第4話 嫌な死に方→救われる魂①

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「そんなに俺らがダサく見えんのかよ!?」


「そんな事、思ってないってば!」


 唾が顔にかかるほどの勢いで怒鳴られて、オレは慌てて否定する。

 周囲を囲むのは時代錯誤な出立をした中学二年生六名。

 転校したてのオレにとっての新しい級友と、そのお友達たちだ。


 場所はフェリーの観覧用後部デッキ。

 晴わたる青い大空の下で、波を掻き分けて海原を進む音をBGMにしながら、オレはおよそ平穏とは言えない事態に巻き込まれていた。


「この際だから言っちまうがよ! 前からお前のこと気に食わねぇって思ってたんだ! お高くとまりやがって!」


 もう、なんなんだよ……。

 楽しみにしてた一泊二日の旅行行事なのに、なんでこんな目に合わなければならないんだ。


 この春オレが転入した新しい中学では、珍しい事に近くの離島での一泊二日の研修旅行なるイベントがあった。

 なんでもその島の保養施設を利用して、集団行動を学びながら健全な自立精神と協調性を育む──────とかなんとか。

 前日に配られた旅のしおりにはそんな事が書かれていたけれど、生徒にとっては一足早い修学旅行感覚。

 要はみんなでワイワイしながら、楽しい楽しいキャンプをしようねって事だ。


 ソレが、これだよ。

 もう本当嫌になる。


 二年生の春っていう中途半端な時期に転校してきたもんだから、この機会に友達ができれば良いなぁって、オレはそんな淡い期待を胸に抱いていたのに。


 蓋を開けてみれば、いつもの校舎から離れて少しだけ開放感を得た奴らが、自制心を失って興奮してしまっている。


 なんてことないオレの行動に低くなった沸点で脳を沸き立たせ、過剰反応した結果が今の状態だ。


 オレはただフェリーなんて初めて乗るから、後部デッキで海を見ようとしただけなのに。なんで『一匹狼を気取りやがって』から始まる言葉で喧嘩をふっかけられてるんだ……。


 なんでこんな事になってしまったのかを考えると、多分オレの人相があんまり良く無かった事が起因していると思う。

 緊張しちゃうと、目つき悪くなるって昔から注意されてたんだよなぁ……。反省しよう。


「転校初日から見下した様な目で見やがって。ムカつく……お前ほんっとムカつく!」


「そりゃあ東京みたいな都会から来たら、俺たちの街なんて田舎に見えるよなぁ!」


「待って、本当に待って! 誤解だってば! オレ別にあの街のこと嫌ってなんか──────!」


「うっせえ! 転校生だからってこっちが優しくしてりゃつけあがりやがって! 田崎があんだけ気にかけてやってるのによぉ!」


 少なくともお前らに優しくされた覚えが全く無いんだよなぁ。

 初日からめちゃくちゃ威嚇してきてたじゃん……。

 うーん、ダメだ。さっきから話が全く通じてない。

 よりにもよってこのタイミングかよ。

 先生たちが船内に戻った隙をつくとか、卑怯だって! さすがヤンキー! 卑怯だって!


「あ、あのな? 本当に落ち着こうぜ? 確かにオレの態度はあんまり良く無かったな? うん、それは本当ごめん。オレってば結構人見知りしちゃうから、みんなが優しくしてくれてどう返して良いか分かんなかったんだよ。ごめんな?」


「人見知りだぁ!? その割には相沢さんと仲良くフタバでコーヒー飲んでたらしいじゃねぇか! ずいぶん都合のいい人見知りだよなぁ!」


 えぇー……。だってアレは、あの街に新しくできた全世界的チェーンのコーヒーショップの注文の仕方が独特で、よく分からないから教えて欲しいって無理やり連れて行かれただけだし……。


 田崎さんだって、休み時間ごとになんか血走った目で執拗に話しかけてくるから、ぶっちゃけかなり苦手だし……。


 そんな言い訳を言ったところで、このヤンチャ盛りなちょっと派手目の彼らには逆効果になりかねない。


 と言うわけでここは、沈黙で通す。


 下手な事言って燃え盛る怒りにガソリンぶっかけるわけにも行かない。


「お前、よっちゃんが田崎の事好きなの知ってるだろ!」


「あー! 馬鹿っ!、それは内緒だって!」


 うん、まぁ知ってるけど。

 フルネームはまだ覚えてないんだけど、このよっちゃんなる彼。あんまり素行がよろしくない格好と態度をしていて、先生たちからかなり目をつけられている不良グループのリーダー格な彼。

