第7話 愛する娘よ→名も知らぬ君よ①
「ゼパル……娘?」
作りあげたって、んん?
オレ、もう死んでるの?
衰弱死? 溺死じゃなくて?
転生させたって、どう言うこと?
「はい。そりゃあもう偶然と偶然がてんこ盛りに重なって、奇跡と事故と間違いが複雑に絡み合って今のアナタが存在しています」
「……説明されても、分かんないんだけど」
「当然です。詳細は姫のお父上──────大魔導師ゼパルが説明致しますので、疑問点がある場合はそのあとでお願いいたします」
「え、だってその人……さっき死んだって」
「はい、ですので映像記録、まぁ遺言の様な物です」
そう言ってイドは右腕を持ち上げ、何もない真っ白な空間に指で四角く空を切る。
そのラインをなぞる様に、薄型のテレビみたいなモニターが突然現れた。
映し出されているのは、真っ黒なフードを目深く被った、老人の姿。
この人が、大魔導師ゼパル……さん?
「これはゼパルがイドを構築する際に遺されたもの。猫達の知らぬ記録です。どうかその点を鑑みていただけると幸いです」
イドはモニターの右端上の角と左端下の角を指で摘んで、大きく広げる様に伸ばす。
グニャリとまるでピザの生地の様に柔らかく引き伸ばされたモニターが、視界いっぱいに広がった。
そして映像は唐突に再生される。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──────んー、うん。
どうやら録画は正しく機能している様だ。
さて、まずはなんと言おうか。
そうだな。はじめまして──────が適切か。
はじめまして、異界の魂よ。まだ見ぬ君よ。
私はゼパル。
かつては大魔導、賢者、知恵の燈台、破帝の英雄など様々な呼ばれ方をしていた老いぼれだ。
本名はゼファール・テトラ・テスタリア。
テスタリアという亡国の最後の血脈でもあった。
我ながらややこしい生涯を送って来たものだと呆れている。
後年、ずいぶんと脚色された噂が出回っているが、私個人としてはただの探求者であり、ただの学者に過ぎないと思っているんだがね。
まぁ、色々とやったしやらされたからな。
仕方がないことだ。
自己紹介はこの辺りで十分か。まぁ要するに偏屈な爺さんだよ。その程度の認識で充分だ。
さて、今君は大変混乱していると思う。
無理も無い。本来の己とは違う肉体を与えられ、見知った世界よりこの地へと引っ張り出されたのだからな。
本当に申し訳ない。これは私の責任であり、私の失敗だ。
君には償っても償いきれぬ負い目がある。
なので出来る限りの便宜を図りたいと思っている。
私がこれまで蓄えた財や、私の名の下に積み上げて来た叡智は全て君の物だ。
どう使おうと構わない。
上手く使えばこの世界を思いのままに支配する事もできなくは無いが、可能であれば有意義に、そして穏便な使い方を望むよ。
手始めと言ってはおかしな話だが、まずその肉体について説明しよう。
銀色の髪が美しいだろう? かなり気を遣って設計した自信のある部分だ。
手入れを怠らなければその美しさは決して衰える事は無いだろう。
なにせその肉体を構築している要素の一つに、エンシェント・ハイエルフの体細胞があるからね。
寿命はおそらく五千年──────君に内包している魔力を計算に入れると数万年生き存えるのも不可能では無い。
おっと、研究者の悪い癖だ。ついつい要らない事まで説明してしまう。
その身体の
私の書斎の机の中にも仕様書があるので、是非ご覧になって頂きたい。
生涯をかけて造りあげた最高傑作な物でね? やはり誰かに自慢したいところなのだが、残念ながら君の身体に使用した技術は今の水準より遥か先を行く危険な物だ。
あまりおおっぴらにして良いものでもあるまい。
ああ、君は気にしなくて良い。そういうところは、人工
さて……と。
遠い遠い昔、私には美しい妻と愛らしい娘が居てね。
どこに出しても恥ずかしくない、自慢の家族だった。
妻のステラ・テトラ・テスタリアは元々精霊を祖先に持つ、とても優れた剣士であった。
出会いを語ればただの惚気になってしまうので、そこらへんを知りたければ自分で調べてみると良い。
確か書庫に英雄譚として編纂された大袈裟な本が数冊あったはずだ。
七割近く盛られているが、大筋としては正しく私とステラの馴れ初めのままだ。
何が違って何が正しいのか、それは君が見定めてくれ。なぁに、素面で語るには甘すぎるというだけの話。要は私が照れ臭いだけだ。老人がニヤついて語る物でもあるまい。
そして娘の──────ラァラ・テトラ・テスタリア。
今の君の肉体のモデル……いや、肉体の前の持ち主となるか。
おそらく君の仮想精神世界におけるシステム・イドは、君と全く同じ姿をしているはずさ。
どうだい? 美しく、愛らしい姿だろう?
