第6話 嫌な死に方→救われる魂③
「あれ……?」
気が付けば何もない真っ暗な空間に居た。
どこにも光が無い、正真正銘の暗黒。
「ここ、ど──────っ!?」
なんとなく出した自分の喉から発された音に驚く。
な、なんだこの声。オレの声じゃない。
「あ、あー……あぁああああ! な、なにこれ」
甲高くて、幼い……まるで女の子のような声だ。
暗闇の中で腕を動かして、自分の喉と胸に手を当てる。
細い首。
そして小さい手。
……そして若干盛り上がってる、胸?
「おはようございます。姫」
「っ!?」
自分の身体すら確認できない暗闇の中、至近距離から声がして思わず一歩飛び退いてしまった。
「だ、だれ?」
聴き馴染みの無い自分の声に大きな違和感を感じながら、何も見えない空間に声をかける。
声のした方角すら定かじゃ無いから、一応首を動かして周囲を警戒する。
「突然失礼致しました。エモーショナルオペレーションシステムの自我領域への干渉がたった今正常化致しましたので、この仮想精神世界に照明をご用意いたします。多少眩しいですので、一度目をおつぶりください」
「め、目を?」
「大丈夫です。イドを信用してください。イドは姫の──────そして
「う、うん」
イド……って名前かな。
よくわからないけれど、とにかく目を瞑れば良いんだろうか。
ギュっと瞼を閉じる。
何が来るか分かんないから、一緒に奥歯も噛み締めた。
「──────では、『光あれ』」
「うわっ!」
瞼すら透過する強烈な発光に、びっくりしてまた一歩後ずさる。
唐突に周囲に光が満ちた。
目を閉じてすら分かるなんて、かなり眩しいのでは無いだろうか。
「目を開けて大丈夫です」
「う、うん」
その声に従って、恐る恐る目を開ける。
「では改めまして、おはようございます。ラァラ・テトラ・テスタリア様。そして厳密には二度目ですがもう一度ご挨拶を」
正面に立っていたのは、銀色の長い髪をポニーテールにまとめた超がつくほどの──────美少女だった。
布切れ一枚身につけてない、すっぽんぽん。真っ裸。
年齢は10歳とか、多分そんぐらいだろう。
細い腕、細い足、細い腰。
切れ長で端正な顔立ちと、吊り目気味なのに瞳が大きいまるでお人形。
ちょっとだけ盛り上がったその胸は、いやらしさは無いが健康的でも健全的でもなく、なんて言うか触れてはいけない美術品のような、危うさすら感じる。
「私はアナタの自意識の影。大魔導師ゼパルが自らの死期を悟った際にやがて生まれるであろう未来のアナタのために残した、精神的補助を司るアナタの複製人格です」
「え、え?」
「異界より転生したアナタにわかりやすく言うなら、超AIです」
超、AI?
えっと、シンメトリカルドッキングとかする奴?
「もっとわかりやすく言うなら、案内人にしてカウンセラーです。アナタの精神的葛藤や混乱を軽微に抑えるための仮想補助演算装置、いわば理解者です。そしてイドはアナタでもあります」
「ご、ごめん。やっぱ分かんないんだけど。と、とりあえず服とか無いの? 目のやり場に困るんだけど」
そんな大胆かつ自信満々に全裸を晒して、そっちは平気かもしれないけれどこっちは平気じゃ無いんだが。
「ご自身のお身体をご覧になっているだけでしょう? 興奮するわけでも無し。鏡を見ているようなものとお考えください」
「へ?」
か、鏡?
いや、オレはそんな愛らしくて綺麗な姿じゃ。
「姫がご覧になっているイドの姿は、寸分違わず姫ご自身の『現在のお姿』です。ご確認を」
そう言ってイドと名乗る女の子は、まるで流れるように床を滑ってオレに近づいて来た。
違う。よく見たらここ、床が無い。
いや、あるかどうか分からない。
だってさっきまでは真っ暗で、今は真っ白。
地面と空気の境界線すら曖昧な、どこまでも真っ白で何もない世界。
そんな世界に、オレとイドは浮遊するように立っていた。
「ほら、腕の細さ。肌の白さ。お
「うひゃあ!」
周囲の驚く白さに一瞬惚けていたら突然胸に手を優しく押し当てられて、その未知の感覚と冷やっこい手の感触に思わず変な声が出た。
思わずその手を払って、両手で強く自分の身体を抱いた。
「混乱しているのも当然です。なにせ姫はつい先日──────時間にして336時間前に意識の再構築が完了したばかり。現実世界でも猫達の調整が追いついていないせいで、ほとんど半覚醒状態でございましたから」
「なっ、何言ってんだよ! もっとオレに分かる言葉で説明してよ! て言うかここどこだよ! さっきまでオレ、フェリーの上でよっちゃんと──────よっちゃん、と……
あれ、なんでオレ……佳樹の名前、知っているんだ?
まだ覚えてなくて、だからよっちゃんって呼んでたはずなのに。
あれ、なんで、あれ?
なんでこんな悲しくて、胸が痛くて、そして──────泣いてるんだ?
あんまりにも辛くて、身体を丸めて胸を押さえる。
痛い、胸がとっても痛い。
心臓とかそう言うんじゃなくて、きゅうってやりきれない思いが心中で渦を巻いているかのような、そんな痛みがとっても辛い。
「先ほどまでの映像は、転生前の記憶を『夢』として閲覧していた状態です。あのチャプターから先は姫自身が精神の危機を及ぼすと感じ強く自主封印した
「ぐすっ、えぐっ、
止めようとしても止まらない涙を腕で拭う。
喉の奥が熱く、吐く息すら熱を帯び、心臓が握り潰されそうなほど痛い。
「はい。生前の
「さ、さっきから転生とか、生前とか意味わかんないってば。ひっく、ぐすっ」
胸を抑えて鼻を啜る。
涙は一向に止まる気配が無い。
「ご説明いたします。そのためのイドは制作されましたから」
静かに目を閉じたイドは、楚々とて居住まいを正した。
「姫、深呼吸を。ここは精神世界ですがアナタにとっては現実世界となんら変わりない作用が働いております。大きく吸って、吐いて。また吸って、吐いて」
「う、うん」
言う通りに深呼吸を繰り返す。
「お上手にございます。ではまた、吸って、吐いて。吸って、吐いて」
「スー……ハー……スー……ハー」
しばらく深呼吸を繰り返して、ようやく胸の痛みと涙が治まった。
丸まっていた身体を解きほぐすようにゆっくりと正す。
相対するイドの無感情な表情を正面に捉えて、まっすぐ見つめる。
「……はい。落ち着きましたね?」
端正な顔立ちを一ミリも歪ませていないその顔で、イドはオレを見つめ返した。
なんだろう。口元どころか眉すら動いていないし、これこそ無表情だってぐらい無愛想な顔なのに、何故だか薄く笑っているように暖かさを感じる。
「う、うん。落ち着いた」
ちょっと照れ臭くて一度視線を外して、すぐに向き直す。
「ご説明を続けても、よろしいですか?」
「お、お願いします」
分かんないことだらけで、正直不安なんだ。
説明してくれるって言うなら、ちゃんと聞かないと。
「では──────」
イドはオレの小さな手を二つ取り、優しく握って胸元に引き寄せる。
そして優しく口づけをして、ゆっくりと口を開く。
「かつての貴方、
イドの瞳が悲しそうに潤んだ──────様に見えた。
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