追憶:姫崎優季④

「じゃーーーーん! ぐんしきん!!」


目的の夏祭り会場の神社に着いて早々、両手に千円札を一枚ずつ持った夏生がなにやらポーズを決めながら私たちに宣言した。

どうやら今日のために貰ったお小遣いらしい。


「まずは型抜きでこれを元手に・・・」

「やめとけ夏生。お前不器用だから」

「それにあんまり時間かけちゃうと混んで来ちゃうよ」

「いや待てよ。夏生を型抜き屋に放置して俺らで店を回るのもいいか」

「わぁーっ、ウソウソごめん俺も行く!」


そんな風にみんなで夏生をからかって笑いあい、一緒に出店を回り始める。



金魚すくいでは全員一匹も掬えずに、見かねたお店のおじさんが私とりっちゃんに一匹ずつサービスしてくれた。


たこ焼きを2つ買って4人で分け合った。

真っ先に口に放り込んだ夏生が口の中を軽く火傷して涙目になっていた。


カキ氷を買って、頭痛に耐えながら食べる。

カラフルに染まった舌を出して、気持ち悪いと笑いあいながら、大ちゃんのスマホで皆で写真を撮った。


あとから彼女さんにその写真を送っていた大ちゃんは、彼女さんからの「ロリコン」という返信に泣きながら弁解していた。


夏生は戦隊ヒーローのお面をつけてはしゃぎ回った。


りっちゃんはクレープが初めてだったのか、口の周りをクリームで盛大に汚しながら夢中で頬張っていた。


大ちゃんも、彼女さんとのことは決着がついたみたい。

無表情のまま焼きそばの麺と鼻水をズビズビすすっていた。

幼女2人で慰めてあげた。

夏生は笑い、大ちゃんに怒られた。



私は初めてりんご飴を食べた。

口に広がる甘みは、今までの人生で一番甘く感じた。


噛み締めるように、大切に、少しずつ齧った。



私は今この時が、



人生で最高に幸せの時間だった。



 ※ ※ ※ ※ ※



「あ、俺あれやりたい!」


出店の並ぶ境内もおよそ一巡りし、ある程度の腹ごしらえも済み、後は家族にでも少しお土産を買っていこうかという時だった。


列の端の方にあった出店めがけて夏生が駆け出す。

向かった先のテントには大きく「宝釣り」と書いてある。

中身の見える大きな箱の中に、たくさん並べられた景品にそれぞれ一本ずつ紐がつけれられている。その紐は全て箱の外側まで伸ばされていて、その紐を中ほどの一箇所で纏め、なおかつその纏められた部分は紐の行き先が分からないように隠してある。


要はくじ引きだ。

実際に目にめる紐が伸びている分、正当性についてはくじ引きよりいくらか信用できるかもしれない。

まぁあくまで「かもしれない」程度だし、そもそも私はこの手の催しを信用しないが。


しかしそんな私と違って、純粋向くな瞳を輝かせた少年がここに1人・・・


「すげぇっ、大ちゃんあれ! ライダーの剣ある!!」


夏生が指差す先にあるのは、日曜日の朝に放送している特撮ヒーローが持っている武器、そのオモチャだった。


「いや、やめとけってどーせ繋がってねーから」


案の定、大ちゃんも私も、もちろんりっちゃんすらも信用なんてしていなかった。

代表して大ちゃんが夏生を諭すのを、私たちも両隣で頷いて同意する。


「そんなことねーよ。もうこんなに紐少ないんだぜ!」


しかし夏生は聞く耳持たず、当てる気満々で紐の束と睨めっこしている。


「・・・いいんですか?」

「ま、自分の小遣いだし、授業料ってことで。これも社会勉強だよ」


保護者役がそういうのであれば、まぁいいかという事で私も見守るスタンスに徹する。落ち込んだところを優しく慰めてやるとしよう。


「これと、これも多分違う・・・うん? こっちか??」


一回分のお小遣いしか残っていないらしいので、いつになく真剣だ。

選ぶのにまだ少し時間がかかるかもしれない。

ゲーム機みたいな高額な客寄せ景品(←決めつけ)ではないので、ひょっとしたら万が一という可能性もある。

心の中で頑張れ、と小さく告げ、何気なく視線を切ったその時、



幸せだった時間は、唐突に終わりを告げた。



「・・・・・っ!」



陽も大分傾き、徐々に花火の時間も迫っている。

それに伴い、お祭りに訪れる人もだんだん増えて来た。

そしてその中に、数人の見知った顔を見つけた。見つけてしまった。

クラスメイトの女子生徒数名が、階段を上り、境内に入ってくるところだった。


やっぱり今の私は自分で思うより随分と浮かれていたのかもしれない。

この程度、予想出来て然るべしだった。


祖母の家もこの神社も、地元からそれ程距離は無い。


ただ


けど今日は、この夏祭りがあった。

地元の夏祭りとは日程が被っていないハズだから、車で数十分程度の距離なら来る人がいても別に不思議でもない。


(どうしよう・・・)


