第8話 愛する娘よ→名も知らぬ君よ②
待て待て。ちょっと落ち着け。
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
つまりオレはあの三日後に結局死んでしまってあのお爺さん─────ゼパルの間違いで別の世界に転生したって事?
いや、この身体は造り物らしいから、転生って言葉が適切かどうかもわからないけれど。
とにかく自分とは全く違う身体にオレの魂が入っちゃたって事で。
んでこの身体。この、どう見ても女の子の身体。
これは大魔導師──────大魔導師がどんなものかは想像しづらいけれど、なんかとっても凄い人がその持てる力を使い長い時間をかけて造り上げた、死んだ娘さんの姿をした身体で、彼曰く最高傑作。
あの話ぶりだととんでもなく自信たっぷりな物らしいけれど、待てまず性別が違う。
しかも年齢も違う!
生前のオレは中学二年生。この身体、今自分が見える範囲で言えばかなり幼い。多分10歳ぐらい。
ああ、だんだんと思い出してきたぞ。
そうだ、現実のオレはなんか大きいガラス管の中で浮いていて、それを二足歩行する猫たちに観察されたり話しかけられたりしていた!
なんで忘れてたんだろう。とっても大事な事なのに。
「回答します。先ほどまでの姫は自我領域に眠る生前の記憶を追想するために、その意識ベクトルを全て己の内面へと向けていましたから。わかりやすく言えば『夢を見ていた状態』。夢は起きたら忘れる物でしょう? その逆で、夢の中に意識をおけば現実の感覚と記憶が掴み辛くなります。特に先ほどまでの姫の自我領域はとても不安定でしたので、その分現実世界との解離が大きかったのです」
突然口を開いたイドが、淡々とした口調でオレの疑問に答える。
あれ?
「……オ、オレ今口に出してたっけ?」
「いえ、無言でございました」
だ、だよね?
「はい」
あっ、また返事した!
「イドは姫の精神を保護するための情報生命体です。アナタの意識と強くリンクしておりますので、思考は常にトレースしております。何を考えているか、何をしようとしているか。姫よりも早くイドはそれを理解し、最適な行動や解を提言、推奨しなければなりませんから」
つ、つまり。
イドにはオレが何を考えているのか、お見通しって事?
「はい。まるっと全て」
そ、そっかぁ。
ゼパルの話だと、システム・イド──────目の前の華奢で小さく幼い女の子は、オレのために用意してくれたらしいし。
だから──────別に怖がる必要は、無いのか?
「ええ、先ほども申しましたが。イドは姫の絶対的な味方です。徹頭徹尾アナタのためにイドは存在します」
「現実にいる、猫たちも?」
「はい。人工
ご、御用命って言ったってさぁ。
「例えば1号は、ゼパルの『技術力』を受け継いでおります。『
う、うん。その『
とにかく凄そうなのは分かった。
「大丈夫。すぐに分かります。あの部屋は現在、全てが姫のために存在しますから」
「そ、そう? 本当?」
「ええ、イドを信用して下さい」
疑ってはいないんだ。何故だか知らないけれど、最初に顔を合わせた時から、イドから懐かしさと安心感を感じている。
変な話。変なオレ。
さっきのゼパルの話も、すでにオレが死んでいる話も、普通だったらもっと取り乱しても良い筈なのに。
なんでこんな、落ち着いていられるんだろう。
「姫の精神は常にイドが整えています。ああ、洗脳や催眠などと言った物騒な物ではございません。波長の振れ幅を短く穏やかにしているだけです」
「え」
「それによって、姫は常時平静でいる事が可能です。ご安心してください。この措置は今回、この時限りです。覚醒前に精神に乱れが生じれば、姫の目覚めに支障をきたす懸念があるのです」
わ、わからん。
わからんが、イドが大丈夫って言うならまぁ、大丈夫なんだろう……なぁ?
「はい。信頼いただき大変嬉しく想います。さて姫、現実世界ではもう三日ほど経過しております。そろそろ目を覚まして、新しい世界へと一歩を踏み出す時間です」
み、三日!?
そんなにここに居たの!?
「精神世界と外の時間の流れは違います。時と場合、さらに姫の精神の調子によって伸びたり縮んだり、加速したり減速したりととても不安定な物。イドはそれら全てを把握して管理しておりますが、姫にはなるべく健全で自然な生育が望ましく思っております」
相変わらず真っ白な空間にふよふよと浮いていたイドが、スーっと流れる様にオレの目の前まで迫る。
「ど、どうしたの?」
「アナタを目覚めさせます」
ちょっぴり身構えたオレに対して、イドは相変わらず無表情で返す。
「お、起きるの?」
「はい、精神世界に長居するのはあまりよろしい事では無いですから。大丈夫、イドはずっとここに居ます。姫が必要な時に呼びかけていただければ、どんな時でもイドは返答を返しますから」
イドは両手を大きく広げオレの頭を優しく包み込み、その慎ましくも柔らかく──────そして暖かい胸に押し当てる。
さらに添えた手を上下にゆっくりと動かして、髪を撫でた。
まるで我が子をあやす母親の様に。大事に大事に、壊さない様に。
イドが優しく髪を梳く度に、オレの意識が少しづつ微睡んでいく。
誘われる。導かれる。
「──────さぁ。私のラァラ」
やがてイドは顔を少し動かして、オレの耳元に口を添えた。
そして小声で、息を吹きかける様に呟く。
「──────
その言葉に、オレは全てを委ねた。
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