追憶:姫崎優季③
「はじめましてだな。どっから来たの?」
「えっと、隣の、」
「こんなトコで本読んでたのか?」
「あ、コレは」
「とりあえずみんなに紹介するよ」
「え? みんなって、ちょ、待っ」
矢継ぎ早に繰り出される質問に私は気圧される。
そのくせ彼も、質問はするくせに返事なんてまるで聞いていないようで、次々と興味の矛先が飛び移って行く。
結局彼は、一つとして質問に答えが返ってくるのも待たず私を連行しようとした。
自然な動作で私は手首の辺りを掴まれ、体を引っ張り上げられる。
「あ、」
勢い良く体を起こされた私の頭から、麦わら帽子が滑り落ちた。
慌てて手で頭を抑えるものの、帽子はすでにない。
もちろん片手だけで頭部全体を隠せるハズもなく、抑圧から解放された髪が、風にさらわれてサラサラと自由きままに踊る。
乱れた前髪が、俯く私の視界を覆い隠す。
数秒の沈黙。
手首に感じていた体温がそっと逃げていった。
(せっかく隠してきたのにな・・・)
足元でがしゃりと音がした。
人の動く気配。
(やっぱりね)
この少年もこのまま私を異分子と見做して距離をとるのだろう。
人は美醜問わず自分と違う物に忌避を感じる傾向がある。
知ってる。
だから、私は落ち込んでなんかいない。
俯いたままでいたら、ぽふっと頭に何か乗せられた。
「お前の髪、きれーだな」
視線を上げる。
変わらない笑顔が、そこにはあった。
頭には再び麦わら帽子が被せられ、彼の手が伸びている。
嬉しかった。
家族以外に容姿を褒められるのも初めてで、
何故だか無性に泣きたくなって、
帽子のつばを両手で引き下げ、私は顔を隠した。
※ ※ ※ ※ ※
その日から、私の世界は一変した。
明日のことに思いを馳せて、布団に潜る。朝が来るのが待ち遠しい。
夕方、帰宅しなければいけない事を惜しく思う。
太陽に、落ちてくるな! と念を送る。
朝がくれば、また学校。学校にいれば、早く終われと窓の外を眺めていたこれまでとは、知らない間に考え方がまるで逆転していた。
「今日も遊びに行くのかい?」
「うん!」
「危ない事はしちゃダメだよ」
「わかってる」
そんなやりとりを交わして、朝早くに家を飛び出す。
私は今が幸せだった。
・ ・ ・ ・ ・
「明日みんなでお祭りいこーぜ!」
夏休みも半ばを過ぎた頃だった。夏生がとなり町の神社で開かれる夏祭りを見に行こうと提案する。
「祭りねぇ」
この中での年長者、保護者役の大ちゃん(みんながそう呼んでいるので本名はしらない)が、腕を組んでしばし考える。
「何人でいく?」
「僕んちはもう今日帰るって言ってたから」
「わたしは明日おじいちゃんのうちに行くから」
やはりお盆なので帰る、出かける予定もあるようで一部不参加の声があがった。
「じゃあ行くのは・・・」
「はい!」
夏生が元気よく手をあげる。
私も隣で控えめに手をあげた。
加えてもう一人・・・
「俺と、夏生と、ヒメちゃんと、りっちゃんの4人な。まぁ二人は大人しいし、問題児は夏生だけだから大丈夫だろ」
ということで、大ちゃん保護のもと、参加が決まった。
ちなみに私は大ちゃんから「ヒメちゃん」と呼ばれている。名前と雰囲気から決めたそうだ。
ついでに言うと、夏生は私の事をとくに何とも呼ばない。なぜなら呼ぶと同時に手が出ているから。おーい、とか、行くぞ、とか言った時にはすでに私の手を摑まえているので、本人的には特に必要と感じていないのかもしれない。
・・・・・もうひとつついでに。
そんな時決まってもう一人の女の子、りっちゃんが怖い目で私を睨みつけている。
直接何かを言ってくることはないけど、どうにも私は彼女に好かれていないらしい。同性の友達も欲しいと思ってるんだけど、むずかしいな。
・ ・ ・ ・ ・
「お母さん、どこも変なトコない?」
「うん、ばっちし。超絶可愛いよ!」
「ホントにぃー?」
翌日。
私はお昼を食べ終えるとすぐに出かける準備を始めた。
母と祖母の二人がかりで浴衣を着付けて貰い、姿見の前で何度もクルクルと周っては爪先から頭の天辺まで確認した。
もしここに来る前の私が、今の私の姿を見たら、いったいどんな顔をしただろう?
