第14話 叡智の部屋→貴女の為の世界③


【ではまずこの屋敷のことについてですが、全体の大きさは姫の前世の単位で換算すると56030㎡。ドーム型の超巨大魔導炉を中心とした施設の入り口にあたる建物となっております」


 ご、ごまんろくせんさんじゅうへいほうメートル……!?


 五万!?

 ちょ、ちょっと!? 桁が大きすぎて数字がわかりづらいんだけど!?


【ほとんどを魔導炉が占有しておりますから、全体として考えると屋敷自体の大きさはそれほど大きくはございません】


 いや嘘だって。

 さっきまで歩いていた廊下、めちゃくちゃ長かったもん。


 ところでなんだけど、ま、まどうろって、何?


【読んで字の如く魔力を動力源として動く増幅器です。先日まで姫が栄養として摂取していた『純エーテル』。これを精製する為の濾過機の役割もございます。少量の魔力マナを効率良く増幅・転換する為の装置です】


 せ、説明が不親切だよイド……。


【と言われましても。姫の前世の知識の中に魔力マナに該当する物がございませんから、一番分かりやすい表現が前述の説明になってしまいます。いずれ2号に教えてもらうと良いでしょう。知識や学術に関する姫の教育係は2号が担当しておりますので】


 べ、勉強するの?


【ええ、この世界で生きて行くには知識は必要不可欠です】


 生まれ変わっても、勉強からは逃れられないのか……。

 苦手なんだよなぁ。身体動かしている方が好きなんだけど……。


【はい、イドも出来る限り助力致しますので頑張りましょう。イドは姫の精神の均衡・補助を司るシステムですが、知識を伝授する機能に関しては2号に劣ってしまいます。申し訳ございません】


 あ、謝らなくても……。


 あ、そういえば。

 叡智の部屋ラボラトリってなに?


 イドも猫たちも知ってて当たり前の様に言ってたけど。


【『叡智の部屋ラボラトリ』とは、魔導師ゼパルが造りあげた研究用の異界の総称です。窓の外をご覧になったでしょう?】


 窓の外?

 うん、庭と森が見えたけど。


【この屋敷が存在する土地、それら全てが『叡智の部屋ラボラトリ』に御座います。対人関係を煩わしく思った研究中期のゼパルが、誰の邪魔も入らぬ究極の自己スペースと研究に必要な設備・環境を求めた結果外界と空間の位相をズラして構築した、小さな『世界』。それがこの土地『叡智の部屋ラボラトリ』です】


 つまり、なに?


【秘密の隠れ家……ですかね】


 へ、へぇ。

 なんだかおバカなオレに合わせて大分噛み砕いてくれた気がするけど、それは分かりやすいなぁ。


【実際に自分の目で見て確かめてみないとゼパルのこの偉業は理解できないかもしれませんね。屋敷の外に出られる日を楽しみにしていてください。きっと姫は驚かれますから】


 そうかなぁ。

 この身体に生まれ変わった事以上に驚く事なんか、そうそう無いと思うんだけど。


 そういえば、イドはゼパルの事を『主様マスター』って呼ばないんだね。


【猫達はもともとゼパルの研究の補助のために創造された存在を、後に姫の育成と保護のための機能を追加されてアップデートされております。しかしイドは最初から最後まで姫のために造られた『システム・イド』の一機能です。上位命令者が二人存在すると機能に支障が出ると判断したのでしょう】


 な、なるほど?


【姫、今後のためにも理解できてない事を理解した様に振る舞うのはおやめください】


 うっ! ご、ごめんなさい。

 だって難しいんだもの……。


【ゆっくり学んでいきましょう。その為のイドであり、その為の猫達。そしてその為の『叡智の部屋ラボラトリ』です】


 うん。

 なんだか時間はいっぱいありそうだしね。


 あ、3号が戻ってきた。

 キャスター付きのテーブル……キッチンワゴンだっけ?


