第20話 誰が流した涙なのか→泣いているのは誰なのか②
「よし、開いたにゃ」
ドアノブを握ったまま5分ほど動かなくなっていた3号が、突然そう言って振り向いた。
「3号はこの扉を開けるのが上手だにぃ。アタシなんて1時間ぐらいかかるにぃ」
「4号と5号はほとんど魔力を持たないから仕方ないにゃあ。ほら姫、早く入るにゃあ?」
「う、うん。ひっぱらないで。おさ、ないで!」
前から手を3号に引かれ、背中を4号に押されて扉を抜ける。
なんでこの2匹、こんなに嬉しそうなんだ?
「さぁ──────これが魔導炉にゃあ!」
テンションぶち上げで大声を張り上げた3号が、芝居じみた動きで右前足を差し出した。
「──────ふわぁ」
思わず感嘆の声が出た。
すぐ目に映ったのは、ほんのり青い光のライン。
そのラインをなぞる様に視線は誘導され、ソレの姿にすぐに気づく。
見上げてもなお全体が把握できないほど巨大な、下半分が地面に埋まっている球体の機械。
上部から大量の煙と細かい光の粒子を放ちながら、そして無数の青い光の線に覆われてソレはそこに鎮座していた。
これが──────『魔導炉』。
まるで幾何学模様の様にも見えるそのラインの上で、一際輝く光の塊が不規則に行き交っている。
部屋が暗いからか、それとも単純に遠すぎるからか。どんなに目を凝らしても天井が確認できない。
右を見ても左を見ても球体の端っこは見えない。
部屋自体が丸みを帯びているらしく、壁に沿って座席とコンソール見たいなものがずらっと並んでいる。
見た目はとっても近未来的。
これで名称が『魔導炉』なんて言うんだから、ファンタジーなのかSFなのか判断に困る。
大口を開けて呆気に取られていると、鼻にツンと来る匂いに思わず顔をしかめてしまった。
よく見ると床や壁は油で汚れていて、そこかしこに汚れた布が散乱している。
あんまり衛生的とは言い難いけど、不思議と忌避感は感じない。
なんだろう……なんかとても、懐かしい気がする。
どうしてだろうねイド。
……イド?
あれ?
イド、どうしたの?
「姫、こっちにゃ」
「あ、うん」
3号に手を引かれて、部屋の奥へと足を踏み入れる。
「うへぇ、こないだ大掃除したばかりなのにもうこんな汚したにゃあ? 勘弁してほしいにゃあ。姫の教育に悪いにゃあ」
「仕方ないにぃ。魔導炉の整備と点検、それに調整は1号しかできないにぃ。アイツに部屋と仕事場の掃除なんて概念、存在している方が笑えるにぃ。でも不思議と工具箱や本当に汚しちゃいけないところは驚くぐらい綺麗にぃ。ほとんど同じ個体のはずなのに、1号に関してはさっぱり理解できないにぃ」
「技師タイプの1号は職人気質だからか、気を遣うところと遣わないところのギャップが激しいにゃあ。それでも使ったものを片付けるぐらいはできるはずにゃんだが、どうしたものかにゃあ。この部屋の掃除、触っちゃいけないものとかあるから私一人じゃできないにゃあ。1号をその気にさせるの毎回難儀してるにゃあ?」
「3号は大変だにぃ」
「誰かさんが逃げずに手伝ってくれたら大変じゃなくなるにゃあ」
「姫、あれとか凄いにぃ。ほらあの光るモニター。光ってるにぃ。とっても光っているにぃ」
オレをダシにして説教から逃げるのやめなよ4号。
わいわいと騒がしくしながら、オレたちは魔導炉へと近づいていく。
あれ、歩いても歩いても──────魔導炉に辿り着けない。
ていうか、どう考えても歩いた距離と実際に見える景色の縮尺がおかしい。
部屋の入り口から見た時と、今見てる魔導炉のサイズが……変わってない。
んん? なんか距離感がおかしくない?
「えっと、ここら辺だったかにぃ?」
「4号、もうちょっと先にゃあ。そうそう、そこそこ」
4号と3号が突然足を止めた。
何かを確かめる様に床をたしたしと踏みつけて、たまに魔導炉を見ながら相談をしている。
「姫、もっと私に近寄るにゃあ?」
「なに、しているの?」
オレの手を引く3号に聞いてみる。
この世界に来てわからない物や事が多すぎて、機を逃したらなにが分からなかったか忘れそうだ。だから今聞く。すぐに聞く。
「この部屋は扉のセキュリティの他にも、いくつかのトラップが用意されているにゃ」
「今探しているのは、捻れて寸断された亜空間へと入るための入り口にゃ。これを見つけられないと、永遠に同じ区画をウロウロするハメになるにゃあ?」
えっと、無限ループ見たいな感じかな。
ずっと同じ場所に閉じ込められちゃうって事か。
怖ぁ……。
頭の中でそんな疑問や感想を思い浮かべても、イドは答えてくれない。
イドが稼働していて、ずっとオレを通して外を見ている気配は感じている。
ただ、何も言わないだけ。
胸の奥に、締め付けられる様な悲しみだけが──────伝わってくる。
それはきっとイドの悲しみなんだろうなって、オレはなんとなく確信していた。
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