今の私の姿を、見られたくないと思った。


私は普段、学校では弱みを見せない様に強気で振る舞っている。


ちょっかいを出そうとしてくる連中に、こっちが格下だと思われて舐められれば、きっと向こうは調子に乗って勢いづく。

笑われれば睨み返すし、バカにされれば言い返す。

手を出されたら足だって出してやろうと決めている。

さすがにそこまでのケンカはしたことがないけど。


とにかく、相手には私の事を「怖いヤツ、危ないヤツ」くらいに思わせておきたかった。


そんな私が、キラキラと着飾り、年相応にお祭りではしゃいでいる姿を見たら。


彼女らは、何を思うだろうか。



幸い彼女らはお喋りに夢中で、まだ私に気付いていない。

私はどこか隠れられる場所はないかと辺りを見回す。

しかし隠れようにも境内は一本道で、その両脇に出店のテントが一列に並んでいる。その裏はすぐ茂みになっていた。

隠れる場所も時間もない。

咄嗟に私は大ちゃんに壁になってもらおうと手を伸ばした。


「大ちゃ、」

「よしコレだ!」


間の悪いことに、それまでずっと紐を選んでいた夏生だったけど、ようやく今決めたらしい。元気な掛け声と共に紐を掴む。

ただちょっと、その声は元気過ぎた。


周囲の視線が集まるのが分かった。


私は伸ばしかけた手を引っ込めて、踏み出した足を別の方向へ向ける。

テントの間を抜け、裏の茂みに飛び込んだ。


この時の私は、焦り過ぎていくつも判断を誤っていた。


今日は髪形も普段と違うし、顔を見られない様に後ろを向いているだけでも多分どうにかなった。それか夏生のお面でも借りればよかった。

茂みに入っても、姿を見られてから逃げては逆に目立ってしまうし、時刻は夕方とはいえ目の前の林の中も姿を隠せるほど暗くなってはいなかった。その為距離を取ろうとして走り出してしまった。余計に目立ってばかりだ。


「えっ? ちょっと、ヒメちゃん⁉」


だいぶ遅れて大ちゃんの慌てる声も聞こえた。


(後でちゃんと謝らなくちゃいけないな)


必死で足を動かしながら、そんなところだけはなぜか冷静だった。




 ※ ※ ※ ※ ※


一度も振り返らないまま、喧噪と距離を取るように林の奥の方へ向かって走った。


整備された道なんてない。

方角以外はただ木々を避けて進んだだけだった。


「痛っ!」


足元が見えづらいくらいには薄暗くもなってきた。

ついには大きめの石に躓いた私は転んでしまう。

地面に着いた手の平が擦り切れて痛い。

走っている最中も、蔦や枝に引っ掛けて細かい傷だらけだ。

せっかく着せてもらった浴衣も、暗くてよく見えないけど汚れや解れがいっぱいだろう。


すごく惨めな気分だった。


現在地はよくわからないけど、さすがに遭難するほど大きな山でもないし、そこまで長時間走ったわけでもない。

今ならまだ、どうにか自力で境内まで戻れるとは思う。


問題は気持ちの方だ。


こんなに迷惑をかけて、合わせる顔が無い。


「上手くいってると思ってたんだけどなぁ」


近くに答える声はない。


思えばここ数日は、誰かが傍にいる時間がとても長かった。

独りになったことでつい、弱気な自分が顔を出す。


心細さが急速に増し、いよいよ泣きたくなってきた。


それでも最後の抵抗にと、


涙が溢れて零れないようにキツく目を閉じて顔を上げた。



その時、雲が晴れて光が差した。

木々の隙間を縫って入り込んだ月光が、周囲の景色を幽かに暴く。


「・・・階段?」


照らしだされた先の景色は、古びた石段だった。

ひび割れ、苔むし、雑草だらけの古い石段が上下に伸びている。

どうやら私はさっき、これに躓いたらしい。


別に何か考えがあったわけではなかった。


苔で足を滑らせないように気をつけながら、私は石段を登った。

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