追憶:姫崎優季⑤


時間にしては5分かそこら。

悪路と暗さに苦戦しつつも、私は石段を登り終える。


そこには猫の額ほどの開けた空間があり、今にも崩れそうな、小さい建物があった。


神社、祠、お社。

そういった何かしらを祭る建物についての詳しい知識はないけど、確か神社には分祀、というものがあると以前本で読んだことがる。


分祀というのはその神社で祭られているものを分けて、別の場所でも参拝できるようにする方法だ。


例えば、山奥に建てられた神社なんかを、もっと手軽に参拝できるようにする為に麓などに同じ神様を祭った神社、もしくはその代わりを建ててそこで参拝を済ませる。

というやり方だったと思う。

・・・多分。うろ覚えの知識だけど。


多分ここが元からあった神社で、今お祭りをやっている下の神社が新しく建てられた神社なのだろう。


「えっと、おじぎを2回、拍手を2回、ともう1回おじぎ・・・で合ってるかな」


偶然とはいえ、一応は神社に来ているので作法に則り挨拶をする。


「すいません。少し休ませて貰います」


さすがにちょっと、疲れた。

肉体的にはもちろん、精神的にもかなり。


屋根の下に入り、階段に腰を下ろす。


すると目の前で爆発が起こった。


「きゃっ!」


爆発はその一回では終わらず、次々と色鮮やかな爆発が夜空を焦がす。


「あ・・・・・花火の時間か」


そういえば、もうそんな時間か。


「特等席じゃん」


小さめの打ち上げ花火とはいえ、かなり近い。

登ってきた石段もそれなりの勾配はあったので、思ったより高い位置まで登ってきていたようだ。

少し下の方を見ると、木々の隙間から建物の屋根が見える。

その前方に、辺りが暗くなってきたおかげで、夜店や飾りの提灯の明かりが目立ってきた。


どうやらこの場所は本殿の裏手の辺りにあったらしい。


眼下を見下ろして高らかに叫ぶ。


「ふはははっ、人がゴミのようだ!」


某アニメの有名な台詞をマネしてみた。

・・・そしてすぐ自己嫌悪に陥る。


「何やってんだろ私、ゴミは私だ」


寂しさを紛らわす為にバカをやるも、結局は空しいだけだ。

張り詰めていたものが切れ、私は私を着飾るのをやめた。


「神様、神様。私の懺悔を聞いてくださいますか」


懺悔は教会か。

まぁ別にどうでもいいや。

どうせ聞いてる相手なんていやしない。


もしいたとしても、救ってくれないのならいないのと同じだ。


私は誰にとも無く本音を吐露し始めた。


「ホントはね、クラスメイトに見つかるのが嫌だったんじゃないんです」


先刻の、逃げ出す直前の事を思い出す。


「彼女たちは突っかかっては来るかもしれなかったけど、そんなのいつもみたいに言い返してやればいいだけなんだから」


浴衣を笑われたら、むしろ似合うだろうって勝ち誇ってやれば良かった。

私の方が絶対あいつらより可愛い。

お母さんの血にかけて!


「ただ、それを夏生たちに見られたくなかった」


本音はそっちだ。


「学校でぼっちやってる自分を知られたくなかった」


「乱暴な態度をとってるとこをみられたくなかったし、いつもみたいな口喧嘩になったら向こうだって夏生の前であることないこと言いふらすかもしれない」


「私が1人で何を言ったって・・・もしかしたら、夏生がそれを信じちゃったら」


嫌だ。怖い。イヤだ。


絶対に・・・!



