第16話 剣の猫→メイドの猫①
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不覚。
不覚である。
朝ごはんで満腹になって二度寝してしまうとか、ますます赤ん坊の様なことをしてしまった。
寝覚め良くスッキリぱっちりな目で二、三度瞬きをする。
覚えているのは、食後の甘くて温かいお水を堪能していたところまで。
気がつけばここはオレの部屋で、枕に顔を埋めて丸まっていたところで目が覚めた。
ぐぬぬ。
自分の身体なのに自分で制御できない。
ちょっともどかしい。
イド、オレって何時間ぐらい寝てた?
【2時間と35分、50秒ほどです】
結構寝てるじゃん。ぐっすりじゃん。
【現段階での姫の体力では致し方ないことです。寝ることで育つのです】
ますます赤ちゃんじゃん。
むくりと身体を起こして、部屋の中を見渡す。
窓から差し込む陽光がポカポカと暖かそう。
にじにじと広いベッドの端まで移動して、体勢を変えてベッドにしがみつきながら降りる。
ちょっと高いんだよねこのベッド。頑張らないと足がつかない。
「ん、しょっと。おっとと」
最後に意を決して飛び降りて、バランスを崩しかけてふらついてしまった。
ん。大丈夫。
まだこの小さな身体を支える小さな足に慣れていないだけ。
あれ? 今思わず声を出してしまったけど、朝より喉の調子が良い様な?
まだ多少イガイガしているけど、普通に話す分には問題なさそう。
「あ、あー。あー……あ、い、う、え、お。か、き、く、け、こ……あぁあああああ!」
うっ……大声を出すのはまだしんどい……かな?
ちょっとだけ痛んだ喉に手を当てながら、窓に近づいて外の景色を見る。
ベッドと同じく、この窓の位置も今の身体からしたらかなり高い。
廊下の窓は一つ一つが大きくて、オレの身長の三倍ぐらいあったのにな。
外から部屋の中を見れない様にしているんだろうか。
背伸びをしながら窓枠に手をかけて身体を引っ張り上げる。
ちょっと足がプルプルしているけど、なんとか外の様子を伺うことができた。
最初に見えたのは森だった。
窓から大体10メートルぐらい離れていて、かなり深そうな森。
その手前は綺麗に刈り取られて整地されている芝生で、そこに4号の姿があった。
左目に眼帯をしていて、自分の身体より長い剣を背負う白いもこもこのメス猫だ。
今はその身体になんだかボロボロなマントを身につけている。
薄汚れた白地に、所々焦げた様な跡。
一見してみすぼらしくも汚らしくも見えるけど、でもその姿はとてもよく似合っていて、ちょっとカッコいい。
その様子を惚けて見ていると、4号は剣を両手で持って構え、静かに深呼吸を繰り返していた。
息に合わせて、小さなもこもこした身体が上下に揺れている。
深くて長い深呼吸。吸って……吐いて……吸って……吐いて。そして一度大きく吸い込んだその瞬間、4号の身体がフッと消えた。
「わっ」
ソレを見ていたオレはびっくりして思わず小さな声を出してしまう。
え、ええ?
4号? ど、どこに行った?
【姫、上です】
上?
イドに促されて窓から空を見上げる。
雲一つ無い晴天に中天の太陽が眩しく輝いていて、あんまりにも眩しいもんだから目を細めた。
「み、みえないけど?」
【降りてきます】
ソレはとても小さな黒い点だった。
米粒よりも小さい点は遥か上空でゆらゆらと揺らめいていて、一体ソレが何なのか全然わからない。
やがてその点は徐々に徐々にサイズを増していき数十秒経ってようやく、その点がはっきりとしたシルエットにまで拡大された。
4号が──────真っ逆さまに落ちてくる!
「うわ、うわわわ!」
慌てて窓から飛び退いて、覚束ない足で部屋の出口へと急いで駆けた。
「おち、おちる! 4号がおちてくる!」
大変だ! あんな高いところから落ちたらひとたまりもない!
助けなきゃ!
受け止めなきゃ!
【姫、落ち着いてください。あの高さから飛来する物体を受け止めるなんて無茶です】
で、でも4号が!
部屋の扉を勢いよく開けて、廊下に出る。
確か、廊下の窓は庭に繋がっていたはず!
あった!
鍵は、これか!?
ネジ式の鍵を大慌てでグルグルと回す。
焦りからか全然手が動かない。
早く、早く!
ようやく全てを回しきり、長い棒状のネジが関節部から折れて垂れ下がった。
外開きの窓を両手で力いっぱい押す。だがこの身体が非力なのか、それとも扉が元々重くて硬いのか、なかなか開いてくれない。
「ん、んんんんっ! だぁっ!」
奥歯を噛み締めて全力を込め、ようやく開いた窓の隙間に身体をねじ込む。
芝生の上を裸足で駆けて、もう一度上空を見上げた。
ああ! もう間に合わない!
4号!
落下が予測される場所まで、かなり離れていた。
今のオレの短くて小さな足じゃ、絶対に届かない。
それでも諦めきれずに足を一生懸命に動かす。
だけどダメだ!
もう、落ちる! 落ちてしまう!
来るであろう凄惨な現実に耐えきれず、オレは走りながらギュッと目を瞑った。
そのせいで足がもつれ、身体が前倒しにバランスを崩してしまう。
た、助けられなかった……。
まだ出会って間もないけど、4号はとても優しい猫だったのに……。
悔しい。悔しい。
まただ。
「姫? 何をしているにぃ?」
もふん、と顔が何か柔らかい物に包まれる。
「まだ走っちゃだめにぃ。3号に怒られるにぃ?」
撫で撫でと頭を撫でられる。
その声は聞き覚えがある。
これは──────4号の声だ。
ガバっと顔を上げて声の主を確かめる。
「よ、よんごう?」
「んー? そうにぃ? どうしたにぃ?」
キョトンとした顔で4号は小首を傾げた。
オレは完全に倒れる寸前、もう少しで身体が芝生にダイブしてしまうであろう角度で、4号に抱き抱えられている。
もっふもふで手触りの良いその身体は、身長なんてオレの半分も無いのにヤケにしっかりがっしりしていて。
オレが全体重を預けていてもびくともしない。
「よ、よんごうが、そらからおちてくるから……」
「ん? ああ、ちょうど屋敷の上空に鳥の群れが通過してたから、備蓄用に数羽落としてきたにぃ。ほら、ちょっと離れるにぃ?」
ばさり、と頭からマントを被せられた。
そのまま肩を掴まれて引き寄せられる。
やだ……この子、強引……じゃなくて。
「ん? んえぇええええええ!?」
どさどさどさっ! っと、まるで滝の様に落ちてくる何か。
南国っぽいカラフルな、そしてもっさりとした鳥達がざっと数十匹ぐらい庭に勢いよく落ちて来た。
「わ、わわわわっ。あわわわわっ」
ぐ、グロい!
グロすぎる!
合わせて落ちてくる羽のおかげでかろうじて鳥だって判別できるけど、ほとんどが寸断されてたり輪切りだったり、そして落下の衝撃で潰れてたりと、庭一面がまるで地獄みたいな光景に!
ひ、ひえええ!!
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、これでしばらくは鶏肉に困らないにぃ。ん? 姫? なんでそんな震えてるにぃ? こんなに暖かいのに?」
寒くて震えてるわけじゃ無いやい! 4号の馬鹿ぁ!
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