第10話 猫の手→猫の目②


 ところ変わって場所は浴室。

 あっと言う間に連れてこられたこの場所は、前世でも見たことの無い広くて大きくて豪華な、まさに大浴場。

 湯船にはなんだかいい匂いのする花がたくさん浮いていて、壁から噴出するお湯の勢いで浴室中にその匂いが行き渡っている。


 オレはと言えば湯船の前に置かれていた木製の台に座らされていて、なすがままに頭を洗われている最中だ。

 

「泡を流すにゃあ〜♡  お目々をギュッとするにゃあ〜♡」


 黒猫が文字通り猫撫で声でオレに目を瞑る様促す。

 素直に従って瞳を閉じると、ちょうど良い温度のお湯が頭から流れて来た。


「姫は聞き分けの良い子にゃあ〜♡  偉いにゃあ〜♡ 可愛いにゃあ〜♡」


 3号は上機嫌に鼻歌なんかを混ぜながら、なんだかキラキラした意匠の風呂桶を片手にオレの長い銀色の髪をわしゃわしゃと肉球で撫でた。


 お風呂場だからかメイド服を脱ぎ捨てその艶のある黒い体毛を水気で濡らしていると、見た目だけで言えばちょっとサイズの大きい普通の黒猫にしか見えない。


 普通の黒猫が器用に水桶を使ったり、二足でとことこ歩いたりしないのは承知の上だ。


「3号は楽しそうにぃ」


浴室の透明なガラス扉を挟んだ向こう側で、両腕を組んで壁に持たれかかっている4号がそんな3号を見てボソリと溢した。


 なんで中に入ってこないのかなぁと不思議に思っていたんだが、どうやらあのモフモフの綿毛の様な白猫は水気が苦手な様だ。


 あんだけ毛量が多いんだからそりゃそっか。

 しっとりしちゃうもんね。


「楽しいにゃあ! やっと姫のお世話ができるにゃ! この綺麗な長い銀のおぐしや、すべすべのお肌! ハリのあって小ぶりなお尻や、慎しくも品性漂うお胸! 姫のこの宝石の様に輝く御身は3号が磨くにゃ! ふんすふんす!」


 わしゃわしゃーっ! と3号の手の動きが鼻息と共に荒くなる。

 ぷにぷにぷにぷにと頭皮に肉球が押し当てられて気持ちが良い。


「羨ましいにぃ。アタシの出番はもう少し先にぃ。待ちきれないにぃ」


 一方4号はつまんなさそうにふんっと鼻息を一つ吐くと、身体と同じぐらいモフモフな腕を組み直し、壁に立てかけてある自分の剣を横目でちらりと見た。


「しょうがないにゃ。今の姫の身体で戦闘訓練なんか絶対無理にゃ。我慢して待つしかないにゃ」


「アタシは1号や2号の様な仕事も今のところ無いにぃ。身体を動かすしかできにゃいから、待ってるのが退屈にぃ」


「4号は食材調達や外界の情勢調査もやってるにゃあ?」


「にぃ……。あんまり張り合いが無いからにぃ。2号の予測した以上の情勢変化は滅多に起こらにゃいし、野生動物を一方的に狩るだけだから手応えもにゃいにぃ」


「それでも5号が美味しい料理を作るには4号の狩りの腕が必要不可欠にゃ。頼りにしてるにゃあ?」


 そんなメス猫二匹の話を聞きながら、オレはお湯と石鹸と3号のテクニックの心地よさに目を細めて溶け掛けている。


 なんだぁこれぇ……なんでこんな気持ちいいんだぁ……?

 背中を柔らかい──────海草っぽいものと3号の肉球が往復する度に、思わずため息が出てしまう。


 やばい。これはちょっと癖になりそう。


「むふふ、姫が気持ちよさそうにしているにゃあ。可愛いにゃあ。はい姫、今度はあんよを洗うにゃ。ちょっとくすぐったいと思うけど、我慢するにゃあ」


 え、あの、3号さん?


 そ、そこはちょっとオレ的にも女の子的にもデリケートで、まだ納得も解決もしてない案件を司る場所なんだよ!?

 ま、まって! なんかゾワゾワする!

 未知の感覚がいきなり襲って来る!

 ちょっと待って!

 この感覚知らない! 怖い!


「あ、あう! あ、あー!」


 わぁ! 3号を止めようにもまだ喉がカッスカスで全然声にならない!


「むぅ、姫ぇ? ダメにゃあ? そこはとっても汚れやすい場所にゃあ? ちゃんと綺麗にしておかないといけないのにゃあ! ほら、大人しくするにゃ!」


「──────ふっ! ふぁっ! あうっ! んあー!」


 だ、駄目! 駄目だって!

 これ駄目なヤツだってば!

 3号がさわさわとソコに触れる度に出したくもない変な声が勝手に出て来て、身体がビクビクと痙攣する様に反応してしまう!


 内太ももを閉じることで拒絶の意思を示そうとするけれど、背後から回された3号の前足がソレを無理やりこじ開けようとする。


「むー……4号ちょっと手伝うにゃあ。姫が暴れちゃってちゃんと洗えにゃいにゃあ」


「にぃ。アタシ、濡れたら乾かすの大変にゃんだけどにぃ」


 に、二匹がかりとかズルい!

 くそう! 身体がうまく動かせない! 逃げられない!


「4号は前から押さえとくにゃ」


「姫、良い子にするにぃ。さっさと終わらせたらそれだけ姫が助かるにぃ」


「んっ! んぅんんんんん!!」


 4号がオレの胸にしがみつく様に身体を押さえると、途端に身体がピクリとも動かなくなった!

 どうなってんのこれ! なんで指一つ動かせなくなってんの!?

 この小さな身体のどこからこんな力が!?


 わ、わわっ! あわわわわ!


「んじゃあ、一気に行くにゃあ」


「了解にぃ」


 や、やめ!


 やめろぉ!!

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