第15話 叡智の部屋→貴女の為の世界④


「まだ熱いからふぅふぅして飲むにゃあ。ふぅふぅ、分かるかにゃ?」


 底の深いお皿には、少しだけ黄色い乳白色のスープが湯気を出している。

 コーンスープ?

 いや、なんか違うっぽい。

 なんのスープだろう。


 隣に添えられた銀食器スプーンを掴んでみる。

 あれ、えっと。

 こ、こうだよね? なんで?


【姫。姫は転生前の身体を意識しすぎて、まだ今の身体に上手く最適化アジャスト出来ていないのです。掴みやすい様に握るのが一番かと】


 うまくスプーンが握れずに四苦八苦していると、イドがそう教えてくれた。


 あ、そうか。

 このサイズのスプーンに今のオレの手じゃ、サイズが合わないもんな。

 

 うーむ、御行儀は悪いけどグーで握るか。

 ちらりと横目で3号を見る。食器の持ち方で注意とか、されないよね?


「どーしたにゃあ? たぁんと召し上がれにゃあ」


 大丈夫そうだ。

 

 子供みたいに──────実際子供なんだけど──────スプーンの柄をぐっと握ってスープを掬いとる。

 これまた御行儀悪く溢さない様に食器に顔を近づけると、湯気で鼻先がチリチリとした刺激を受けた。

 熱い熱い。


「ふぅ、ふぅ」


 うーむ。

 今のオレの口ってかなり小さいから、あんまり息を吹きかけてる気がしない。


 大丈夫かな。

 行けるかな。大丈夫だよね?


「あんむ──────あつっ!」


 ダメだった!

 この身体、すっごい猫舌っぽい!

 前の身体じゃこの程度なんともなかったのに!


「あぅ、あひ、あちゅ、あつい。ん、ごっくん」


 ほふほふと口を窄めて息をして、なんとか口内のスープを冷まして飲み込んだ。


 ふぃー。死ぬかと思った。


 そんなオレの姿を、3号が半目で睨みながら見ている。

 

「ひーめー? ちゃんとふぅふぅするって言ったにゃあ? ほら、舌見せるにゃ。ベーして、ベー」


「んベぇ」


 やんわり叱られながら、言われた通り椅子の側に来た3号に舌を見せる。

 あんまりにも熱かったからちょっと涙目で、我ながら恥ずかしい。


 3号はオレの口の中を覗き込んで確認すると、呆れた様にため息を吐く。


「ん、大したことないにゃ。次からはちゃんとふぅふぅするにゃあ?」


「ご、ごめん、なさい」


 メイドって言うより、お母さんじゃん。

 一言ちゃんと謝って、オレはもう一度皿に向き直ってスプーンを沈める。


「ふぅふぅ……ふぅふぅ……」


 今度は念入りに、そして時々舌先でぺろりと舐めてみながら温度を確かめる。

 しばらくしてようやく安心できる温度にまで冷めてきたので、スプーンを一気に頬張った。


「あんむ…………んん?」


 んー、えっと。


「姫、どうしたにゃあ?」


 困惑するオレの様子に気づいた3号が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 とりあえず、一回それを無視してオレはもう一度スプーンを皿に沈めて掬い、また時間をかけてふぅふぅと冷ましてから口へと放り込んだ。


「……………………あじ、しない」


 さっきは熱すぎて味を感じないだけだと思ったけれど、やっぱりそうだ。

 薄い塩の味しかしない。

 多分、お芋──────ジャガイモみたいな物のスープなんだろうけど。


 全然、美味しくない。


「やっぱりも。だと思って別のスープを持ってきたも?」


 背後から声がして振り向くと、コック帽を被ったしましまのデブ猫──────5号がその短い片手にお鍋を持って立っていた。


「姫、おはようだも」


「おは、よう。ごごう」


 にゃはっと人懐っこい笑顔で朝の挨拶をしてきた5号に返事を返し、その手にある鍋を凝視する。


「2号の作った姫の食事用レシピ。栄養面は問題ないも。だけど味のことを全く考えずに作られてたも。ほら、こっちがちゃんと味を整えてある方のスープも。大丈夫、それでも普通よりだいぶ調味料を抑えてあるも」


 3号の三倍ぐらい大きな5号の身体は、ぶっちゃけ今のオレより大きい。

 なんの苦もなくテーブルの上にどこからか取り出した鍋敷を敷いて、お鍋をその上に置いた。


「3号、お皿を取るも」


「大丈夫にゃあ? 勝手なことしたら1号に怒られるにゃ。育成プランは1号と2号が作ってるにゃあ」


 そんな事を言いながらも、3号は5号にスープ皿を受け渡す。


「それにしたってあのレシピは酷いも。ぼきが怒られるだけで姫が美味しい朝ごはんを食べられるなら安いもんも」


 これまたどこから出したか分からないお玉で鍋をぐるぐるとかき混ぜて、5号はスープをお皿に注ぐ。

 猫たちがあの短い指でどうやって道具を掴んでいるのか、それはいまだに分からない。


「ほら、姫。召し上がるも? 絶対美味しいも」


 元々置かれていた皿と取り替えられる様に置かれた皿には、見た目はさっきまでのスープと何も変わらない様に見える。


 恐る恐るスプーンを入れて、ゆっくりと持ち上げる。

 同じ様に熱々なスープを時間をかけて丁寧に冷まして、意を決して口に放り込んだ。


「──────っ!」


 美味しい!

 すごい美味しい!


 何これ、こんな美味しいスープ、前世でも食べた事ない!


 もう一回スプーンをお皿に沈めてスープを掬う。

 ああ、冷ますのめんどくさい!

 もっとがぶがぶ飲みたい!

 でも熱い! 耐えられない!


「ご、ごごう! こ、これ……す、ごいおい、しい!」


「良かったも! さぁてじゃあ次の一品も急いで仕上げるも! ちゃんと消化に良い物を作ってるも! このダメだったスープはもう一回手を加えてぼき達のお昼の献立に使うも!」


 ふんふんと鼻を動かして、デブ猫コックさんは上機嫌に最初のスープのお鍋を掴んで持ち上げる。

 そしてドスンドスンと足音を立てながらどこかに向かって去っていった。


「一度味のしない方を1号と2号に食べさせるにゃあ。姫に酷い物食べさせた罰にゃ」


 そうだそうだ!

 生まれて最初のご飯だったんだぞ!

 ああ、でも1号たちもオレのことを考えてレシピを作ったんだっけ。

 

 じゃあ、許す!

 今はそれよりこのスープ!


 本当美味しいよ!

 イドも食べ──────おっと、食べられないか。


【ご安心ください。姫の口にした食品の味は、味覚のデータとしてイドが精査・蓄積しております。すなわちイドにとっても先ほどのうすじょっぱいスープは初めての食事に等しい物。許せませんあの猫どもめ……密かに楽しみにしていたのに】


 お、おおう?


 イドさん、結構感情豊かなのね?

 

 しばらくして5号が持ってきた見たこともない細い麺料理も大変美味しくて、オレはお腹が満たされていく感覚に感動したり、ちょっと食べすぎたりした。


 いやぁ、あのレベルの料理が毎日出てくるのかぁ。

 こりゃ太っちゃうなぁオレ。


 むふふ。


【それはイドと、そして4号が許しません。適度な運動を必ず履行させます】


 お、お手柔らかにね?


【姫次第です】


 ぐぬぬ、やっぱりイドさん。結構厳しいじゃんか。


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