私が愛した娘。私の宝物さ。大事にしてくれ。
……そう、私は娘を造ろうとしていたんだ。
酷い事件によって、失われてしまった最愛の娘をね。
何年……いや何百年と、無駄な時間を過ごしたもんだ。
巷では賢者などと呼ばれてはいるが、剥いて見ればただの愚かな男さ。私はね。
全ては、絶望の中から産まれたんだ。
妻と娘を同時に失い、私には一人で生きていくために縋れる希望が無かった。
そこで見出したのが、『永遠に失われる事の無い、強く美しい娘』をこの手で創りあげるという幻想さ。
酷いもんだ。傲慢にも程がある。
私は私の願望の為に、娘の魂を冒涜しようとしていたんだ。
この胸の空虚を埋める為に、痛みを和らげるただそれだけの為に。
娘の生きてきた光溢れる時間を、踏みにじろうとした。
そう改心できたのも、つい数年前の事。
それまでの数百年は、ずっと妄執に囚われていた。
きっと娘は喜んでくれると、そう信じて止まなかった。
気づかせてくれたのは、君だ。
名も知らぬ異界の魂よ。
ありがとう、そしてすまない。
数え切れぬ幾たびの失敗の果てに、最後に君の魂を呼び寄せた事が……私の人生の大きな過ちを教えてくれた。
冥界へと繋がっていた筈の
君の魂を解析していく内に、どうやら異界で死した魂だという事は察している。
少なくとも業のある魂では無かったのが救いだ。
すでにその身体に定着している魂を剥離させる事はできない。
いや、正確に言えば君をもう一度殺すなどできないというのが、私の偽らざる本音だ。
私の愚かな所業で、私の愚かなる妄執で勝手に呼び出した君を──────私の勝手な判断で消し去る事など、もうしたくない。
全てが全て、私の都合で本当に申し訳ないと思う。
許してくれなくても良い。口汚く罵ってくれても良い。
娘恋しさのあまり、これまで私が犯してきた罪は膨大な物だ。
この魂は必ず罰せられるだろう。妻と娘にも合わせる顔が無い。
私の業は、私が負うべきモノ。
この手で創造した、君を含める研究成果には及んでいいモノでは無い。
なので、自由にしてくれて良い。
君は君が思うままに、新しい生を送って欲しい。
私は何も制限しない。
猫たちも君の意思を邪魔しない様言付けているし、そう構築してある。
今の君はまだ覚醒の途中。
産声を上げる前の状態だと推測している。
培養器から出たその時こそ、君の新しい物語が始まるだろう。
前世でどう亡くなったかまでは私も把握していないが、遺してきた未練や無念があるのなら、新しい人生で精算するのも良いと私は思う。
君の新しい肉体は、賢者とは名ばかりの──────愚者ゼパルがその人生と想いを詰めた最高傑作だ。
君に不可能は無い。経験を積んで学習さえすれば、の話だがね?
私や妻、そして娘の事を知りたければ、調べてくれても構わない。
今更君に隠す事など何も無い。
ちょっと見つけ辛くしただけだが、全て私の発明した『
正しい手法と正しい手順さえ見つけ出せれば、きっとその手に取れるだろう。
うん……言うべき事は言えたかな。
君に必要だと思う物は、全て五匹の人工
私はこの記録映像を撮り終えたのち自らの身体を魔石へと錬成し、核として魔導炉を半永久的に稼働させるための部品となる。
魔力で得た不死の力だが、精神の劣化は防げない様だ。
そう遠く無い内に、私は感情を無くした生ける屍と化すだろう。
ならばこの命とこの身体、そしてこの魔力は君のために使いたい。
無力な老いぼれが長々と生き存えば、若い君の邪魔になるだろうからね。
では、名前も知らぬ君よ。
我が娘の姿を模した、異界の旅人よ。
大魔導師ゼパルの生涯はこれにて終焉を迎える。君のこれからに、大いなる祝福を。
願わくば毎日笑って暮らして欲しい。
毎日幸せに過ごして欲しい。
娘の代わりに、などとは──────ただの戯言か。
ではさらばだ。達者で。
ん? ああそうだ。
結局私は、君が女か男かも知らな──────。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「以上が、大魔導師ゼパルがアナタに残した最後の言葉になります」
ちょっと待って。整理できないから!
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