水月
背後には、祖母の住む町で出会った幽霊の少女『ユウ』。
そして目の前にはその幽霊と同じ顔をした少女が立っていた。
とりあえず、目の前の少女は幽霊には見えない。
なんというか、感覚的なものではあるけれど、人間らしい気配というか、存在感みたいなものを感じる。
けれど。
究極的に言って、目の前の少女が生者だろうが死者だろうが、僕にとってはどうでもいい。
僕にとって重要な点は、明らかに彼女はユウの関係者だというところだ。
僕は今日、長年縋ってきた『約束』に区切りをつけるつもりでここまでやってきた。
なのになぜこのタイミングで邪魔をする様に新しい情報や登場人物が増えるのか。
忘れるなんて許さない。そう言わんばかりに。
確かにこのまま当初の予定通り、優季の墓前に手を合わせ、謝罪し、家に帰るのは容易い。
けれどすでに、それだけで僕がこの過去に区切りをつけられるなんて気は微塵もしなかった。
悲しみ、悔しさ、後悔、憤り、困惑、喪失感。
様々な感情が胸中に渦巻きせめぎ合い絡まり合い、どこから手を付けるべきなのか分からなくなる。
そしてここでもまた、
葛藤する僕を置き去りに物語は進む。
「なんで、アナタが・・・」
背後でユウが何かを呟いた。
怯えるような、痛みを堪えるような、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな声音に聞こえた。
恐る恐る背後に視線を送ると、ユウは勢いよくその身を翻す。
そのまま脇目も振らずに、全速力でどこかへ走り去って行ってしまう。
僕は追いかけるどころか、声を発する事すら出来ずにいた。
※ ※ ※
「あのぅ、すいません」
再び、正面から控えめな声。
・・・正直ユウが動き出したことで若干意識から抜けていた。
しかしお陰様で気持ちの方は今はだいぶ落ち着いている。
多分、感情の許容量を超えたか絶妙に拮抗しているだけかもしれないが。
ともあれ、今は目の前の少女と向き合う。
「私、そちらのお墓にお線香をあげに来たのですけど、お済でしたら少々場所を譲っていただいてよろしいですか?」
そういって示すのは『姫崎家』のお墓。
「あぁっ、スイマセンでした」
僕は慌てて数歩ずれて場所を空ける。
というか、そういえば僕もまだ、花も線香も供えていなかった事を思い出した。
「あの、僕も今来たところなんでご一緒させて貰っていいですか」
雑巾を取り出し、掃除を始めようとしていた少女に声をかける。
(いや別に一緒にやる必要はなかったな・・・)
という事に、言ってから気付いた。
しかし少女は特に不審に思う様子もなく、
「はい。ありがとうございます」
にこりと笑って快諾する。
それから二人でお墓を軽く掃除し、並んで手を合わせた。
(・・・やっぱり似てるな)
手を合わせながら、うっすら目を開いて隣を覗う。
改めて少女の外見を子細に盗み見ると、本当に『ユウ』とよく似ている、というより瓜二つといっていい。双子の可能性もある。
顔立ちから年のころは変わらないように見えるけど、この少女の方が年上に感じる。
・・・具体的には立体的な発育の部分とか。
後はまぁ、雰囲気や所作が落ち着いている分、大人びて見えるのだろう。
それ以外で違う点といえば、髪の色くらいしか見つからなかった。
ユウが陽光を吸い込んだような柔らかい栗色だったのに対し、
この少女は濡れ羽色というのだろうか、艶のある綺麗な黒色だった。
(やっぱり姉妹、家族だろうか・・・)
頭の中で考察を続けているうち、少女の方もお参りが済んだようでゆっくりと目を開いた。
そのまま視線は横へ。
横。つまり、僕へ。
「「・・・・・。」」
視線がばっちりと合う。
やばい。不躾にじろじろ見ていたことが悟られたのだろうか。
別にやましい気持ちはなかったはずだ。、ちょっとしか。
意味もなく焦る。
結局僕はいつだって女の子相手には出遅れるみたいだ。
少女が静かに問いかける。
「ところで」
「はい」
「あなたは、優季ちゃんのお友達ですか?」
友達。
少なくとも、ついこの間までは僕もそのつもりだった。
むしろそれ以上を望んでいたのかもしれない。
けれど今の僕に、その資格があるかは到底疑わしい。
「まぁ、そんな感じです」
それでも一応、変な誤解を生まないためにもこの場ではそう答えておくことにした。
小さな罪悪感に胸を苛まれながら。
「同級生、ではありませんよね?」
その瞳にはまだ懐疑的な色が覗えた。
けど別にやましいこともないので正直に答える。
「母親の実家が隣町にありまして、小さい頃にそこで一緒に遊んだことがあったんです」
それを聞いた少女は、少し大げさなくらいに肩を上下して安堵した様子をみせた。
「あぁ、良かったぁ。私、人の顔を覚えるのは得意なつもりだったので、もしクラスメイトで思い出せないのだったら申し訳ないなぁって、不安に思ってたんです」
どうやら僕に対する不信感ではなく、知人に対する失礼を働いていないかを気にしていたらしい。
その優先順位のつけ方は初対面の異性に対して警戒が薄すぎるとも思うけど、それだけ優しい人格者ということなんだろう。
「それなら安心して下さい。初対面のハズですから。もっとも、僕の方は記憶力にあまり自信がないので保障はしかねますが」
「ふふふ。そうですか」
指先で口元を隠しながら小さく笑う。笑い方一つとっても、なんとなく上品でおしとやかさを感じた。もしかして箱入りのお嬢様とかなんだろうか。
もしここで僕が不審な行動をとったら、どこからともなくSPとかが現れて取り押さえられたりとかしないだろうか・・・という要らない心配までしてしまった。
ただ、
今は情報が欲しい。
この少女はおそらく、重要な鍵を握っている気がする。
しかし初めて会った異性からいきなりお茶に誘われるとか(しかも墓地で)、普通に意味が分からない。一気に警戒される。
なんなら通報されてもおかしくない。
どうする。
最悪、事情を全部説明して協力してもらう方向でいくか?
無しでもないが、まず『ユウ』の存在を信じてもらえるかも問題だ。
いや、背に腹は代えられない。
ダメでも僕の頭が疑われるだけだ。
意を決して口を開く。
「「あの」」
同じタイミングで向こうからも声がかかった。
「あ、ごめんなさい」「いえこちらこそ」「いえいえそんなこと」「あの、何か御用でした?」「いえそちらからどうぞ」×3
などと、The日本人!的な譲り合いを繰り返すこと暫し。
彼女の方からまさかの提案をしてきた。
「よろしければ、これから少しお茶しませんか?」
「あ、はい、是非。・・・・・・・・・・はい?」
予想外過ぎて初めは耳を疑った。
それとも見た目に反して遊んでる子なんだろうかもしくはついにモテ期到来なのかどうか後者であってくれ!
なんていうバカな妄想はぶった切って、
次の言葉で空気は一瞬でシリアスに切り替わった。
「自己紹介がまだでしたね」
「あぁ、そういえばお互いまだでしたね」
そうして、彼女は正体を明かす。
「私は白石彩夏。優季ちゃんの、元クラスメイトです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます