第21話 誰が流した涙なのか→泣いているのは誰なのか③


「ん? なんにゃお前ら」


 3号と4号に両手を引かれた途端視界がぐるんと回ったかと思ったら、目の前に突然大きなレンチが現れた。


「姫に魔導炉を見せに来たにゃ。機関部、入っても大丈夫にゃ?」


「こんな遠いところまで……姫の部屋の周りを先に案内すべきじゃにゃいか?」


 3号の言葉に返事を返したのは1号だ。

 真っ白で左目の周りに大きなブチのあるその白猫は、呆れた様に浅くため息を吐くとじろりと3号を睨む様に見る。


「私だってそのつもりだったにゃ」


 ふんす、と大きな鼻息を吐いて3号は横目で4号を見た。


「にはははは。アタシがここまで連れて来たにぃ」


 ボリボリと頭を掻きながら4号は笑う。

 この子、都合が悪いと笑って誤魔化す癖があるな?


「いちごう、まどうろ。みても、いい?」


 どうやらこの部屋を主に管理しているのは1号らしいと、今までの流れから察している。

 突然仕事場に邪魔者が入ってきたら、そりゃ良い気はしないだろう。

 なのでとりあえず、見たいって言ったオレが了承を得るべきだと思った。


「……別に聞かなくてもいつでも見ていけばいいにゃあ。この屋敷は全て姫の所有物にゃ。とは言っても触られると困る部品や計器がたくさんあるから、見学する時は俺っちか2号に声をかけるにゃ」


 ぶっきらぼうにそう答えて、1号はオレから視線を逸らしてなにやら細いケーブルの束を片手で持ち上げた。


 担いでいた大きなレンチを側に置き、地面にどっしりと腰を落とす。


「あ、ありがとう」


「礼はいらにゃいにゃ」


 それだけ言って、1号は黙々と作業に集中し始めた。


「オマエはもう少し愛想ってもんがあればいいのににぃ」


「愛想が良い1号にゃんて不気味にゃあ。さあ姫、1号の許可も貰えたし、早速機関室にいくにゃあ」


 メス猫たちが1号のことをボロクソに言いながらオレを部屋の奥へと促す。


 一度振り返って1号の姿を見る。


 難しい顔をしながら作業を進めるその姿が、なんだかとっても格好良かった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 巨大すぎてその全てが確認できない魔導炉。


 猫たちに案内されたオレは、その壁の一部分にポッカリと空いた窪みの様な場所にたどり着いた。


 各部がモロに機械的でなければ洞窟の様にも見えるその窪みの奥は、とても深そうだ。


「ここから先は、姫一人で行くにゃ」


「え?」


 それぞれ繋いでいたオレの手を離して、3号と4号が同時に背中を押す。


「そうだにぃ。ここからは姫と主様マスターだけの時間にぃ。アタシらはここで待っているにぃ」


 2匹ともなんだか悲しそうな、それでいて心配そうな笑顔を浮かべている。


 ……ど、どうしよう。

 イドもさっきから何も喋らないし、この世界に来て一人で行動するのは初めてだ。

 なんだか怖い。


【姫、大丈夫です】


 イド?


【すいません。先ほどまで少し機能に微細なエラーが出ていました。姫の精神にはなんの影響もございませんのでご安心を】


 う、うん。本当に、大丈夫?


【ええ、システム・イドは十全に姫の思考と精神を保護しております】


 そうじゃなくて、イドのこと。


【──────イドは、大丈夫です。魔導炉の姿を目視した瞬間、イドの思考ルーチンに微量なノイズが確認されましたが、今は正常に作動しております】


 それなら、良いんだけど。


「じゃ、じゃあ。みてくる……ね?」


「行ってらっしゃいにゃ」


「ごゆっくりにぃ」


 2匹はひらひらと前足を振ってオレを見送る。


 その空気に飲まれてしまってなんだか緊張しているオレは、一度ゴクリと唾を飲み込んで、覚悟を決めて機関室へと繋がる窪みへと足を踏み入れた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その洞窟の様な窪みに、照明はほとんど無かった。


 有るのは壁の下の方に点々と設置してある、淡いオレンジ色の誘導灯のみ。

 それもかなり明度を抑えていて、床の表面だけしか照らされていない。


 足下すらしっかり視認できない暗闇。転ばない様に壁に手を付けながらゆっくりと進んでいく。


 どのぐらい歩いただろうか。

 多分5分とか。いやもしかしたら10分は歩いているかも知れない


 魔導炉の稼働で鳴り響く機械音が耳の奥で反響し、その振動で身体の内部から揺らされている。


 時間の感覚が曖昧で、暗闇のせいで進んでいるのか足踏みしているのかわからなくなってきた。


 でも──────なんだろう。


 不思議と、怖くない。

 まるで『何か安心できるモノ』に、優しく抱かれている様な。

 とても『懐かしくて大事な人』に、守られている様な。


 そんな感覚を覚える。


 やがて通路は突き当たりに差し掛かった。


 あるのはただの壁。

 その中心に大きな鉄板が有った。

 分厚い鉄板の下の方には、無骨で飾り気の無い取手が付いている。


【姫。そのハッチを開けば魔導炉機関部の燃焼室が覗き込めると思われます】


 イドは、魔導炉の事知らないの?


【設計図や稼働データ、各部名称などの知識としてなら存じております。ですがイドは姫の精神の内面にしか存在できない情報生命体。猫たちですら把握していない秘匿のシステムです。姫を通して見る全ての物は、イドにとっても初めての物です】


 そっか、じゃあ一緒に見よう。


【ええ、イドは常に姫と一緒です】


 少しだけ乱れた息を整えて、両手でハッチの取手を握る。


「ふっ、んんんんんっ」


 この小さな身体には重すぎる分厚い鉄板を、全力で持ち上げた。


 プルプルと腕が震える。

 ガクガクと足が震える。

 バクバクと心臓が震える。


 でも、見る事を諦めようとは思わなかった。


 やがてある程度までハッチを持ち上げると、カチリとした音と共に鉄板が固定される。

 手を離しても落ちそうにない事を確認して、オレはゆっくりと手を離した。


 その先にあったのは、ガラス板。


 魔導炉内部から漏れる青い発光を和らげるためなのか、完全な透明ではなく黒いフィルムの様な物でコーティングされている様だ。


 ぺたぺたとガラス板を触る。

 ん。手をひさしの様にして影を作れば、中の様子がもっと見えそう。


 両手をおでこの前につけ、指をまっすぐ伸ばしてひさし型にする。

 鼻がガラス板にくっ付いて、ちょっと冷たくてびっくり。

 

 魔導炉なんて名前から勝手に、内部はとっても熱いんだろうなーと思っていたんだけど、実際はそうでも無さそう。


 ピカピカと明滅する青い光の粒が充満している、とても広い円形の部屋。


 それが魔導炉機関室、燃焼室の内部の光景だった。


 その中央に、『彼』は居た。


 質素な、簡単な造りの椅子に腰掛けて静かに眠りに付いていた。


 その口元はまるで微笑んでいる様にも、哀しんでいる様にも見える。


 真っ白な結晶に覆われて、不思議な青い光に溢れるどこか寂しい部屋の真ん中で一人。






 大魔導師ゼパルは、オレ『たち・・』が来るのを──────ずっと待っていた。


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