第3話 覚醒→《アウェイクン》③
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多分時刻は夜。しかも深夜だと思う。
確認しようにもここは室内で外の様子なんて全然見えないから、オレの感覚でしか判断しようが無いんだけど、白衣眼鏡の三毛猫──────2号が結構前から目の前の机で寝息を立てているから、多分合ってる。
この子、ベッドで寝ないんだよね。用意されて無いんだろうか。腰痛めちゃうよ?
起きてる間ずっと忙しなく資料や機械やモニターとにらめっこしながら、バインダーに何かを延々と書き続けているから、見てるこっちが心配になるぐらいだ。
あのメイド黒猫──────もとい、3号の朝の読み聞かせが始まって三日が経過した。
お分かりだろうか。そう、なんとオレは猫たちの名前が区別できるぐらいには言葉がわかる様になっているのだ。
我ながら気持ち悪い速さで、見る見る内に学習している。どうなってんだ。いくらなんでも異常すぎる。
なんだオレ、語学の天才だったか。なんちゃって。
本当に意味が分からない──────わけでは無い。
いくらあんまり成績が宜しくないオレでも、こうも時間と暇があれば自ずと察することもできるってもんだ。
まず、オレはすでにオレじゃない。
何言ってるかわかんないだろうけど、自分でも良くわかって無いから勘弁して欲しい。
三日前ぐらいにようやく身体の各関節が自由に動かせる様になってきたので、手始めに首から下を観察してみたのだ。
最初に見えたのは、お腹。
前の学校で野球部に所属していたので結構鍛えていて、六つに割れかけていたあのお腹が…………ちょっとだけぽっこりしていた。
いや、太っているって訳じゃないんだ。
なんて言うか、幼い。
つるつるで真っ白で、実はこっそりコンプレックスだったはずのデベソが見当たらなかった。
慌てて今度は右腕を見た。
ほっそい。
もう何これ枝? ってぐらい細い。
いや枝は言い過ぎだけど、本当に折れそうなぐらいガリガリなのだ。
頑張って身体に力を込めて、丸まって今度は足を見た。
同じ様に細い。
しかも、なんも無い。
あの、ほら、思春期男子の悩みであるところの──────すね毛が、無い。
結構毛深いなって、これどーにかしないと将来カノジョとかできた時困るなぁって、そんな風に思っていたあの煩わし毛が綺麗さっぱり無くなっていた。
そんで、最後。
最後なんだけど、これが一番衝撃的。
て言うか、アイデンティティとか、そう言う物の崩壊。
オレがオレである事を一番否定した、無いと困る物の──────消失。
いわゆる秘所。
股間、秘部、一物、呼び方はなんでも良い。
アレが、無い。
かつて十数年間、この『
ぎこちない動きでどんなに身体を動かしてみても、あるべき場所に存在しない。
泣きそうに、なりました。
つまりオレは女の子の身体になっている。らしい。
近くに鏡なんてないから顔とかは確認できてないので、とりあえず『らしい』をつけさせて欲しい。
そうでなきゃちょっと壊れそう。精神が。
まぁ、ほとんど確定してるんだよね。
だって三号や二号が、オレの事を『姫』って呼ぶんだもの。
男の子のこと、『姫』って呼ぶ? 呼ばないと思うんだ。うん。
おっと、そうそう。言葉だった。
なんでこんな短期間で、あんなに意味不明だった言葉が分かる様になったのか。
おおよその見当はついている。
時折頭の中で響く、無機質で無感情な女の人の声。
言葉を理解できる様になって改めて聞くと、とても恐ろしい事を言っていた。
やれ【記憶データの移行】だの【感情情報の構築】だの【
まるで人の脳みそのことをパソコンかスマホみたいな感じで扱っていた。
その中で出たのが、【全言語データのインストールを完了しました】と言うアナウンス。
インストール。つまりどっかから何かを持ってきて、何かを使える様にする事。
この場合、【話せるし読める様になったよ!】って事だと、思う。
その証拠に、そのアナウンスが聞こえてきた途端に液晶モニターに書かれた言葉がなんの脈略もなく読める様になっていたからな。
つまり、オレは『外から知識を送り込まれて、無理やり学習させられている』様なのだ。
こっわ!
超怖い!
え、何? ロボット? もしかしてオレ、一度死んで美少女型のアンドロイドか何かに改造されちゃったの!?
いや、美少女かどうかはまだわかんないけどさ!
オレの人権はどこに行ったんだ!?
親父やお袋が許すはずないだろ!?
はっ!? これは日本政府──────いやアメリカの秘密結社かNASAの陰謀かも!? 信じるか信じないかは、あなた次第です!
みたいにこの三日間混乱しっぱなしだった。
ぶっちゃけちょっと泣いた。泣きすぎて3号にめちゃくちゃ心配された。
二号も慌てて手元の資料を漁りまくってた。
まだ喉に力が入らないし、ここ変な液体で満たされたガラス管の中だから声が出せなかったけれど、出せてたら大声でワンワン泣いてた自信がある。
そして今。
ようやくちょっと精神が落ち着きを取り戻し、冷静になりつつある。
なのでここで、目をそらしていたことに向き合おうと思う。
なんでオレがここに来て、なんでこんな身体になったのか。
経過した時間も定かじゃないほど、オレはこのガラス菅の中で浮いている。
眠っていてあやふやな時系列を順番に遡り、たしかに覚えている事と覚えていない事を精査する。
そう。一番強烈に残っているのは、灼熱の日差しと潮騒の音。
そして、耐えがたいほどの──────喉の渇き。
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