第13話 叡智の部屋→貴女の為の世界②


 1号と2号の居た部屋を出て、オレと3号はダイニングを目指して廊下を歩いている。

 なぜか手を繋いで。


「姫、足が痛くなったりしてないにゃあ?」


「だい……じょ、ぶ」


 それより3号さん。手を繋いで歩く必要……ある?

 そんな幼稚園児じゃないんだか──────ああ、そういえばオレって年齢的には乳幼児なんだっけ。

 じゃあいっか。

 見た目もほとんど小学生見たいなモンだし。


叡智の部屋ラボラトリを含むこのお屋敷はとっても広くて大きいにゃあ。迷子になったら困るから私と一緒に歩くにゃあ? でも安心するにゃ。姫のお世話係であるこの3号は『メイドタイプ』の人工猫妖精ケット・シー。姫がどんな遠いところに居ても確実に見つけられるお世話の達人にゃ!」


「ど、んな……ところに、いても?」


 痛む喉を左手で押さえて、カスカスな声で返事を返す。

 右手は3号の前足を握っていて、こっそり肉球のプニプニを堪能中なのだ。


「にゃあ! もちろんにゃあ! 姫の体細胞を魔核に取り入れてある私は、猫妖精ケット・シー5匹の中でも一番姫を感じ取れるこのできる特別な猫にゃ! たとえ外界に居ても魔界に居ても、海の底や活火山のマグマの中でも姫を感知できるにゃあ?」


 海の底とマグマの中のオレは探してもしょうがないんじゃ……。とっくに死んでるでしょう?


 それにしても、本当にこのお屋敷は何もかも大きくて豪華だなぁ。

 

 等間隔で天井に配置されているのは、なんだっけ。シャンデリアって言うんだっけ?

 

 たくさんの蝋燭が内側と外側にぐるっと配置されていて、キンキラキンと金色の装飾が炎に揺らめいて輝いている。


 廊下の幅は……えっと。

 5メートルぐらい?

 嘘みたいに広い。廊下というよりちょっとした道って感覚。

 この表現、誰かに説明しても伝わるかなぁ。


 今歩いている方向からオレらの右手が窓側で、骨組みの無いガラス窓が綺麗に並んでいる。

 左手にはまた等間隔に大きな扉が点々と存在していて、すでにいくつの部屋があったのかわからないほどだ。

 この屋敷に何部屋あるのか、あとで3号に聞いて見よう。


「ふんふんふーん♡」


 上機嫌に鼻歌なんかを口ずさんでいる3号を横目に、オレは窓の外を眺める。


 屋敷の外は、鬱蒼とした森が広がっている。

 たまに小鳥とかが飛んでいて、太陽光を浴びて反射した木の枝や葉っぱが風に優しく吹かれて揺れていた。


 窓から近い範囲は整地された芝の様な緑。その奥は深い森。

 

 ここから見える範囲で言っても、都会育ちのオレには馴染みのない景色。


 本当に知らない世界、知らない場所に来てしまったんだと少ししんみりしちゃった。


「もう少しでダイニングにゃあ? 姫、お腹空いてるにゃあ?」


「ぺこ、ぺこ……だ、よ?」


「じゃあたくさん食べるにゃあ! たくさん食べる子は良い子にゃあ♡」


 培養器を出てから初めて食べるご飯。

 一体どんな物が出てくるのか、ちょっと楽しみだ。


 そんな話をしたのは結構前。


 目的地のダイニングは長い長い廊下の先、ゆっくり歩いて10分ぐらい歩いた突き当たりにあった。


 ど、どんだけ大きいんだこの屋敷は……。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ちょ、ちょっと……つか、れた」


「大丈夫にゃあ? ほら、椅子に座るにゃあ」


 目覚めたばかりで未だぎこちない身体を慣らすには長すぎる距離を歩いた。

 この屋敷は、ゼパルやイドが言うには全部オレのものらしいんだけど、自宅を移動するのにちょっとした散歩みたいな時間がかかるとか冗談みたいな話だ。


 程度ってものを考えて欲しい。

 前世ではマンションに家族三人で暮らし、共働きの両親が毎日頑張って働いて、それでなんとか普通の暮らしをしていたレベルの小市民なオレにとっては余りありすぎる。


 持て余す所の話じゃない。


「よい、しょ……っと」


 疲れた身体で椅子によじ登り、ふかふかなクッションにお尻を委ねる。

 デカいなぁこの椅子。それにテーブルも。

 オレの今の身体に全然合ってない。


 足なんか地面に着かずにプラプラしてるし、深く腰掛けるとテーブルが首から上ぐらいの高さになってしまう。


 ご、ご飯食べ辛そう……。


「ちょっと待つにゃあ?」


 床に立ってた時よりもかなり低くなった3号の頭を見下ろす。

 声が遠くて何を言っているのかわからないけれど、何かをゴニョゴニョと呟き出した。


「うわっ」


 ニョキニョキニョキっと椅子の脚が伸び、あっという間に机とちょうど良い高さになった。

 す、すごい。

 なんだろうこれ。どう言う理屈でこうなるんだろう。


「にゃあ。じゃあ私は飲み物を入れてくるにゃあ。姫は良い子でじっとしてるにゃあ?」


「う、うん」


 さらに遠ざかった3号を見下ろして、オレはこくりと頷く。

 

 3号はそんなオレを見て満足した様ににぱっと笑い、スキップの様な軽快な動きでどこかへと行ってしまった。


 じっとしてるも何も、この高さは下手に飛び降りるにはちょっと度胸がいるレベル。


 新しいオレの身体が小さすぎるのか、それともこのテーブルと椅子が大きすぎるのか。


 この屋敷の物は部屋の家具から廊下の照明まで、全部が全部大袈裟すぎる様に見える。

 

 この世界では、これが普通なのかな。


 考えても分からない。

 なので分かる人に教えてもらおう。


 と言うわけでイドさん。聞いてますか?


【はい。聞こえてますよ】


 うお、レスポンス早いね。


【イドは常に稼働しておりますし、姫の思考と状況は常に把握してます】


 うん、知ってた。

 て言うか、昨日目覚めてから今まで。

 オレはずっとイドの存在をすぐ近くに感じていた。


【イドは姫の精神と同一のシステム。あなたに一番近い存在です】


 ふーむ、常に見張られてるってこと? でもなんだか嫌な気はしない。


【イドを含めた『システム・イド』は姫と同一の人格、精神を元に構築されていますから】


 分かる様な、分からない様な。


【さて、では3号が姫のお飲み物を持ってくる間に少しだけこの屋敷のことについてご説明致しましょう】


 はい、お願いします。


【では楽な姿勢をとって体力を回復しながらお聞きください。姫には現在、消費された純エーテルに代わる栄養の摂取が求められています】


 オレはテーブルの上に顎を乗せて脱力する。

 御行儀が悪いのは自覚してるんだ。

 でもイドがやれって言ったからしょうがないよね?


【はい、問題ありません。咎める者もおりませんから】


 3号といいイドといい、みんなオレを甘やかしてくるなぁ。


 このままだとオレ、駄目な人間になりそう。


【今だけですよ。身体の生育が整ったら、姫には相応の振る舞いやマナーをお勉強してもらいます】


 うへぇ。じゃあそれまでは、思いっきりみんなに甘えるとしよう。そうしよう。


【ではまず、このお屋敷の大きさについてです】


 イド先生の授業が、静かに始まった。

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