追憶:姫崎優季①

 ◇ 200X/july:姫崎 優季 ◇


私は父親の顔を知らない。

これは両親が不誠実な人間だったりしたという不名誉な理由などではなく、ただ私が物心つくよりも前に病気で亡くなってしまったからだ。

私達親子には何も恥ずべきところは何もない。

けれど口さがない人間はいくらでもいるもので、事情を知りもしないくせに「片親」という事実だけを切り取って、勝手な憶測をさも真実であるかのように騙っていく。


加えて。

都合の悪いことに、私の容姿は少し人目を惹く。

まぁそれなりに整っていると自負している。お母さん似の美人だ。うふふ。

ただそれだけなら良かったのだけど、問題は髪の毛と目だ。

どうやら隔世遺伝、というものらしく、私の髪はとても綺麗な栗色をしている。小学校で周りが皆真っ黒な頭の中で、私の頭はとてもよく目立つ。

それと私はあまり視力が良くない。そのせいでよく眉間に皺が寄りがちになって、睨むようなキツい目付きになってしまうみたいだ。

コミュニケーション能力が低く愛想がないのは、まぁ反省すべき点だとは自分でも思っているけれど・・・。


兎に角、そういった上澄みだけの情報を掬われて、周囲の人間は私たちに不良というレッテルを貼り付け、そろって忌避する。

そしてそういった感情の矛先の大半が、責任という形となり親の方に集中することを、幼いながら私も感じていた。それを少しでも和らげたくて、私は髪を黒く染めたいとお母さんに申し出たことがあった。

けれど決まって、

「せっかく綺麗な色してるんだから、染めちゃったら勿体ないよ」

そう言って、笑いながら頭を撫でてくる。

私はいつもそれが不満であり、嬉しくもあった。


と。まぁそんな事情から、私は友達もおらず・・・さすがに0人とまでは言わないけれど、やっぱり学校も嫌いだった。

外に出ても同級生と鉢合わせるのが嫌で引きこもりがちになり、趣味は専ら読書だった。


だから夏休み、お母さんの実家にしばらく滞在するという話になった時は、思いのほか心が弾んだ。


祖母の家は実際のところ今住んでる家からそれ程離れているわけではない。

けれどわざわざ連泊することを選んだのは、おそらく年々引き篭もりがちになっていく私を母が慮ってのことだったのだと思う。




 ◇ 200X/August ◇


とはいえ、環境が変わったからといって急に全てが好転するワケでもなく。

私は祖母の家でも結局引きこもって、日々与えられた時間の殆どを読書に費やして過ごしていた。


それから3日後。些細だけど、変化・・・の兆しがあった。


いつもの様に間借りしていた客室で持ってきた本をよんでいると、目の前の道路から子供たちのはしゃぐ声が聴こえた。二階の窓からちょっとだけ顔を出して盗み見ると、小学生くらいの一団が歩いている。最後尾には多分、高校生くらいだろうか、引率の先生みたいに一緒に着いて歩いていた。

彼らは学年も性別もバラバラなのに、とても仲が良さそうに見えた。得てして田舎は横の繋がりが強いと聞く。

派閥だグループだとか、そんな考えとは縁が遠いのだろうな、と彼ら彼女らの笑顔を見て思う。呑気そうにと、同年代の子供相手に見下すような気持ちさえあった。


それを羨ましいと思う気持ちには、気付かないフリをして。


すると一階から祖母の声がした。

けれどその声が呼んでいるのは私でもなく母でもなく、聞き覚えのない名前だった。

誰だろうと疑問に思っていると、その声に反応を見せたのは眼下を歩く高校生くらいの少年だった。気付いた少年も素直に呼びかけに応じて、門扉をくぐる。

そのまま祖母と何事か話始めた気配を感じたので、私は足音を殺して階段の方へと向かい、何事かと耳をそばだてる。

そしてただの興味本位で探った会話の内容が、まさかの私に関する話だったので慌ててしまった。

なんて事はない。ここに居る間、私の事も他の子供たちと一緒に面倒見てやってくれないか、という話だった。面倒見の良い性格なのか、少年はそれを快く引き受ける。少年の承諾を得て、当然の流れとして次は私に声がかかる。すぐさま階下から祖母の声がした。


(チャンスだ!)


・・・・・・そう思ったのは完全に機を逃した後だった。

不意に現れた機会に私は無様なくらいに動揺し、その結果とった選択は、まさかの狸寝入りだった。祖母が返事の無い私の様子を伺いに部屋まで来て、静かにウソの寝息を立てる私を見て無言で引き返した。

それからまた二言三言何やら話をし、誰かが玄関から出ていく気配がした。さらに十分過ぎる時間を置いて、私はそっと体を起こし、窓から外の様子を覗く。

確認するまでもなく、外には子供たちの影も形もなかった。


その日の夕方。私は本すら開かずにただボケっと寝そべって天井の模様を眺めていると、再び外から楽しそうな子供たちの声が聞こえた。明日は川に行こう、はしゃぐ声は朝と変わらず元気いっぱいだった。


「・・・川なんか行って何が楽しいのよ」


窓に背を向けるような恰好で、私はゴロリと寝返りを打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る