 大きな声と暴力的な口調とド派手に真っ赤なオールバックとか言う、ちょっとレトロな出立の彼が、学年でもかなりの人気を誇る美少女の田崎さんに惚れているのは周知の事実。


 だって態度がモロだし……。たまに話しかけられたらどもりまくってるし……。


 アレを内緒で通そうとしてたのか。無茶だよ。


「えっと、ほら。田崎さんだって東京から来た珍しい奴ってだけだよきっと。だって普通の会話なんて殆どしてないもん」


 多少ニュアンスが違うけど、事実だ。

 オレと田崎さんの会話は、正確には一方的に話しかけられてこっちの返事を挟む余地が無い、と言うのが本当のところ。


 多くは東京のファッションとか、ヒルズがどーのこーのとか、スカイツリーがあーだこーだとか、有名人が云々かんぬんとか。

 

 言葉の端々から『都会への強い憧れ』が滲み出ていて、多分あの子……オレのことはあんまり興味ないんじゃ無いかなぁ。

 ダークモカチップフラペチーノにすっかり激ハマりした相沢さんだって、似た様な感じだったし。


 なんだ、結局これ。男の嫉妬が燃え上がっただけかよ。

 勘弁してくれぇ。こっちだって歴とした新品男子。他人から羨ましがられる女性関係なんか持ち合わせていないっつーんだ。


「いや、お前東京モンだからよ。知ってんだぜ俺。東京では毎晩クラブで怪しいクスリを女の子にキメさせて、そんでヤク漬けにして……ひ、ひでぇ事すんだよ」


「いやそれはいくらなんでも」


 漫画とか映画の見過ぎでは? より詳しく突き詰めると陵辱系エロ漫画的なソレではないかい?

 絶対に無いとは言い切れんが、かなりダークでダーティな世界の出来事だよそんなの。オレみたいな草食系には無縁の世界です!


「こいつそんなヤベェ奴なのか!? んで、ひでぇ事って何?」


「東京っておっかねぇんだなぁ。ところでひでぇ事ってどんな事?」


「ゆ、許せねぇ! ひでぇ事がなんの事か知らねぇけど、とにかく許せねぇ!」


「よっちゃん、ひでぇ事ってどんな事なん?」


 なんだお前ら?

 そんな派手なヤンキーファッションしててなんで知らないんだよ。

 よく知らない事で人に文句つけんのやめてくんない?


「お、お前。アレだよ。と、とにかくヒデェんだよ。あの、ひでぇ事なんだよ!」


 よっちゃん照れてんじゃねぇよ。ピュアかよ。可愛いかよ。


「と、とにかくだ! お前のこと気にくわねぇんだよオラァ!」


「うおっ!」


 あっぶな!

 いきなり殴りかかってくんなよ!


「避けるんじゃねぇよ!」


「無茶言うな! 暴力反対! こんなことしても何にもなんないって!」


「俺がスッキリすんだよ!」


「オレは痛いだけでスッキリしないんだって! よっちゃん、ちょっと落ち着け!」


「お前がよっちゃんなんて呼ぶな!」


「だって名前知らねぇんだもんよ!」


 て言うかちょっと待って!

 ここ観覧用デッキ!

 柵一枚越えた向こうは真っ逆さまに海なんだぞ!?

 

 こんなとこで暴れたら危ないってば! 先生に怒られるぞ!?


「お前ら囲め!」


 リーダー格のよっちゃんの命令をすぐに理解し行動に移す、取り巻きども。

 

 なんだか統率の取れた動きで瞬時にオレの周囲を取り囲み、逃さない様にプレッシャーをかけてくる。

 なんて有能なチンピラなんだお前ら。部下の鑑だね!


 うおぉお、困った。

 生まれてこの方殴り合いなんかしたことないし、親父以外に打たれたこともない。

 背後は転落防止用の柵だけで逃げ場も無い。


 これ、一発貰わないといけない感じ?

 嫌だなぁ。痛いの嫌いなんだよなぁ。


「観念しな。へへっ」


 よっちゃんはわざとらしく右拳を左手で覆い、ぼきぼきと音を鳴らして不敵に笑う。


 そんな悪役の代名詞っぽいセリフを実際に聞くとは思わなかった。

 言ってて恥ずかしく無いのかなコイツ。


「待って、オレが気にくわないなら態度改めるし、気に触ることしてたらちゃんと謝るから、とりあえず一度話し合おう。ねっ? 穏便に行こうぜ?」


「うっせぇ! とりあえず黙って殴られりゃあ終わるんだよ!」


 ダメだこのチンパン野郎マジで話が通じない!

 蛮族かお前は!


 迫りくるよっちゃんの拳に、オレは両手で頭を守りながらしゃがむ事でしか対処できないのだった。

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