第30話 よく学べ!→よく遊べ!⑦


「──────ぷぁっ!」


 4号に腕を掴まれたまま、オレは勢いよく水面から飛び出した。


「──────ふぁっ、ぷはぁっ、ぺっ、ぺっ!」


 泥食べちゃった! 苦い!


「はー、びっくらこいたにぃ」


「ぺっぺっぺっ、一体何がどうな──────」


 舌の上にこびり付いた泥を吐き出しながら、聞き慣れた4号の声に顔を向ける。


 誰だお前。


「うわぁ、毛の奥までびっしょびしょにぃ……アタシの毛、乾きにくいから大変なんだ──────姫? なんて顔をしてるにぃ」


「よ、よんごう?」


「なんだにぃ?」


 あらぁ、随分とまぁ……ほっそりしちゃって。

 あんなにもっこもこしてた白い体毛が、しっとり濡れて垂れ落ちている。


 なんだかモップみたい……。

 いや、それは4号に失礼だ! 反省しろオレ! 反省して!


「──────ぷにゃあっ! 死ぬかと思ったにゃあ! 本当に死ぬかと思ったにゃあ! もう少しで結界の中の空気も無くなるところだったにゃあ!」


 オレが自責の念に駆られていると、すぐ目の前の水面に大量の気泡と共に3号が現れた。

 こちらも4号に負けず劣らずのしっとり感。だが黒い体毛は水滴に反射した日光のおかげでつるっつるのピッカピカ。

 まるで黒い大理石みたいやー。


「3号も無事にぃ?」


「無事じゃないにゃあ! 稼働時間が一年は縮んだにゃあ!」


「この程度じゃ縮まないから安心するにぃ。ほら、さっさと岸に上がるにぃ」


 促されるがままに4号の身体にしがみ付いて、オレたちはゆっくりと湖畔の岸辺に辿り着いた。


「ふぅふぅ、あとでボゥトを回収しないといけないにゃあ。それにしても、本当に予想外だったにゃあ」


 濡れたメイド服のスカートの裾を摘んでぎゅうっと絞りながら、3号は肩を撫で下ろした。


「アタシも面食らっちゃって行動が遅れたにぃ。不甲斐ない……」


 4号なんて自分の毛を絞り出したぞ?

 あ、オレも髪の毛絞らないと。

 慣れないんだよねぇこれ。


「んっ、しょ」


 顔を右に傾けながら、いつの間にか解けてしまった髪を束ねて上から下へと水を絞り落とす。


「ああっ、姫そんにゃ乱暴にしちゃダメにゃあ! 私がやってあげるからもう少し待ってるにゃあ?」


「あ、うん」


 そんな乱暴だったかなぁ?


「さっき、何が起こったの?」


 手持ち無沙汰になったので、離れたところでぶるんぶるんと身体を震わせて水気を払う4号に聞いてみた。


 どうなってんのその毛。あっという間にごわごわになったんだけど。


「姫、全然気づいてなかったにぃ?」


「う、うん」


 だって、イドとお喋りしてたし……。


「姫は驚くべきことに、湖の水を全部上空に跳ね飛ばしちゃったにゃあ」


「湖の水を──────全部!?」


「そうにゃあ? それが全部いっぺんに、同じ場所に集まって落ちてきたからあの惨事にゃあ!」


 え!? この湖の水を!?


 慌てて水面とその先を見た。

 オレらが立っているこの湖畔以外は、全て水平線と言っていいぐらい広いこの湖の……水を?


「う、嘘だぁ。できっこないよそんなぁ」


 またオレをからかってー。


 あはははは……え? 本気?


「末恐ろしいにぃ。『操作』も『増幅』も『変化』もしていない、ただの『放出』でこれとは……2号に詳細を報告する必要があるにぃ」


「後で私がやっておくにゃあ? それにしても、あれだけの質量の水を跳ね飛ばしておいて、まだ全然魔力を消費していないとは……どう考えても主様マスターが想定していたスペックを遥かにオーバーしてるにゃあ」


「これで魔核の活性化率が最大値のまだ半分にも達していないとか、さすがに測定器の不具合にゃんじゃないかにぃ?」


「それはないにゃあ。アレは1号が特に気をかけて整備しているし、私も二日に一度テストとして測定に参加してるにゃあ? コンマ単位まで正確に測れてるにゃ」


 あ、あの。


「どっちにしろ今後の教育プランを大幅に変更する必要があるにぃ」


「体力面でも成長が早い傾向にあるにゃあ? 対応できるにゃあ?」


「まぁそっちはどうとでもなるにぃ。予定を早めるだけで済むからにぃ? 学力や知識の面でも、姫は物覚えも順応性も高いにゃ。知識データが完全にインプットされている証拠にゃ。そっちは2号に任せておけば大丈夫にぃ。」


 ねぇ。


「となると、当面の問題は魔法学にゃあ……。私が当初予定していたカリキュラムを、もう4ランクくらい引き上げて見るにゃあ? この様子だと基礎を習得するのに一日かからないかもしれにゃいにゃあ」


 さんごうさーん。


「それって最盛期の魔法院アカデミー最高学年より難しいにぃ? そこから始めてパンクしちゃわないかにぃ?」


「大丈夫にゃ! こんな凄い資質を腐らせるなんて、賢者の創造物たる私たちの名折れにゃ! 姫を立派な大魔導師にして見せるにゃあ!」


「張り切りすぎもあんまりよくないにぃ……」


 よんごうさーん!

 イド! 3号と4号がオレのこと無視するんだけど!


【──────姫、少しお待ちを。ただいまシステム・イドは先ほどのオーバーフローで傷んだシステム基部を全力で修正しております】


 お、おう。

 それは大変そうだ。


 邪魔してごめんね?


【申し訳ございません。20分ほどで終了する予定です】


 う、うん。頑張ってください。


 自分のことなのに完全に蚊帳の外にされ、頼みのイドすらオレの相手どころじゃない。


 どうしていいか分からなくなったオレは、とりあえず湖に足を浸して遊んでおくことにした。

 はぁ、気持ちいい。


 決して逃げた訳じゃない。


 逃げてなんかないもん!

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