指を差して笑うだろうか。
それとも怒るだろうか。
少なくとも、好意的な反応は示さなかっただろう。
それでも今の私なら、その変化を好ましく受け入れられる。
「優季-、髪もやったげるからおいでー」
母が姿見の前に椅子を用意し手招いた。
私はトコトコと近づく。
「私あんまり長くないけど大丈夫?」
今の私の長さはショートボブといった感じだ。
手入れも面倒だし、邪魔になるのであまり髪を伸ばしたくはなかった。
けど。
・・・最近は以前よりほんの少し、お洒落にも興味がある。
周りの同年代の髪の長い女の子を見かけては、ちょっとしたヘアアレンジもやってみたいなぁと密かに羨んでいた。
「余裕ヨユー、お母さんに任せときな」
快活に笑ってわしゃわしゃと雑な手つきで頭を撫でる。
「もぉ~ぐしゃぐしゃになっちゃう!」
「いーのよこれからキレーにするんだから」
私の抗議には耳も貸さず、母は頭を撫で続ける。
まぁ私も本気で嫌がったりはしていないんだけど。
こんな他愛無い触れ合いが好きだった。
私は結構、甘えたがりなのかもしれない。
・ ・ ・ ・ ・
待ち合わせ場所には私が一番乗りだった。
(やっぱり少し浮かれ過ぎてるのかな・・・)
今はもう待ち合わせの5分前なので、むしろ最後でもおかしくはなかったけど、友達と待ち合わせてお出かけなんて経験は今までした事がなかったので勝手が分からなくて不安になる。
皆とは午後の4時にバス停で待ち合わせていた。
今日は花火も上がるらしいので、込み合う時間帯を避けて露店を見て周り、それから神社から少し移動して花火を見ようという計画だ。
私も人ごみは得意でもないし、今日は浴衣に合わせて慣れない下駄も履いているのでそっちの方が助かった。
「お-い、ヒメちゃーん」
待つこと5分。遠くに定刻通りのバスの影が見え、焦り始める私だったけど、同時に反対側の道路からも小走りで駆け寄る影が3つ。
「やぁー、間に合った。ごめんな待たせて」
額に汗を滲ませながら大ちゃんが頭を下げてくれる。
「いえ、大丈夫です。間に合いましたし」
「いーじゃん間に合ったんだし」
「オメーのせいだよ」
どうやら大ちゃんが2人を迎えに行った時に、夏生が何かやらかしたらしいけど、悪びれない態度に軽く頭をはたかれる。
スパンっと小気味よい音が鳴った。
「いってーな。何すんだよ」
「少しは反省しろ。スイカみてーな音させやがって、中身ちゃんとつまってんのか?」
そうこうしているうちにバスはだいぶ近くまで迫っていた。
「あ、そうだヒメちゃん」
会話の途切れたタイミングを見計らって大ちゃんが私に振り返る。
「今日は一段と可愛いな。浴衣よく似合ってるよ」
「あっ、りがとう、・・・ございます」
出会ってから時間差だったので不意打ちで褒められて少々照れる。
スッと顔を背けた先で、夏生とばっちり目が合ってしまった。
ドクンと、心臓が一度大きく跳ねる。
夏生の口がゆっくり開いていき、何かを言いかけた瞬間、
「バス待ってる。早く乗ろ」
りっちゃんが夏生の手をぐいぐいと引っ張ってさっさとバスに乗り込んでしまった。
「待、ちょ、引っ張んなって。サンダル脱げる」
「はやく」
固まったままの私は呆けてその場に取り残される。
残念だったような、ほっとしたような・・・
「ほら。ヒメちゃんも」
くっくっと声を殺して笑う大ちゃんに優しく背を押され、遅れて私もバスに乗り込んだ。
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