神様、もし私のお願いを聞いてくださるのなら。


どうか、どうか。



「夏生とずっと・・・・・・友達でいられますように」



『・・・その願い、確かに聞き入れた』



驚愕のあまり、階段から転げ落ちそうになる。


どこかからくぐもった感じの声が聴こえた。


続いて、登ってきた石段の脇の茂みがガサガサと音をたてる。


果たして、そこから表れたのは。



『よぅ』


それは神様なんかではなく、


プラスチックのお面をつけた小さなヒーローだった。



「・・・・・・・・・・・・なつき?」


「おぉ、探したぞ」


お面を横にずらして、歯をみせてニッ笑う。


「どうやってここまで」


「ヒーローはな、困ってる人がいればいつでもどこでも駆けつけるのだ!」


「・・・本当は?」


「ム○カのセリフが聞こえて」


羞恥に顔を覆う。

さっきまでとは違う意味で顔を合わせられない。


「よっ、と」


夏生が隣に座ったのが気配で分かった。


「良い場所だな。花火がすげぇよく見える」


「大ちゃんたちは?」


「りっちゃんもいたからな。1人残してはこれないから、俺が追っかけてきた。りっちゃんを迷子センターにでも預けたらすぐ追いかけてくるってさ」


「っ、さっきの!」


「うん?」


「・・・・・・どこから、聞いてた?」


「あぁ、アレか」


緊張して喉が干上がる。

唾を飲み込むのが痛い。

返答次第では、夏生は友達をやめると言い出すかもしれない。


ただし夏生の今の自然な調子をみると、運よく聞かれてなかった可能性も高いと思っている。



「お前、ぼっちだったんだな」



しかし私の儚い希望はあっけなく砕け散った。

顔を覆った指の隙間から、アツい雫が零れそうになる。

恐る恐る、夏生の横顔を盗み見た。


そこには嫌悪も嘲りも何も無かった。

いつもと変わらない表情で、次々と上がる花火を見ている。


「すげーじゃん」


「凄い?」


「1人で戦ってたんだろ? ヒーローみたいじゃん」


それは架空の世界の、子供の価値観だ。

現実とはむしろその逆で、時に1人の方が悪の様に扱われる。


「そんな君にはこれをあげよう」


そういって夏生はガサゴソと脇に置いてあったビニール袋を漁りだす。


「さっきの宝釣りな。やっぱり剣獲れなかった」


「あぁ、うん。・・・残念だったね」


やっぱり本気で狙っていたらしい。


「で、こんなの当たった」


そういって夏生は私の左手をとり、袋から取り出したそれを二つ、指に嵌めた。


「指輪・・・・・」


それは、玩具の指輪だった。


私は見てはいないけど、夏生の好きなヒーローと同じく日曜朝に放送している女児向けアニメの魔法少女が持っている変身アイテムだった。


「ヒーローほどじゃないけど、魔法少女だって同じ正義の味方だからな。これつけてたらいじめっ子なんかには絶対負けねー!」


もちろん、本気で言っているわけではない。

こんなものはただの亜鉛合金にアクリルを嵌めた形だけの偽物だ。

魔法も出ないし、変身だってできない。


本当は幼稚園児だって知っている。


けど。


ヒーローや正義の味方と呼ばれる人は、確かにいる。



「夏生」


「うん?」


「手ぇ出して」


私は自分の中指と薬指に嵌められていた指輪のうち、中指の方を外して夏生に返す。

今やってるアニメは二人の少女が怪人と戦うストーリーだったはずだ。

だから指輪は二つある。


(ホントはあの子でもいいんだけど・・・)


一瞬、もう1人だけ候補が浮かんだけど、頭を振って想像を取り払う。


「片方は夏生が持ってて」


「俺でいいのか?」


俺おとこなんだけど、と顔に書いてある。

当然そんなことは百も承知だし、だからこそ私は夏生を選んだ。


「うん」


、私は胸が高鳴るのを感じた。

きっと夏生はまだ、この意味を正しく理解していない。


今はまだ、それでいい。



「夏生に持ってて欲しい」



私のはこの人だ。



私は勢いをつけて階段から跳び、地面に着地する。

そして、魔法の指輪が嵌った左手を夜空に掲げ、力いっぱい叫んだ。



「弱い自分、消え去れっ!!」


掲げた手の先で、色鮮やかな大爆発が起きた。



もちろん、たまたま花火の爆発のタイミングが重なっただけ。

私にそんな力は無い。


「私、強くなるよ」


私にも出来る魔法なんて、それくらいだ。


「そっか」


けどそれは、唯一であり、最強の魔法だ。


「頑張れ」


見ていてくれる人がいる限り。


「それでまた来年、ここで花火を見よう」


どちらからともなく、手を握った。


「あぁ、約束な」



この約束を、私は生涯守ると決意した。

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また、君と出会うための約束を。 @hkasasagi

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