 その三段ぐらいある3号の背より大きなワゴンをせっせと運びながら、ずいぶん遠くの方からゆっくりとやってきた。


 乗ってるのは大きなお鍋とサラダボウルみたいなものと、あと何枚かのお皿と木製のトレー。

 そして大きな水差しと、なんだか豪華なコップだ。


「よいしょ、よいしょっと。姫、お待たせしたにゃあ? ちょうど朝ごはんも出来ていたから、ついでに持ってきたにゃ。後で5号が残りを持ってくるから、それまではスープから飲んでみるにゃあ」


「あ、ありが……とう」


 小さな身体で頑張って運んできた3号に思わずお礼を言うと、言われた3号はにぱっと笑った。


「お礼なんて言わなくて良いにゃあ? 私は姫のお世話をする為にここにいるにゃ。どれもこれも当然の事にゃ」


 うーんでも、やっぱり。

 何かしてもらったら、ちゃんとお礼を言わないと。


「で、も。やっぱり……ありが……とうは、いいたい……よ?」


「にゃあ! 姫は優しくて良い子にゃあ! こちらこそありがとうだにゃあ!」


 3号のメイド服の背中部分、スカートに隠されたお尻のところがもぞもぞと動き出している。

 尻尾……?


 嬉しくて尻尾が動いちゃったの?


 か、可愛い…………。


「それじゃあスープの用意をするにゃあ。はい、まずはお水にゃ。喉のために温かくして蜂蜜を入れてみたにゃ」


 そう言って3号は背伸びをしながらトレーをテーブルの上に置いた。

 高さがあってないよね。大変だよね。


 そう思って手伝おうとしたんだけど、オレが動くより先に3号は仕事を終えていた。

 な、なんて素早い動き。

 さすがお世話の達人。全然見えなかったぜ。


「はい、どうぞにゃ?」


 すすーっとトレーがオレの正面へと勝手に移動した。て言うか、伸びて縮んだ。

 なんだこれ。どうなってんの?

 さっき椅子の脚が伸びたりしたのも不思議だったし、ちょくちょくこう言うの挟んでくるよねこの世界。


【魔法とまでは行きませんが、魔力を用いた念動力です。椅子やテーブル、この屋敷にある物の全てに魔力に反応して形状を変化する材質が使用されていますので、このぐらいは普通の事と認識してください】


 オレの疑問にイドが脳内で説明をしてくれる。

 この世界じゃ当たり前のことなのかな。


【いえ、この屋敷では当たり前のことです。外界では滅多にお目にかかれる物では御座いません】


 そ、そうなの?

 

【ええ、この屋敷の物品は全てゼパルが製造・錬成・精製した魔導具に該当する大変高価な物です。全ては姫──────ゼパルがやがて蘇生させるであろう娘のために揃えた物ですね。彼はかなり過保護でしたから】


 ゼパル──────さん。

 親バカだったんだなぁ。

 まぁ、早くに亡くされた娘さんだもんね。そうもなるか。


 オレは目の前に勝手に移動してきたトレーから、水で満たされたコップを手に取る。

 大きくて片手じゃ掴めなかったから、両手でしっかりと持った。


 ほんのり温かいそのコップは、ガラスで出来た高級そうなデザインだ。

 フチと底だけ金色の金属で加工されていて、見た目的にはどこかの王様とかが使ってそう。


 なんとなくその意匠に気圧されながら、ゆっくりと口をつけてみる。


 溢さない様に徐々に傾けて、水に口をつけた。


「ん──────ごく、ごくごくごく」


 美味しい!

 甘くて喉がじんわり暖かくて、なんかとっても美味しい!


 なんで!?

 なんでこんな美味しく感じるんだ!?


【喉が乾いていたからでしょう。姫、いくら美味しいからと言って、一気に飲み干すのはいけません。それぐらいにしておきましょう】


 は、はい。

 そりゃそうだ。

 これからスープも飲むんだし、お水だけ飲んでたら駄目だよね。


 て言うか、結構イドって──────口煩い?


【姫のためです】


 そ、そうですか。


「ぷはっ」


 名残惜しいけどコップから口を離し、トレーの上に戻す。


「美味しかったにゃあ? これからスープもあるから、飲みすぎない様にするにゃあ?」


 あう、3号にも同じことを言われてしまった。


 ちょっと自分が恥ずかしい。どんだけがぶ飲みしてたんだ…………。

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