だったことすら考えもつかなかったにゃあ」


 2号の説明に合わせて、手元のタブレットに映された惑星の映像がグンっと小さくなった。

 やがて、その隣に今までの惑星よりもはるかに大きな惑星が飛び出てくる。


主様マスターが見つけた超巨大な魔石とはなにか。それは常に空にあって、ずっと地上を見つめていたにゃあ」


 あ、それって。つまり。


「そう、この叡智の部屋ラボラトリとは──────『月』と言う魔石を核として作られた、新たな月面世界のことにゃあ!!!」


 な。ななな。

 な!


 なんだってー!?

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