第22話 誰が流した涙なのか→泣いているのは誰なのか④


「──────あ」


 未だ微かに痛む喉を通り、吐息が熱を伴って口から漏れる。


「あ、あぁ──────あぁあああああああっ」


 声を出そうとすらオレは思っていない。

 でも口を閉じたままだと、抱え膨れ上がったこの気持ちに──────感情に耐えきれず壊れてしまうと思った。


 だから無意識に口を開け、吐き出す様に嗚咽を叫ぶ。


「──────あぁああああああっ! うあぁあああああああああ!」


 涙が止まらない。

 瞳に溜まった滴が頬を伝い、顎に集まって落ちる。

 次々、次々と。


 その姿を見た。

 あの遺言動画で見た黒いローブの老人が、変わり果てた姿でそこに座っている。


 覗き込んだ窓からの距離は、多分10メートルぐらい。


 この分厚い隔壁と、ガラス板で隔たれたそこにゼパルは居る。


 少し歩けば届く距離。

 だけどどんなに頑張っても、どんなに身体を寄せても、オレはゼパルに触れる事はできないだろう。


 身体はそこにある。でも心はそこに無い。

 肉体は存在している。でも魂はそこに無い。

 想いは残している。でももう彼の意思はそこに無い。


 初対面の──────しかも急で一方的に与えられただけの関係性しか無い、なんの思い入れも無い老人。


 なのになぜ、オレはこんなにもあの人が愛しくて。

 なのになぜ、オレはこんなにも悲しんでいるのか。


「ひっ、えぐっ、うぁ、ああぁああああああああっ」


 目頭が熱い。喉が焼ける様だ。

 心臓が握り潰されているかの様に締め付けられる。

 頭を掻き毟りたくなるぐらいに、心がかき乱される。


 分かっている。

 泣いているのはオレの身体だけど、泣いているのはオレじゃ無い。


 この涙はオレの目から流れているモノだけれど、この涙はオレが流しているモノじゃ無い。


 ──────イド。


 イド、教えてほしい。

 お願いだから、オレの声を聞いてくれ。


 なんで、そんなに悲しんでいるの? 


 どうして、そんなに大声で──────泣いているの?


【──────あ、ああああああああっ! うわぁあああああああっ!】


 精神の深い場所に彼女イドの慟哭が響き渡り、オレの内側が大きく振動している。

 その揺れに耐えきれず、オレはハッチのガラスに額を押し付けて、白い結晶──────魔石と成り果てたゼパルの亡骸を瞬きもせず見つめ続けている。


 強く握った拳はゼパルとオレの肉体を隔てるガラスと隔壁に押し当てて、徐々に力を失い始めた身体を支えきれず、腰から床に落ちる。


【──────あぁあああああああっ! わぁあああああああああああっ!】


「──────い、いどっ。なかっ、ひぐっ、なかないでぇっ──────あぁ、ああぁああああっ!」


 オレとイド。


 二人のぐちゃぐちゃになった感情が混ざり合い、もうどの声が誰のモノなのかも識別できない。


 叫びも、涙も、嗚咽も、悲しみも。


 全てオレとイドのモノ。


 激しすぎる激情の波にどうすることもできず、やがて治りかけていた喉が再び擦れるまで泣き続けて──────そしてようやく疲弊しきって泣き止んだ頃、オレたちは自分たちが何故泣いていたのかを疑問に思うのだった。

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